*Because We Are In Love*


「本当の幸せを見つけて気付くのに随分と遠回りしたとは思うけれど、後悔はしていないわ」
 夫人はにっこりと笑うと、香穂子の頬をそっと包み込んだ。
「あなたは若い時に本当の幸せを見つけたのね。それはとても幸せなことよ。だからこの幸せを何があっても大切にするのよ? お腹の赤ちゃんは、あなたの幸せの象徴。ふたりの幸せがギュッと詰まっているのだから、大事にね」
「…はい」
 人生の先達である夫人の言葉を聞いているだけで、香穂子は泣きそうになる。
「…あなたは私の本当の娘のように大切。暁彦くんも本当の息子のように大事なの。…私と主人の間に子どもは出来なかったけれど…、私には娘がいるの。前の主人とのね。別れるのが辛かったけれど、逢わない条件で別離をしたから…」
 夫人は唇を噛み締めると、香穂子に微笑み掛けた。
「あなたたちの結婚式には出席することは出来ないから…、ね、香穂子ちゃん、このウェディングドレスを今着て、私に見せて欲しいのよ。私の一番の夢はね。このドレスを娘に着せることだったの。それは叶わなかったから、あなたにその願いを託したいの。このドレスを着て貰えないかしら?」
 夫人の澄み渡った青空のような瞳に見つめられて、香穂子は感きわまる。
 嬉しさと切なさで泣き出してしまいそうだ。
「…有り難うございます。着せて頂きます。結婚式のリハーサルのようで嬉しいです…」
「有り難う。喜んで貰えて、私もとっても嬉しいわ。どうも有り難う。香穂子ちゃん」
「こちらこそ、有り難うございます」
半分涙目で、洟を啜りながら言うと、夫人は優しい苦笑いを浮かべた。
「さあ、泣かないで。これからあなたをとっておきに綺麗にして貰うんですから、泣くんじゃないんですよ。お化粧も取れてしまいますからね」
「…はい…」
 香穂子が涙ぐみながら頷くと、夫人は抱き締めてくれた。
「有り難う、香穂子ちゃん」

 その頃、ダイニングで吉羅は主人と談笑をしていた。
「暁彦くん、今回はこうしてここに来てくれたことを感謝するよ。本当にどうも有り難う。香穂子ちゃんは本当に良い娘さんだね。君も待ったかいがあったね」
「はい」
 吉羅は深く頷くと、幸せな笑みを浮かべる。
 本当に主人の言う通りに、最高の女性を選んだことは自負している。
「…暁彦くん…これは妻のわがままなのだが…、是非聞いてやって欲しい。香穂子ちゃんに自分のウェディングドレスを着せて、ふたりの結婚式を見るのが、彼女の夢なんだよ。…だから、香穂子ちゃんがドレスを着ることを同意したら、式を近くの教会で挙げて欲しいんだよ。夕方の時間帯を押さえてある。妻は君達の式を見ることが出来ないから、リハーサルとして…」
 主人からの切ない想いが伝わってくる。
 吉羅は、受けない理由など何もないことは解っていたから、静かに頷く。
「解りました…」
 吉羅の静かな同意に、主人は吉羅の手を握り締めてくる。
「有り難う、本当に有り難う」
 主人は何度も言うと、吉羅に頭を下げていた。

