後編
陣痛の間隔が短くなっていく。 痛みに苦しむ香穂子を、暁慈は泣きそうな顔で見つめていた。 「ママ、ぽんぽん痛いの?」 「大丈夫だよ、あきちゃん。あきちゃんを産む時にも…同じことが起こったんだよ…。これは赤ちゃんが元気に 産まれるためのお知らせなんだよ。だから、大丈夫なの…」 香穂子は優しい声で呟いた後、暁慈をギュッと抱き締めた。 「…あきちゃん、有り難う…。きっとあなたは最高のお兄ちゃんになるね…」 香穂子は心からそう思っているのが直ぐに解るような優しい声で言った。 「有り難う、あきちゃん」 暁慈と吉羅が香穂子を見守る中、陣痛の感覚がかなり短くなり、分娩室へと向かう。 吉羅は一緒に分娩室へと向かい、暁慈は香穂子の両親と一緒に、子供が産まれてくるのを待ち構えた。 出産に付き添うのは初めてで、吉羅はかなり緊張してしまう。 香穂子の手をしっかりと握り締めながら、吉羅は我が子の誕生の瞬間を待った。 「吉羅さん、後、少しですからね! 頑張って下さい」 「はいっ!」 助産師や医師が声を掛ける中、香穂子は懸命に頑張っている。 吉羅は支えるようにただ手を握り締めて、額に流れる汗を拭ってやった。 「頑張るんだ」 「…はいっ…! 暁彦さんっ!」 縋るように見つめる香穂子が可愛い。 吉羅は妻を支えたい気持ちでいっぱいになり、ただ手を思い切り握り締めた。 暁慈の時もそばにいて支えてやりたかった。 吉羅はそれだけを後悔する。 これからは何人子供を儲けても、毎回、そばにいてやろうと誓った。 「吉羅さん、後、少しですよっ」 「はいっ…!」 香穂子は力を入れる。 すると赤ん坊の産声が、分娩室全体に響き渡った。 「おめでとうございます、吉羅さん、可愛い女の子ですよ」 「…はい…」 香穂子は大仕事を終えた後の安堵感に包まれた表情をしていた。 看護師が娘を産湯に入れてくれ、おくるみに包んでくれる。 その間、出産の後処理がされていた。 看護師が子供を抱いて連れてきてくれる。 「…あ、あの…先に…主人に抱かせてあげて下さい…」 「解りました」 吉羅の前に小さな小さな娘が差し出される。 「どうぞ、お嬢さんですよ」 「…有り難うございます」 産まれたばかりの娘をこの手で抱く。 こんなにも素晴らしいことはないのだろうと、吉羅は思う。 愛が溢れてきてどうしようもない。 柔らかな娘は、ただ真っ直ぐ父親を見ている。 その瞳を見ていると、守っていかなければならないと痛感した。 「香穂子、私たちの娘だ…」 「…はい。嬉しいです…」 香穂子はにっこりと微笑むと、慣れた手つきで子供を抱いた。 「小さくて…、本当に可愛いです…」 「そうだね。みんなでこの子を守って行こう」 「はい…」 香穂子は落ち着いてはいるが本当に幸せそうに微笑んだ。 「さあ、お母さんは少し休まなければならないですからね…。お父さんは着替えて、待合室にいる息子さんを呼びにいってあげて下さいね」 「解りました」 吉羅は着替えた後、暁慈と香穂子の母親が待つ待合室に向かう。 「暁慈、お前の妹が産まれたよ」 「いもうちょっ!」 暁慈は本当に嬉しいらしく、ぴょんぴょんと飛んでいた。 「じゃあ赤ちゃんを見に行こうか。行きましょう、お義母さんも」 暁慈は、吉羅と祖母と手を繋いで、半ばスキップをするかのように新生児室へと向かう。 余程嬉しいのだろうと、吉羅は思った。 「この子が妹さんよ」 看護師が娘を連れてきてくれて、暁慈にお目見えをしてくれる。 暁慈は興奮覚めやらないようなまなざしで、妹を見つめていた。 「ちっちゃいっ!」 「そうだね」 吉羅は頷く。 「この子も暁彦さんによく似ていますね。だけど躰つきや髪の雰囲気は香穂子かしら」 香穂子の母親も、嬉しそうに見つめている。 赤ん坊が、また幸せを届けてくれたような気がした。 