*背伸びをしても*


 意識がゆっくり戻ってきた。

 香穂子がゆっくりと目を開けると、そこには吉羅がいて、香穂子をしっかりと抱き締めてくれていた。

 その強さに、香穂子は安堵を感じると同時に、ドキドキを感じた。

 吉羅の逞しい胸に抱き締められて、香穂子は愛されていると感じた。

 だが、それは保護欲に近いものではないかとも、感じずにはいられなかった。

 香穂子は潤んだ熱い眼差しで、吉羅を見つめる。

 柔らかで優しいのに、とても官能的な瞳を向けてきた。

「君は本当に素晴らしいね……。ずっと、この腕から離したくなくなるね……」

 香穂子を更に強く抱き締めてくると、吉羅は再び香穂子を組敷く。

「レイトチェックアウトにしなければならないね?このままだと……」

 吉羅は苦笑いを浮かべながら、再び香穂子を慈しむ。

 吉羅がこんなにも求めてくれているなんて、香穂子は思ってもみなくて、つい目を見開いてしまう。

「……君に関しては、際限なく欲しくなるんだよ、私はね」

 艶のある声で囁かれると、香穂子はもう抵抗することが出来ない。

 吉羅を自らも抱き締めると、進んで愛の世界へと墜ちていった。

 

 吉羅にしっかりと愛されたあと、香穂子は切ない想いを抱いた。

 吉羅は、一度も愛しているとは、言ってはくれなかった。

 香穂子にとっては、それは痛い事実として残る。

 吉羅が愛していると言ってはくれないのは、本当の意味で愛してくれないのではないかと、思ってしまう。

 吉羅は本当に愛しているひとにしか、言わないのかもしれない。

 愛しているかけがえのない女性にしか。

 香穂子はそう思うと、苦しくてたまらなくなる。

 男女の愛情ではなく、あくまで家族のような愛情しかないのかもしれない。

 香穂子は、傍らに眠る吉羅を見つめながら泣きそうになる。

 これでおしまいなのだ。

 本当に。

 吉羅にこうして愛して貰ったことを糧にして頑張るしかないのだ。

 香穂子は目をそっと閉じる。

 明日の朝、起きたら、吉羅に解放をしてあげることを伝えよう。

 そうしてこれからは、吉羅をなくして頑張れば良いから。

 香穂子はそう思うと、涙を偲ぶ。

「……吉羅さん、大好き……。愛しています……」

 香穂子は、眠っている吉羅に聞こえないのを良いことに、愛の言葉を呟く。

 そっと目を閉じる。

 うとうとしていると、香穂子はいつの間にか強く吉羅に抱き締められているのが解ったが、香穂子はそのまま眠りに落ちた。

 

 目覚めると、優しい朝を迎えていた。

 香穂子がゆっくりと目を開けると、吉羅は既に完璧な姿でいた。

 吉羅の隙のない姿に、香穂子は慌てて起き上がる。

 このままではマズイ。

 相手は隙がないのに、自分は隙だらけだ。

 これでは対等だとは言えない。

 もとより、吉羅相手に対等であることは有り得ない。

 香穂子が慌てながらも、視線で衣服を探していると、吉羅がバスローブを差し出してくれた。

「はい、お嬢さん」

「……あ、ありがとうございます……」

 香穂子が困惑しながらバスローブを受け取り、真っ赤になりながら俯くと、吉羅はしょうがないとばかりに笑った。

「……シャワーを浴びて来なさい。それからだ」

「……はい……」

 吉羅は大人の男らしくスマートに言うと、背中を向けてくれる。

 吉羅なりの配慮なのだろう。

 香穂子は感謝しながら、手早くバスローブを羽織ろうとして驚く。

 白い胸元には沢山の紅い所有の痕が刻まれている。

 昨夜の情熱的な一夜を思い出して恥ずかしくなった。

 なんとかバスローブを羽織ってベッドから出ようとしたが、下肢が鈍く痛んで、香穂子は上手く歩けない。

 それに目ざとく気付いたからか、吉羅は香穂子を軽々と抱き上げた。

 顔をちらりと見ると、吉羅は微笑んでいるように思えた。

 吉羅は香穂子をバスルームまで運んで、そこで下ろしてくれた。

「ごゆっくり」

「ありがとうございます」

 香穂子はバスルームにひとり取り残されても、まだ、ドキドキしていた。

 シャワーを浴びながら、香穂子は少しずつ冷静さを取り戻しているのを感じた。

 肌には沢山の愛の刻印。

 それが本当の愛が刻まれていたなら、これほど嬉しいこ とはないのに。

 所有の気持ちだけでなければ良いのに。

 シャワーを浴びていると、吉羅との切ない恋情すらも洗い流しているような気がして、香穂子は堪らなかった。

 シャワーを浴びているだけで、吉羅との素敵な恋の想い出総てが流れ出てゆくようで、切なかった。

 

 シャワーを浴びて、バスルームから出ると、吉羅が直ぐに来てくれた。

「歩けないだろう?」

「大丈夫です……」

 吉羅はただ香穂子の手を取ると、そのままソファまで連れて行ってくれた。

 ソファに座り、吉羅もその横に腰かける。

 その間、吉羅は手を離さない。

「……香穂子、私は君を離す気はないから。早急に、君を妻にする。私は、君を守る手段を使わずに抱いた。君の身体に私を放ったからね。妊娠してもおかしくないからね。早いうちに結婚する必要があるから」

 責任を取るために結婚するのだろうか。それは香穂子にとっては本意ではない。

「……吉羅さん、責任感で私と結婚する必要はありませんよ。……義務感でも……。あなたは本当に愛している方と結婚すべきです」

 香穂子は泣きそうになりながら、吉羅を真摯に見つめる。しかし吉羅は、複雑な表情をした。

 奇妙な表情といっても良かった。

「香穂子、だから私は心から愛しいと、愛している相手と結婚するんだがね?」

 吉羅はクールな表情で呟いた後、突然、笑顔になる。

「……え? 吉羅さんは、私以外の女性が好きなのでは?一緒に歩いていた女性が……」

 香穂子が驚いていると、いきなり抱き締められてしまう。

「あの女性は、ウェディングプランナーだよ。忙しい私に代わって、君へのサプライズを用意してくれていたんだよ」

 吉羅は柔らかな声で呟くと、香穂子を見つめる。左手には、指輪のケースを持っている。

 吉羅は香穂子に跪くと、左手を手に取った。

「香穂子、君が高校生の頃からずっと愛している。結婚してくれ」

 初めて愛していると言われて、正統なプロポーズを受けて香穂子は泣いてしまう。

「……はい。私も愛しています。結婚して下さい」

 香穂子は涙声でなんとか呟くと、吉羅を抱き締めた。

「愛しているって、言って下さらなかったから、ずっと不安でした」

「ずっと、愛しているよ」

 吉羅の言葉に香穂子は人生最高の至福を感じていた。

 

 



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