*Because We Are In Love*

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 軽井沢の夫妻に結婚と子どもが出来たことを報告するために、ふたりの住む屋敷へと向かった。
 式は横浜の海岸教会で挙げる予定で準備中だが、夫人の調子が余り良くなく、出席は難しいとのことだった。
「…夫人…、少しは具合が良くなっていると良いんですが…」
「そうだね…。最近は、東京方面には出て来ていらっしゃらないから…、少し心配だ」
 吉羅の言葉に、香穂子も頷く。
 今回は休みを取って、事前に一泊することにしている。迷惑を掛けられないから、屋敷近くのホテルを取っているのだ。
「香穂子、そんな切なそうな顔はするな…。あの方は人一倍敏感だからね…」
「…はい。解っています。切ないですけれど、ご夫妻にお逢い出来るのはとても楽しみなんですよ。私」
「私もだ。結婚と子どもが授かったことを報告に行くとお伝えしたら、お二人ともたいそう喜んでいたよ。おふたりは、“軽井沢ベビー”だと思っているらしい」
 吉羅が苦笑いを浮かべると、香穂子もくすりと笑う。
 あの時は何もなかったものの、確かに“軽井沢ベビー”と思われても仕方がないタイミングだ。
 実際に、あの直ぐ後に身籠もったことが推測されるのだから。
「この子が生まれた後もご挨拶に行かなければならないね」
「そうですね」
 吉羅は一瞬、まだ突出てはいない香穂子のお腹を優しく撫で付ける。
 その動きに、香穂子はとろとろになってしまいそうだ。
 まだ悪阻が完全には治まってはいない香穂子の為に、吉羅は気遣いながら運転をしてくれる。
 それが香穂子にはとても嬉しかった。

