*One More Chance*

20


 吉羅が毅然とした態度で親戚を追い出してくれた後で、香穂子を抱き寄せてくれた。
「すまなかった…。君には色々と嫌な想いをさせてしまったね…」
「暁彦さん…」
 吉羅は香穂子を抱き締めたまま、まるで子供をあやすように背中を何度も撫でてくれた。
 そのリズムがとても心地好かった。
「もう金輪際、あの人達とは縁を切るつもりでいるから」
「…暁彦さん…、それで良いのですか…?」
「ああ。構わない。あのひとたちは、私に損害しか与えないからね。必要ない人間関係だよ」
 吉羅はキッパリと言うと、香穂子に優しい笑みを浮かべた。
「…暁彦さん…、先程、私が子供が出来難い躰と診断されたのは…、親戚の画策だったっておっしゃいましたが…、解っていたんですか…?」
 香穂子が真っ直ぐ吉羅を見つめながら言うと、静かに頷いた。
「…正確には調べあげたというのが正しいよ。君が本当に子供を得られないのか、本当のところは疑わしいと思っていたんだよ。そして、気付かれないように調査を始めた…。はっきり言って骨は折れたけれどね…。弁護士などに頼んで調査結果が出たのは四か月前だ。そのタイミングできみには連絡を取った。私は君が何処で働いているかは把握していた…。ただ…、子供を産んだことは…、知らなかった…」
 吉羅は苦々しいとばかりに唇を歪めた。
「…暁彦さん…」
「調査結果が出たら、君にきちんと謝罪をして戻ってきて貰うつもりだった。意外に時間が掛かってしまって焦ったけれどね…。あの人達とは縁を切るつもりでいた。君には謝罪を入れさせるつもりだ。だからもう縁が切れても、私は構わなかったんだよ…」
「…暁彦さん…」
 吉羅は香穂子を見つめながら、頬にそっと触れてくれる。
 その感触がとても優しくて柔らかかった。
「…君にはもう辛い想いはさせやしないから…」
「有り難う…」
 吉羅は慎重ではあったが、きちんと調べてくれたのだ。
 それが香穂子には嬉しかった。
「…これからは君を二度と不快な想いをさせない」
 吉羅は誓うように言ってくれる。
 本当に吉羅は変わってくれた。
 香穂子のことを息子のことを一番に考えてくれるようになっている。
 離れて暮らしてことがーふたりにとってプラスに働いてのかもしれない。
 切なくも苦しい時間ではあったが、更に強固な絆を作るためには、必要なものだったのかもしれない。
 今ならそう思う。
 それならばこんなにも嬉しいことはないのに。
 吉羅が変わってくれた。
 ならば自分も変わらなければならない。
 かたくなになるのではなく、素直にならなければならない。
 このような結果を招いてしまったのは、お互いに話し合う事をしなかったからだ。
 自分のことしか考えられなかったからだ。
 それ以外にはない。
 あの頃も愛していたが、本当の意味で心を通わせてはいなかったのかもしれない。
 だが、今は違う。
 様々な難局を乗り越えることで、吉羅との関係をようやく良い状態に持っていくことが出来たのだから。
 変わろう。
 自分も。
 吉羅が変わったところを見せてくれたのだから、今度は香穂子が変わらなければ意味はない。
 そう思うと、香穂子は気持ちをキリリと引き締めた。
「…暁彦さん、色々と有り難うございます。…私…すごく嬉しいです…。あなたにこんなにも愛されているなんて、ずっと気付かなかったから…。本当はとても愛されていた筈なのに、…私も、…あなたも…、そのことに素直になれなかった…。あなたのことを…、ずっと愛していました。いえ、ずっと愛しています…。あなたを愛している自分に素直になることが…出来なかった…。あなたを本当に愛していることを…、素直に口にすることが出来なかった…。だけど…、私…、あなたを愛していたから…」
 香穂子は話しているうちに感情が高ぶってしまい、上手く表現することが出来ない。
 何度か続きを話せないでいると、吉羅が抱き締めてくれた。
 吉羅は、香穂子の想いを解ってくれているようで、何度も優しく背中を撫でてくれた。
 だが、きちんと言葉で愛を伝えたい。
 本当に愛していることを、最愛の男性に。
 香穂子は深呼吸をしてー何とか呼吸を整えた。
「…暁彦さん…、…私、あなたのことが本当に大好きです…。愛しています…」
 香穂子は素直に吉羅への愛を口にする。
 もう失いたくはない男性だから。
 もう二度と離れたくはない男性だから。
 ここで素直にならなければ、後々後悔をするのは、解っていたから。
「…香穂子…。愛しているよ…。私もずっと愛していたし、これからもそうだろう…。君がいれば、私は前を向いて頑張る事が出来るんだ。いつでも君が帰る場所にいることが解っているからこそ、私は安心出来るんだよ…。君を愛している…。君がいれば何もいらないんだ…」
 吉羅は香穂子を何度もしっかりと抱き締めて、キスをする。
 幸せな余韻に浸っていると、奥から声が聞こえた。
「とーしゃんっ! ママーっ!」
 ふたりの大切な大切な宝物が呼んでいる。
 かけがえのない息子だ。
 ふたりは顔を見合わせて微笑みあうと、ゆっくりと息子が待つリビングへと向かった。
「…幸せだね」
「はい!」
 本当にこんなにも幸せなことはないのではないか。
 香穂子はしみじみと思った。

