前編
記念日というのは、色々とある。 様々な記念日には、それぞれ素晴らしい想い出がしっかりと込められていて、思い出すだけで、甘くて幸せな想いが滲んでくる。 記念日だと自分で決めている場合は、大概、素敵な想い出がクロスオーバーしているからだ。 愛しい時間の組み合わせ。 それが記念日。 記念日というのは、殆どが始まりの日で、終わりの記念日というのは確かにないのだ。 新しく始めた輝かしき記念日。 特に恋だの愛だのが絡んでいると、それが顕著になるのもこれまた事実だ。 今日も素晴らしき記念日。 お祝いのパーティをしなければ。 明日も記念品。 本当は、毎日がスペシャルな記念日なのかもしれない。 香穂子は朝からささやかなパーティをするために、大忙しだった。 今日の日が何の記念日か、吉羅は覚えているだろうか。 他の人にとっては大したことではないのだが、二人にとっては最高に幸せな記念日になるのだということを。 吉羅はちゃんと覚えてくれているだろうか。 ただでさえ日々の仕事がかなり忙しい吉羅に、それを求めるのは酷なのかもしれない。 ならば自分だけでも良いから覚えておけば良いと、香穂子は思った。 それならば、吉羅も思い出してくれるだろうと。 ただふたりだけの甘くて幸せな小さな記念日だから、そんなにも大袈裟にすることはないとは、思っている。 献立もいつもよりも手間をかけて、ほんの少しだけ奮発をする。 これぐらいのことしか出来ないが、だが、ワクワクした気持ちで準備をするをことが出来る。 今日は洋食。 オニオンスープとワインは決まっている。肉はジューシーなステーキ、そして野菜たっぷりのポトフに、鳥の照り焼き。デザートは季節の果物を使ったロールケーキ。 献立を考えながら、香穂子は益々幸せな気持ちになる。 幸せな想いが、料理に愛情のスパイスをふりかけてくれていた。 香穂子は、まずは、いつもよりも豪華に作るオニオンスープからとりかかっていた。 吉羅のために、幸せな気持ちになれる食事を用意したかった。 いつもの食事の支度も、吉羅の笑顔を思い浮かべながら、香穂子は準備にかかっている。 吉羅の笑顔が、香穂子にとっては何よりもの原動力だった。 「お昼は適当にすませようかな」 香穂子は吉羅の食事を用意するために、余った食材で昼食を食べて、のんびりと食事の支度を続けていた。 ポトフが完成しそうになったところで、香穂子の携帯電話が鳴り響いた。 慌てて電話に手を伸ばすと、着信相手は吉羅だった。 「香穂子です」 「香穂子、急にで申し訳ないんだけれど、今夜、夫婦で参加しなければならないレセプションがあってね、君に来てほしいんだ」 今日に限って、吉羅の仕事関係のレセプションがあるとは、思ってもみなかった。 折角用意をした料理を恨めしい気持ちで見つめながら、香穂子は吉羅には聞こえないように溜め息を吐いた。 「……分かりました。行きます」 「有り難う、助かるよ。ホテルでのレセプションだから、それに相応しいワンピースを着てきて。それじゃ」 吉羅は仕事が忙しいからか、素早く電話を切ってしまった。 香穂子は、携帯電話を見つめながら、ついつい溜め息を吐いてしまった。 吉羅の仕事がらみならばしょうがない。 今日は香穂子も予定がなく、ふたりでのんびりと記念日を祝うのは良いものだと思っていたから、正直なところかなり寂しい。 かなりではなく随分と寂しいのかもしれないと、香穂子は思う。 だが、ぐたぐたと思っていてもしょうがないのだ。 義経の妻として最大限のことをしたいと思うし、しなければならないと香穂子は思った。 そのため、香穂子は直ぐに支度にかかることにした。 用意していた食材は、明日にも利用が出来るから問題ない。 香穂子は、気品と華やかさがちょうどよい具合のワンピースを選んで着ることにした。 以前からコンサバティヴな洋服は好きだったが、今は余計にそう思うようになった。 やはり年上で大人の吉羅と結婚したから、余計なのかもしれない。 香穂子は支度を終えて、吉羅の待つ学院へと向かった。 学院へはのんびりと散歩をしていけるぐらいの距離なのだ。 特別棟にある理事長室に、香穂子は向かう。ここに向かう度に、高校生に戻ったような気分にさせられる。 つい、「理事長」と呼びかけてしまう。 ノックをすると、相変わらず厳しくて無機質な声が響き渡ってきた。 香穂子が理事長室に入ると、吉羅の支度は既に出来ているようだった。 「わざわざ呼び立ててすまなかったね。申し訳ないが、少しだけ私に付き合ってくれないかな?」 「はい」 「では、行こうか」 吉羅は香穂子の手をしっかりと握り締めると、そのまま学院の駐車場へと向かった。 結婚しているのだから、堂々としていれば良いのだから、手を繋いでも問題はない。だが、とても恥ずかしくて、ついつい真っ赤になってしまう。 吉羅と甘酸っぱい気持ちを堪能した後、車に乗り込んで、会場に向かう。 「今日は近場だから直ぐに着く」 「はい」 短い時間でも、吉羅とのドライブは楽しかった。 吉羅が運転をしている姿を横から見るだけで、ロマンティックでときめく、楽しい時間を重ねる。 運転をしている姿を熱心に香穂子が見ているのには、流石に吉羅も気付いているようだった。 元々短いドライブだったせたいか、車は直ぐに外資系ホテルの駐車場へと吸い込まれて、停まった。 「さあ、着いたからいこうか」 「はい」 吉羅はスマートにエスカレーターしてくれた。 吉羅はエスコートしてくれる。 いつもならば、ここで財界人とよく逢うのだが、今日に限っては全く会わなかった。 自分達が一番なのだろうか。 そんなことを考えながら、海の夜景が美しいレストランまで、エスコートしてくれた。 「吉羅さま、お待ちしておりました」 レストランのスタッフは丁寧に挨拶をしてくれた後、一番夜景が美しく見える席へと移動した。 「ごゆっくりどうぞ」 スタッフに恭しく言われて、香穂子は席に腰を下ろした。 いくら回りを見つめても財界人らしいひとはいない。 香穂子は思わず何度も回りを見つめていた。 「あの、財界の皆様は?」 「いないよ。今日は私たちだけだからね」 吉羅の言葉に、香穂子は甘い緊張を心に抱いた。 |