「近くの美容室の方に来て頂いたの。あなたが綺麗な花嫁さんになれますようにとね」
「有り難うございます」
 夫人は頷くと合図を送る。すると香穂子よりは本の少しだけ年上のセンスが良さそうな女性が、部屋に入ってきた。
「彼女を綺麗にしてあげて」
「解りました。では先ずは顔のマッサージから行いましょうか。あなたなら綺麗になれますよ」
「有り難うございます…」
 綺麗にしてもらった上にウェディングドレスが着られるなんて、こんなにも嬉しいことはない。
 愛する男性は、綺麗だと言ってくれるだろうか?
 夫人も喜んでくれるだろうか。
 それだけが気掛かりになる。
 吉羅と夫妻に喜んで貰えたら、これ以上に嬉しいことはない。
「香穂子ちゃん、あなたは本当に綺麗な子ね。こうして愛するひとの為にメイクをして、美しくなってゆく姿は、本当に綺麗よ…」
「有り難うございます…。…私、もの凄く嬉しくて…」
 感きわまる余りに声が震えて洟をすすると、夫人は困ったような笑みを零す。
「ほら泣かないのよ。今、綺麗にしているんだから」
「はい」
「本当にこの花嫁さんは、とても美しい方ですね。こちらとしても綺麗にするかいがありますよ」
 美容師は本当に充実しているとばかりに言うと、香穂子をどんどん綺麗にしてくれる。
 お腹の子どもも綺麗だと言ってくれるだろうか。
 吉羅とのかけがえのない愛の結晶。
 式を挙げる頃には、お腹は随分と大きくなっているだろう。
 だからこそ、今の状態でウェディングドレスを着ることが出来るのが嬉しかった。

 その頃吉羅は、用意されていたモーニングに着替える。
 白に近い薄いブルーグレーのクラシカルなものだ。
「流石に君とはスタイルが違うから、私のものをというわけにはいかないからね。妻が用意したんだよ」
「…有り難うございます」
「しかし似合うね。まあ、学生時代にモデルにスカウトされたから当然か」
 主人の言葉に、吉羅は苦笑いをするしかなかった。
「香穂子ちゃんは相当綺麗になっているだろうね。彼女は本当に綺麗な子だよ。それを本人が気付かないから始末に負えないね」
「そうですね。だから私も苦労したんですよ。これでもね」
「だろうね」
 お互いに苦笑いを浮かべてしまう。
「妻も本当に綺麗な女でね、私が愛してしまった時には、既にひとの妻だった。それでも、彼女は、総ての 夢が詰まった極上の女性だったから、諦めきられない男が多くてね。私もそのひとりだった。それを本人は全く気付かないから始末に負えなかったがね」
 過去った昔を懐かしむかのように呟くと、主人はフッと微笑んだ。
「…だから結ばれた時は本当に嬉しかった…」
「…ご主人…」
 主人は遠い日を思い起こすように言うと、吉羅の背中を叩く。
「君は素晴らしい相手に巡り逢えて良かったね」
「…はい。私もそう思っています」
 吉羅の幸せに満ちた笑顔に、主人は頷きながら笑ってくれた。

「さてと! 出来たわよ! 香穂子ちゃん!」
「はい」
 香穂子は美容師に姿見の前に連れていって貰う。
 鏡に映る自分は、本当に日野香穂子だろうかと疑ってしまいたくなる程に美しくされている。
「香穂子ちゃん、あなたは本当に綺麗ね」
 夫人は香穂子の姿を見て、涙ぐんでいる。
 喜んで貰えてとても嬉しい。
 著名なデザイナーが手掛けたウェディングドレスは、時代を経てもなお、気品溢れる美しい仕上がりになっている。
 クラシカルなラインが、とてもロマンティックだ。
「あなたに似合っていて良かったわ」
「有り難うございます」
 また泣きそうになり、夫人は困ったような顔をする。
「もう…、香穂子ちゃんは泣き虫ね。今度は暁彦くんに慰めて貰いなさい」
「そうですね…」
 泣き笑いの表情を浮かべると、夫人もまた同じような表情を浮かべていた。
「さあ、あなたが世界で一番愛しているひとのところへ行きましょうか」
「はい。有り難うございます」
 香穂子の付き添いとして、美容師たちが何人か着いてくれる。
 そのままゆっくりと歩いて、吉羅の待つダイニングへと向かった。

 ドアが開いた瞬間、吉羅は夢を見ているのではないかと思った。
 女神よりも美しい香穂子が、目の前に現れる。
 吉羅はこころが躍るのを感じながら、ゆっくりと愛する妻に近付いていった。



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