*恋する惑星*

18


 潔癖な唇に自分のそれが重なっていく。
 夢見たファーストキスは、最高に大好きな相手だった。
 吉羅には経験不足だからと笑うだろうか。今どきの大学生なのにキスすらもしたことがなかったことを、きっと驚くだろう。
 重ねるだけの純真なキス。夢見ていたキスだ。
 吉羅の唇は、信じられないほどの艶やかさがある。
 こんなにも何度も触れたい唇はない。吉羅はその気持ちを察してくれたのか、何度も優しいキスをしてくれた。
 甘い甘いロマンティックなキス。何度キスをしても、きっと飽きることのないキスだ。
 重ねるだけのキスを何度もしたあと、吉羅は香穂子の華奢な躰を抱き締めてくれた。
 押しつけられた吉羅の躰は、信じられないほどに逞しくて熱い。
 こんなにも頼りになる男性は他にいないのではないかと思った。
 鼻孔をくすぐる吉羅の艶やかな香りは、香穂子を魅了し、官能的な想いを与えた。
 切なくて、甘くて、そしてとても幸せ。
 キスをして、抱き締められて…。今までずっと夢見ていたことが総て叶う。
 吉羅を想う気持ちを止めることが出来ない。
 こんなにも好きになった相手は他にいないのだから。
 香穂子は吉羅に抱き締められながら、その逞しくも美しい躰の感触をゆっくりと味わうように感覚を研ぎ澄ます。
「香穂子…、好きだ…」
 吉羅は掠れ気味の甘い声で、愛を語ってくれる。涙が出るほどに嬉しかった。
 余りに嬉しくて、言葉に出来ない。
 暫くは感激する余りに、香穂子は返事が出来なかった。
 吉羅は心配するかのように香穂子の瞳を覗き込んできた。
 優しい艶のあるまなざし。
 今にも泣き出しそうになりながら、香穂子は潤んだ瞳を吉羅に向けた。
 きちんと恋心を伝えたい。
 吉羅が伝えてくれたのだから、今度は自分の番だ。香穂子は感きわまりながら吉羅を見つめた後、恋情を伝えるためにしっかりと抱き付いた。
 こんなにも強く抱き締めたのは生まれて初めてだ。
 それ程までに吉羅が好きなのだ。
「…吉羅さんのことが…大好きです…」
 香穂子は想いが溢れる余りに声をかすれさせてしまう。
 恥ずかしさと甘えと切なさで、香穂子は吉羅の胸に顔を埋めた。
「…香穂子…」
 吉羅が背中を撫でてくれる。そのリズムがとても心地好い。
 香穂子は嬉しさが滲む余りに泣きそうになり、洟を啜りながら顔を上げた。
「…あなたのことをずっと憧れていました…。あなたのことをずっと好きだったんです…」
「香穂子…」
 香穂子が今言える飾らない精一杯の言葉で、恋心を伝えると、吉羅が更に力強く抱きすくめてくる。
 こんなにも愛しい抱擁は他になかった。
「…私は…、君を教会で見た時からずっと好きだったんだよ…」
 吉羅の言葉のひとつ、ひとつが胸に迫ってくるのが分かる。
「…私は…、あなたを学院で見た時から好きでした…。ずっと…」
 香穂子は一生懸命に吉羅に想いを伝えるが、言葉では上手く表現出来なかった。
 吉羅は言葉以外の気持ちを酌んでくれたのか、優しく微笑んでくれる。
「…香穂子…、君を愛しく思うよ…」
 吉羅は甘く囁くと、唇をもう一度重ねてきた。
 今度は深い角度で甘いキスをする。
 これがリアルなキスなのだということに、香穂子は今更ながらに気が付いた。
 ぎこちなく吉羅に応えていると、香穂子は力強く抱き寄せられる。更に深いものを吉羅に追い求めめられた。
 だが香穂子も同じ気持ちだから問題はなかった。
 吉羅は舌先で、香穂子の口腔内を充分に味わいながら、愛撫していく。
 香穂子は何とかそれに応えようとしたが、なかなか旨くはいかない。
 唾液の交換も苦なく出来たのは、吉羅が大好きだからだ。
 やがて呼吸を共有するようにキスをする。
 呼吸すらも自分のものにしたかった。
 吉羅は一旦唇を放す。唇を放された喪失感に香穂子は泣きそうになった。
 もっと吉羅のキスが欲しい。
 吉羅も同じ気持ちなのか、浅く呼吸をすると、再び香穂子の唇を奪った。
 吉羅とのキスの甘美さに、酔っ払ってしまいそうだ。
 躰が熱い。
 躰の奥深くにある、自分ではコントロール出来ない部分が切なく甘い熱を湛えて居る。
 キスだけで崩れ落ちてしまいそうになる。
 香穂子がキスだけで恍惚になってしまったところで、ようやくキスを止めた。
 香穂子は明らかに今までとは違った潤みを感じながら、吉羅に瞳を向けると、そっと肩口に顔を埋める。
「…嬉しいです…。吉羅さん…。あなたとは住む世界が違うと思っていましたから…」
「…香穂子…」
 香穂子は吉羅の逞しい躰に、自らの肢体を預ける。
 こうしていると安心していると同時に、ひどく熱くて甘い。
 今まで知らなかった欲望が、香穂子の躰を貫いた。
「…香穂子…、君にはもちろんヴァイオリニストとして成功をして貰いたいが、私はそれ以上に、君にそばにいて貰いたいんだよ…。矛盾…している想いなのかもしれないけれどね…。ヴァイオリニストとして一流になるのならば、海外に目を向けなければならないだろうが…、私は君に海外何かに行って欲しくはないんだよ…。だから、個人レッスンをさせることにしたんだよ」
 吉羅はフッと微笑むと、愛が滲んだまなざしを向ける。
 幸せで輝かしい気分だ。
 恐らくは吉羅がくれた魔法なのではないかと思った。
「…これからはずっと一緒だ…」
「…はい。嬉しいです…」
 吉羅はもう一度触れるだけの甘いキスをくれた。

