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世の中はすっかりクリスマス色で彩られている。 時勢柄、華やいだ気持ちになりたいからか、イルミネーションが麗しく輝いている。 本当に綺麗だ。 隣に大好きなひとがいて、イルミネーションの中を歩けたら幸せなのにと、香穂子は思わずにはいられない。 手を繋いで歩けたら、これ程幸せなことはないと、香穂子は思う。 香穂子の大好きなひとは、ロマンス小説に出てくるヒーローのようだけれど、クールで、現実主義者だ。 それに、まだ恋人とは言えない香穂子と、手を繋いで歩いてくれるとは、到底考えられない。 吉羅は、そんなことは一切しない。 もうすぐクリスマス。 今年もファミリークリスマスで終わりそうだ。 ロマンティックには、かなり程遠いような雰囲気だ。 香穂子は、寂しいような、胸が痛いような、それでいて華やかな季節に、複雑な気持ちを抱いていた。 今日はイルミネーションが華やかで美しい、海辺の商業施設に来ていた。 海風を浴びながら、イルミネーションを見つめて、ヴァイオリンを弾く。 雰囲気だけでもロマンティックで、クリスマス気分を味わうことが出来る。 香穂子はそれが大好きで、わざとこの場所でヴァイオリンを弾いていた。 沢山の幸せが溢れている。 それを見つめていると、清々しい幸せを感じずにはいられない。 香穂子は、大好きなひとと、そう出来れば良いが、なかなかそれが叶わない。 そもそも、香穂子は、大好きなひとと、そうなる資格がないのだから、しょうがない。 恋人でも何でもないのだから、しょうがないといえば、しょうがないのではあるのだが。 恋人たちを、羨ましいとも幸せそうだとも思う。 温かな雰囲気だ。 香穂子は、寒風を感じながら、切ない幸福感に包まれていた。 香穂子は、クリスマスシーズンに相応しい曲を演奏してゆく。 温かで幸せな曲が中心だ。 恋人たちは、まるで香穂子が奏でるヴァイオリンが、自分たちだけのBGMだと思っているかのように、聴いてくれ、ロマンティックに浸ってくれている。 香穂子にとって、これはかなり嬉しい。 幸せで温かな気持ちになるために、音楽はあると思っているから。 ヴァイオリンばかりを弾いていても、お腹が空いてしまうから、栄養分が入ったバーをかじる。 すると、吉羅が、スーツ姿で隙なく歩いているのが見えた。 隣には、同じようにスーツ姿で隙なく歩いている女性がいる。 大人のふたりという雰囲気だ。 ビジネスライクにも、フレンドリーにも見えた。 何故だか悔しい。 子供のような格好をしているからだろうか。 相手は三十路を過ぎた男で、大人でかなりスマートだ。 それに比べると自分は全く子供だと思う。 吉羅の隣には、いつも大人の女性がいて、その姿がとても似合っている。 香穂子は、その姿を見つめながら、胸が苦しくなるのを感じていた。 今はヴァイオリンに集中をはしよう。 香穂子はそれだけを考えて、ヴァイオリンと向き合った。 ヴァイオリンで何曲も弾く。 聞いてくれるひとがいるというのは、とても張り合いがある。 ここで練習するのも良いだろう。 そんなことを考えながら、香穂子はヴァイオリンを弾いた。 陽が闇に蕩けて、夜がやって来る。 寒さも身体に染み透る。 身体が冷えて、くしゃみが出てしまう始末だ。 流石に帰らなければならないと思い、香穂子がヴァイオリンを片付けようとした時だった。 「……そんな格好でいつまでもいるから、冷えるんだ」 聞き慣れた厳しい声がストレートできたかと思いながら、香穂子が顔を上げると、いきなり上質でシックなマフラーが首に掛けられた。 香穂子が驚いて目を見開くと、吉羅が厳しくクールな表情を浮かべて、香穂子を見つめていた。 「……吉羅理事長……」 「何事も身体が資本だということを、忘れたかね? 日野くん」 吉羅は相変わらずきつい論旨で、淡々と物を云う。 「……分かってはいますが、昼間だったから大丈夫だと……」 「風邪は万病の元だ。注意するように」 「分かりました……あ!」 香穂子が返事をすると、今度は手をしっかりと握り締められた。 「こんなにも冷たくなるまで放っておくのはどうかと、私は思うけれどね」 吉羅にピシャリと言われてしまい、香穂子はドキドキと驚きで、どのように反応して良いのかが分からなかった。 「随分と、夢中になってヴァイオリンを弾いていたようだが、ここは集中出来るのかね?」 「はい。皆さんが、ロマンティックなBGM代わりに聴いて下さいますから、私としては遣り甲斐がありますよ。皆さん、幸せな表情をして下さいますから」 吉羅とも、イルミネーションを見つめながら、ロマンティックな時間を過ごせたら良いのに。 香穂子はうっとりとカップルを見つめてしまう。 「日野くんは、クリスマスのイルミネーションが好きなのかね?」 「はい。まるで宝石箱をひっくり返したみたいで、大好きです」 「君らしい表現だ」 吉羅は珍しく、愉快そうに呟いた。 「女の子は皆、好きですよ」 「そういうものかね?」 「そういうものです」 香穂子は軽口を叩くように言いながら、吉羅を意識して鼓動を高める。 吉羅は手を全く離さない。 離す気配もない。 ただ、香穂子の手をしっかりと握りしめているだけだ。 「日野くん、君の手は、全く温まらないね……。まだまだこうして温めておく必要がある」 吉羅は繋いだ手をそのままコートのポケットに入れてしまう。 余りに親密な仕草に、香穂子は胸を高まらせてしまう。今すぐにでも、ジタバタしたいぐらいだ。 嬉しくて、恥ずかしい。 香穂子は頬をほんのりと赤らめながら、吉羅を見上げた。 「イルミネーションが好きなら、少し歩くかね」 「良いんですか?」 「ああ」 「ありがとうございます」 まるでデートをしているかのようで、香穂子は嬉しい。 吉羅はそうは思っていないかもしれないが、香穂子にとっては素晴らしいデートだった。 素敵なデートに、香穂子はロマンティックを感じる。 今なら、最高の恋の歌を奏でることが出来るのかもしれない。 素晴らしい。 ふたりでゆったりと歩き始める。 イルミネーションが、今までで見た中では、一番素晴らしく思えた。 「日野くん、クリスマスツリーを見に行くかね?」 「はい!!」 吉羅と手を繋いでクリスマスツリーを見に行く。 世界で一番素晴らしいものを見ているようだ。 吉羅とふたりで、クリスマスツリーの前に到着すると、ちょうど、ツリーが美しい音色を奏で始めたところだった。 キラキラとツリーが輝いて、とても美しい。音色も素晴らしく甘い。 香穂子が夢中になって見つめていると、不意に抱き寄せられる。 驚いて顔を真っ赤にさせていると、いきなり唇を奪われた。 ほんの一瞬、触れられるだけのキスに、香穂子は鼓動がときめかずにはいられない。 このキスの意味は? 考えるだけで、香穂子は落ち着かなくなった。 |