 お互いの気持ちを本当に理解した上で愛し合ったからか、今夜はいつにも増して情熱的だった。
 香穂子は吉羅に抱き締められながら、官能的で満たされた幸せを噛み締める。
「…香穂子、私は君を失えば確実にこの先の人生が色褪せたものになることが解っていたから…、ああして様々なことを調べあげて、綿密に復縁の準備をした。失敗は許されないことが解っていたからね…」
「暁彦さん…」
 吉羅は香穂子の腹部を愛しげに撫で付けてきた。
「…我慢をして待ったかいがあったよ…。予想以上に素晴らしい結果だと、私は思っているよ。本当に嬉しい…。二人目も授かったのも嬉しかったよ。これからどんどん家族を増やしていかなければならないね」
 吉羅が蜂蜜よりも甘い笑みを浮かべるものだから、香穂子は真っ赤になってしまう。
「…ガンバリマス…」
 吉羅はフッと優しい笑みを浮かべると、再び香穂子を愛し始めた。
 情熱的に、そして甘く。

 結局、吉羅の最期通告がこたえたのか、親戚はもう二度と干渉しないという確約をした。
 きちんとした誓約書を取り付け、香穂子の悩みはなくなりつつある。
 ふたりが更に強固な絆になったことを、吉羅の母親は喜んでくれていた。
 特に香穂子との復縁の際には色々と陰で立ち回ってくれていたことを知り、益々、感謝をしている。
 そして。
 吉羅との愛を育みながら、更に強固な絆を構築している。
 吉羅は以前とは変わり、すっかり家庭人になっている。
 これには香穂子も驚くと同時に感謝をしていた。
 吉羅と子供たちと一緒に、結婚当時に夢見ていたことが実現している。
 幸せだ。
 家族みんなで愛情が溢れる暮らしをしながら仕事も満たされる。
 こんなに素晴らしいことは他にはないのではないかと思う。
 まだまだ子供のそばにはいたいので、香穂子は家庭を中心に考えながら仕事をしていた。

 子供たちを寝かせて、今夜も吉羅とふたりで幸せな時間を過ごす。
「…幸せです…。暁彦さん」
「私もだよ…」
 ふたりで笑顔でいられる日常が、こんなにも幸せだなんて思ってもみなかった。
 今夜もふたりは笑顔で眠りにつく。
 こんなに幸せな事はないと思いながら。



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