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携帯に母親からの電話があり、吉羅はそれに出た。 どうせ見合いの話だろうが、いつもきちんと断っていた。 香穂子がいるのに、最早、そのようなことは出来るはずもない。 電話に出るのは、母親が元気であるかを確かめるためのものなのだが。 「はい、暁彦です」 「暁彦、久し振り」 「久し振りです。また見合いの話ですか?」 吉羅が苦笑いをしながら言うと、母親は溜め息を吐いた。 「もうあなたに期待をするのは諦めようと思って」 「それが懸命です」 ようやく諦めてくれたかと、吉羅はホッとする。 「今度は香穂子に期待をしようと思って。あの子にお見合いをさせようと思っているのよ」 母親の言葉に、吉羅は神経が敏感に反応するのを感じた。 「香穂子は…お見合いをするのですか…」 吉羅は恐る恐る訊いてみた。 「いいえ、早いって断られたわよ」 母親の言葉に、吉羅は心底ホッとするのを感じた。 「…あなたにも協力して貰わなければならない局面は出てくるかもね。本当にこれからは香穂子を本格的に押していこうかしら」 そんなことをされたら、吉羅としては非常に困る。 香穂子をもう完全に自分のものにすることを、決めているのたがら。 「香穂子の気持ちを尊重してあげて下さい」 「それは解っているんだけれど…やっぱりねぇ…」 母親はしみじみと言っている。 「とにかく、香穂子も難しい年頃ですから、きちんと自分の意志で決められるように手を貸してあげて下さい」 「ええ…」 母親は少し歯切れが悪い返事をしてきた。 「今度はいつ来るのかしら?」 「近々伺いますよ。それでは」 「また」 吉羅がビジネスライクに電話を切ると、母親も切ってくれた。 本当に母親は何でもありだと、吉羅は思わずにはいられなかった。 香穂子に見合いなどは絶対にさせない。 香穂子は自分のものにするのだから。 決して誰にも渡したくはない。 それは吉羅の揺るぎない意志だ。 母親にも分からせなければならないだろう。 吉羅は、両親にきちんと話をしなければならないだろうと、強く思った。 夕刻、吉羅は香穂子を理事長室に呼んだ。 香穂子を連れて、両親の元に向かうためだ。 特に母親には言い聞かせなければならない。 「理事長、香穂子です」 「入りたまえ」 香穂子に声を掛けると、柔らかな笑顔とともに、理事長室へと入ってきた。 「こんにちは」 「ああ。少しだけ待っていてくれたまえ。直ぐに支度をする」 「はい、待っていますね」 仕事を片付けながら、吉羅は香穂子の様子を見ていた。 香穂子はきちんとかしこまって座ってはいるが、何処か嬉しそうに笑っている。 吉羅にはそれがとてま可愛く映った。 両親には近々香穂子を貰い受けることをきちんと話すつもりでいる。 吉羅にとって、香穂子は大切でしょうがない女性だ。 だからこそもうここで手を打たなければ、どのような結末になるかは解っていた。 「香穂子、父が今夜何時ごろ帰ってくるかを知っているかね?」 「今日は接待があるから、九時過ぎぐらいだって言っていたよ」 「そうか…。だったら、それまでは何処かで食事をしよう。母には私から言っておく」 「はい」 香穂子は、吉羅と食事をするなが嬉しいらしく、にんまりと微笑んでいた。 「嬉しいです。最近は、暁彦さんとデートらしいデートが出来なかったから…」 「私も申し訳ないと思っているよ。君が理解のある恋人で助かったよ」 吉羅は本当に心からそう思っていることを、素直に口にした。 「さて、仕事も一段落ついたからね。行こうか」 「はい」 吉羅が手早く机の上を片付けているのを、香穂子は小さな子供のようにウキウキと見ている。 それが愛らしくてしょうがなかった。 