 あのキスから、香穂子の生活は劇的な変化が起こった。
 週末には吉羅と食事やドライブに出掛け、所謂“デート”を楽しんでいる。
 まだ甘いキスと手を繋ぐだけの関係ではあるが、十分に幸せな気分だ。
 ようやく親友の天羽にも、吉羅との付き合いを言うことが出来た。
「良かったね! ホント、ずっと好きなひとと恋人になれるなんて羨ましいよ」
「ホントに幸せなんだよ」
 香穂子はつい自然に惚気てしまう。
「最近可愛いもんね。香穂子」
 天羽はまるで自分のことのように喜んでくれている。
 それがとても嬉しいし、感謝もしている。
「…で、さ、吉羅さんってさ…大人だから…その…手が早そうというか…。何処までいってるの?」
 いきなり確信を突かれてしまい、香穂子はドギマギとしてしまう。
 喉が渇いてしまうぐらいに緊張してしまう。
「…ど、何処までって…、キスはしたし…、手も繋いでいるけれど…」
 恥ずかしくて、香穂子は顔をつい真っ赤にさせてしまう。
「まさか、あんたたち、キスと手を繋ぐだけで終わっているとか…?」
 その通りなので、香穂子は素直に頷いた。
「あの吉羅さんがね! 香穂子のことを余程大切に思っているんだね」
 天羽は感心するように言うと、にっこりと微笑んだ。
「…うん。大切にして貰っているよ…。本当に」
「そうだね」
 髪をくしゃりと天羽に撫でられて、香穂子は微笑むと、不意に表情を曇らせた。
「…だけど…女としての魅力はないのかな…」
 ポツリと香穂子が呟くと、天羽は背中を軽く叩いて励ましてくれる。
「そんなことはないよ。大丈夫だって! そんなにさ、吉羅さんと早く先に進みたかったら…、誘惑したら?」
 天羽は小悪魔のように囁くと、香穂子に甘い笑みを浮かべた。
「……!!!」
 誘惑だなんて、そんな大それたことを今まで考えたことはなかった。
 香穂子は急にドキドキしてしまう。
 誘惑。
 そんなことが吉羅相手に出来るのか、かなり不安になっていた。



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