 昼前には軽井沢に入り、直接、ふたりの屋敷へと向かう。
 煌めくような夏の太陽のひかりが、とても美しかった。
 優しくしなやかに強い向日葵があちこちに咲き誇り、香穂子は優しい気分になる。
 やはり向日葵はこころを明るくしてくれる花だ。
「暁彦さん、向日葵がとても綺麗ですね。しなやかに強くて明るくて、真っ直ぐなところが大好きです」
「君のような花だね」
 吉羅がさらりと言って一言が、香穂子には嬉しくてしょうがなかった。
 屋敷のセキュリティを解除して貰い、いよいよ中に入る。
「何だか故郷に帰って来たみたいで嬉しいです。興奮してしまうかも」
 香穂子がくすりと笑いながら言うと、吉羅も頷いた。
「あのおふたりは、私にとっては両親と同じように大切な方々だからね。君にそう言って貰えて、私も嬉しいよ」
「はい。私もおふたりはとても大切な方々ですから…」
 吉羅は静かに車を止めると、香穂子を軽く抱き締めてからシートベルトを外してくれる。
「暁彦さん、甘やかせすぎです」
 香穂子がくすくすと笑いながら言うと、吉羅は頬にキスをする。
「君が大切だから当然だ」
「有り難う…」
 吉羅は先に車から降りて、ごく自然に香穂子をエスコートしてくれる。
それが嬉しい。
「さあ、行くか」
「はい」
 ふたりで手を繋いで、屋敷の玄関先に向かうと、夫妻が外に出て待っていてくれた。
「いらっしゃい!」
 夫人は既に弱っているのか車椅子での出迎えとなっていた。
 香穂子は泣きそうになったが、努めて笑顔をふりまく。
「おじさま、おばさま」
 香穂子は婦人に抱き付くと、にっこりと微笑んだ。
「香穂子ちゃん、本当に綺麗になったわね。びっくりするぐらいに」
「…有り難うございます…」
 夫人に褒められたのが嬉しいのと同時に、何処か照れ臭くて、香穂子ははにかむように俯いた。
「愛するひとに愛されるのは、本当に幸せなことよ。あなたが本当に幸せなことが、これで解りますよ。あなたは本当に綺麗ですよ。暁彦くんがあなたを美しくしているのね」
 夫人は香穂子の頬を撫でると、柔らかく腹部に触れた。
「あなたのお腹には愛するひとの子どもがいるのね? 本当にそれが一番の幸せなことよ。赤ちゃんが生まれるのが、今から楽しみね」
「はい。暁彦さんは今から親バカなんですよ。ヴァイオリンを習わせるのと同時に、きちんとした経済学を学ばせないとと、今から言っているんですから」
 香穂子が吉羅を見上げると、少し罰の悪そうな照れた笑みを静かに零した。
「…暁彦くん、あなたは本当に良いお嫁さんを見つけたわね。ここまで待っていた甲斐があるわね」
「そうですね」
 吉羅はさらりと言うと、夫人に笑い掛けた。
「さあ、ランチを準備しているのよ! 後ね、ランチの後にはサプライズを用意しているから、待っていてね!」
「有り難うございます」
 香穂子はにっこりと微笑むと、今日はめいいっぱい夫人が用意してくれた楽しみを満喫しようと思った。
 こんなにも幸せなことは、他にないだろうから。
「香穂子ちゃん、悪阻はどうなの?」
「…少しはマシになって来たんですが、やっぱりまだあります。ちょっとだけ辛いんですけれど、何とかなるかなって思っています」
「赤ちゃんにも悪阻にも良いランチを用意していますからね。後、少し休憩をしたら、見せたいものがあるのよ」
「はい! 楽しみにしていますね」
 夫人は本当に優しい。
 まるで「オズの魔法使い」に出て来る、“北の魔女”のようだ。
 美しく聡明で優しい女性。
 まさに夫人はそのものだ。
 香穂子にとっては永遠の憧れと言っても良かった。
「本当に夫人は私の憧れです。私も年齢を重ねたら、夫人のようになりたいと思っています」
 香穂子は素直な気持ちで言うと、夫人は嬉しそうに頷いてくれた。
「…有り難う…。様々なことを経験したから、こうして笑っていられるのよ…」
 夫人は深い笑みを湛えると、まるで香穂子のこれからの人生を照らしてくれるような光を表情に浮かべてくれた。
 とても魅力的で綺麗な光だった。
 香穂子は、ゆったりとした気分で食事をする。
 周りが悪阻があるからと気遣ってくれるのが、嬉しくて有り難い。
「とても美味しいです。私は勿論ですが、お腹の赤ちゃんも喜んでいます。美味しいご飯を有り難うって」
「それは良かったわ。本当は私自身が作りたかったのだけれど、私のレシピを元に、シェフに頼んで作って頂いたものなのよ。喜んで貰えて、とてま嬉しいですよ」
「有り難うございます」
 香穂子が感謝の笑みを向けると、夫人はゆったりと笑ってくれた。

 デザートまで平らげた後、香穂子は少しだけゆっくりとさせて貰った。
 本当に幸せな気分だ。
「さてと香穂子ちゃん、少しだけ大丈夫かしら?」
「はい、大丈夫です」
「そう。だったら見せたいものがあるの。こちらへ来て貰えないかしら?」
「はい」
 香穂子は立ち上がると、夫人の車椅子をゆっくりと押す。
「有り難う。あの奥の応接室に用意しているのよ。あなたが気に入ってくれると良いんだけれど」
 夫人はにっこりと笑うと、ドアを指差した。
「あのお部屋ですね」
「ええ。お願いするわ」
 香穂子はドアを開けると、息を呑む。
 そこには、クラシカルなラインの美しいウェディングドレスを着たマネキンが飾ってあった。
 その品の良さに、香穂子はこころを奪われる。
「なんて綺麗なドレスなんでしょう」
 香穂子がうっとりと呟くと、夫人は柔らかく微笑む。
「私が主人と結婚式を挙げた時に着ていたウェディングドレスなのよ」
「…ご主人との…」
「今から三十年前よ…。私たちはね、若い時に結婚したわけではないの。…私が…別のひとと結婚していたから…。ようやく結ばれたのは私がもう40歳近い頃だったのよ。だから、あなたには少しばかり地味かもしれないわね」
 夫人は優しく笑うと、懐かしそうに目を細めた。



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