香穂子の表情や仕草を見つめながら、恐らくは生涯かけても香穂子の総てを見ることが出来ないほどに、倦きる事ない魅力的な女性だと思った。 吉羅が机を片付ける様子を眺めているだけで、うっとりとした幸せな気分になれる。 窓から差し込む光に照らされた吉羅は、なんて綺麗でなんて素晴らしいのだろうかと思った。 「さて準備は出来たよ」 吉羅の言葉に香穂子はにんまりと微笑み、頷いた。 「暁彦さん、行きましょう」 「ああ」 学院の中では手を繋ぐなんてことは出来ないから、あくまで一歩下がって歩く。 今までなら、どうしても兄の後に着いていく感覚が強かったが、今は恋人の後に着いていくという感覚が強い。 吉羅と心も躰も結ばれたからだろうと思った。 車に乗り込み、吉羅が静かに出してくれる。 「今日は夜景を見ながら食事をしよう。このあたりで済ませるのが良いかと思う。どうしても父と母に話があるからね」 「解りました。私は暁彦さんと一緒ならば何処だって良いんですよ」 それは本音だった。 本当に吉羅と一緒であれば、何処であろうが香穂子には関係はなかった。 「有り難う。ゆっくりと食事をしてから向かおうか」 「はい」 吉羅と夜景を見ながら食事をする。 なんとロマンティックなシチュエーションだろうか。 こうしているだけで香穂子が幸せであることを、吉羅は気付いているだろうかと思った。 みなとみらいの夜景が見られる、大桟橋のレストランに入る。 ここはプロポーズのメッカであることを、香穂子も耳にしていた。 いつか…。 いつか、吉羅にここでプロポーズされたら、こんなに素敵なことはない。 つい夢想してしまう。 「…みなとみらいの夜景がこんなにも素敵に見られるなんて、本当に素敵です。恋人たちに人気なのが解ります」 香穂子がくすりと笑うと、突如、吉羅に手を握り締められた。 「香穂子、父と母に、私たちのことを話すからそのつもりで。私は君を離す気はないからね…」 瞳を見つめられながらの吉羅の言葉に、香穂子は目を見開いて息を呑んだ。 こんなにも嬉しいことなんて、本当に他にはない。 泣きたくなるぐらいに嬉しい。 香穂子は、涙が瞳から零れ落ちてくるのを感じた。 「…本当に良いんですか…?」 「ああ。君をもう離さないから」 「お父さんたちが反対したら…」 「駆け落ちする」 吉羅の揺らぎない愛の情熱を見せつけられて、香穂子の気持ちは固まった。 吉羅と一緒に人生を歩む。 香穂子はただ涙を浮かべながら頷いた。 「…暁彦さん…宜しくお願い致します」 香穂子は深々と頭を下げると、吉羅を見た。 素晴らしい夜景を見ながらプロポーズを受ける。 夢が叶った瞬間だった。 食事が終わり、吉羅は実家へと向かう。こんなにも緊張するのは初めてだ。 吉羅はかしこまった気分になると、実家の駐車場に車を停めた。 インターフォンを押す時も緊張してしまう。 ドアが開き、母親が嬉しそうに出て来た。 「あらおかえりなさい。お父さんも今、帰ってきたところよ」 「それは良かったです。お二人にお話があります」 「ええ」 リビングに家族が集まる。吉羅はソファから立ち上がると、両親を見た。 香穂子はと言えば、今にも泣きそうな顔をしている。 「父さん、母さん、お願いがあります」 「何かしらかしこまって」 「何だ?」 ふたりともただ笑っている。 「…香穂子を私に下さい…」 吉羅は背筋を綺麗に伸して、お辞儀をする。 その姿を見て、両親は驚いていた。 だが、両親は予想以上に笑顔になっている。 「母さんも私も、そうなってくれることを望んでいたよ…」 父親の言葉に、吉羅は嬉しさの余りに胸がじんとなる。 香穂子はと言えば、嬉しくて泣いているようだった。 吉羅はその表情を見ながら、優しい幸せに満たされる。 香穂子…。 私はずっと君だけを見ていたのだから…。 |