「ママは?」 「ママは赤ちゃんを産んだばかりだから、しっかりとお休みをしなければならないんだよ。だから。ゆっくり寝ているよ。今夜はこの病院で泊まれるから、一緒に泊まろうか。明日からは家に帰るからね。お父さんも明後日からは仕事だからね」 「…あい」 吉羅は息子の頭を優しく撫でる。 本当に愛しい。 愛しい存在が増えたことで、吉羅は更に力を得たような気がした。 吉羅と暁慈は、香穂子に花束を買うために、街のショッピングセンターに向かった。 白い薔薇の花束を作って貰う。 綺麗な花束だ。 ふわふわしていて柔らかそうで純粋で。 本当に香穂子のようだと思ってしまう。 花束を買って病院に戻ると、香穂子はまだ眠っていた。 「…ママはちゅかれたんだね」 「そうだね。疲れたんだよ。暁慈を産む時も君の妹を産む時も、お母さんは命懸けだったんだよ…。だから、今はゆっくりと休ませておいてあげよう」 「あい」 無心に目を閉じて眠る姿は、本当に美しかった。 こんなにも美しい女性は他にいないだろうと吉羅は思う。 「君は本当に綺麗だね…」 眠る妻に吉羅はそっと語りかけた。 息子を食事に連れて行き戻ってくると、香穂子が目を覚ました。 「…暁彦さん、あきちゃん…」 「ママ、よしよし」 暁慈は、母親がよく頑張ったと労いたかったのか、香穂子の頭を優しく撫で付けてくれた。 それに香穂子は目を細める。 「有り難うあきちゃん、ママ、頑張ったよ」 「うん」 香穂子に頭を撫でられて、暁慈は泣きそうな顔になる。 「あきちゃんもこれでお兄ちゃんだね…。妹を可愛がってあげてね…」 「あい」 暁慈が素直に頷くのを、吉羅も香穂子も幸せな気分で見つめていた。 息子を風呂に入れて、家族用のベッドで寝かせる。 息子と添い寝が出来るのが嬉しかった。 吉羅が香穂子の様子を見に行くと、目を優しく開けた。 「…有り難う…」 何度言っても言い足りない言葉を言う。 香穂子は笑顔で頷いた。 「私も有り難うございます。暁彦さんには沢山のプレゼントを頂いていますね…」 「私もだよ。本当に有り難う…」 吉羅は香穂子にキスをする。 愛と感謝を込めて。 暁慈が眠るベッドに潜り込んで、抱き締めて眠る。 柔らかい息子だ。 本当に愛しい。 吉羅は愛が溢れてくるのを感じていた。 その朝、吉羅は早く目が覚めた。 暁慈もまた同じようだった。 ふたりとももう眠れなくて、病院の庭を散歩することにした。 朝の空気が秋がやって来ることを告げている。 吉羅は息子としっかりと手を繋いで、庭を散歩した。 「とーしゃん、おひしゃまがおはよう」 「そうだね」 ようやく上がった太陽を指差す息子に、吉羅は頷いた。 「赤ちゃんと一緒に、こんにちはだ」 暁慈の何気ない一言に、吉羅は笑顔になる。 娘の名前は、“あさひ”が良いだろう。 香穂子の旧姓を含めて、家族の総てが太陽に纏わる名前だ。 吉羅は香穂子もきっと喜んでくれるだろうと思う。 「暁慈、赤ちゃんの名前を決めた。“あさひ”だ。お前の名前もお父さんの名前も、みんなこの朝の太陽の光の名前だからね。ママも喜ぶだろう」 「うん」 ふたりで笑顔になると、香穂子のいる病室に戻った。 「香穂子、名前を決めたよ。“あさひ”だ」 「あさひ…。良い名前ね…。有り難う、きっとあの子も喜びます」 香穂子は直ぐに気に入ってくれ、にっこりと微笑んだ。 三人で朝食を取った後、あさひが病室に連れて来られる。 授乳のためだ。 「あさひちゃん、あなたの名前はあさひよ」 香穂子は優しい声で名前を呼びながら授乳をしている。 その様子を暁慈と吉羅は、幸せな気分で見つめた。 吉羅は暁慈を見る。 息子はこの夏、また逞しく成長した。 生と死を身近に知ることで成長する。 吉羅は、更に子供が幸せを運んでくれることを疑わなかった。 |