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急激に春がやってきたからだろう。 やはり、桜の季節に、大好きなひとと花見がしたい。 だが、忙しさにかまけていたら、見逃してしまいそうだ。 特に吉羅は、そうなりがちだ。 だからこそ、香穂子は、吉羅を花見に連れ出すくにとにした。 そうしなければ、吉羅は確実に花見を見逃してしまうと思った。 それぐらいに、吉羅は桜に無頓着だ。 忙しい身の上であるが故に、きっとかまけていられないのだろう。 それに、吉羅は、花見らしい花見をしたことがあるのだろうか。 外資系の投資会社の役員だったから、きっと接待で花見をしたことはあるかもしれない。 だが、レジャーシートを敷いて、歌や踊りを楽しんで、お弁当を食べる。 というような、典型的なお花見はしたことがないかもしれない。 吉羅家は、横浜でもかなりの名門であるから、そのような庶民的な花見を楽しむとも思えない。 テラスで優雅に、ケーキと紅茶を片手に、花見を楽しみ、傍らにはヴァイオリン。 そんなお花見しか、想像できなかった。 香穂子は、お花見に誘うために、吉羅を誘って見ることにした。 メールや電話よりも、直撃のほうが良いだろう。 香穂子は、理事長室に、吉羅を誘いにいった。 理事長室を訪ねると、吉羅は仕事に集中している。 「吉羅理事長、桜が満開になりました。お花見に行きませんか?」 「花見?」 吉羅は仕事の手を止めると、香穂子を見上げた。 「確かに桜は満開のようだね」 全く興味がないと、吉羅は気のない返事をした。 「花見がしたいのかね?」 「はい。暁彦さんと」 香穂子はキッパリと言い切った。 香穂子が一番一緒に桜を見たいのは、やはり吉羅だからだ。 「分かった。良い花見の場所を知っている。とても、綺麗に見られる」 吉羅の知っている場所。 きっと見事な桜が見られる場所なのだろう。 想像するだけで、香穂子は、うきうきしてきた。 「お弁当を作りますね」 「ああ、助かるよ。飲食店ではない、普通の場所だからね」 香穂子は益々嬉しくなる。 飲食店の窓から見る桜も良いかもしれないが、やはり身近で堪能したいものだ。 想像するだけで楽しい。 「この土曜日はいかがかな?桜が一番の見頃だろうからね。ただ午前中の早い時間は仕事をしなければならないが、それ以降は大丈夫だ」 「はい。有り難うございます!嬉しいです。当日は一所懸命、お弁当を作りますね!」 「ああ、頼んだ。楽しみにしている」 吉羅が楽しみにしてくれている。ならば、腕によりをかけて、お弁当を作ろうと思う。 子供の頃、家族で食べたお弁当は本当に美味しかった。 だからこそ、心を込めて、吉羅の為にお弁当を作ろうと思った。 吉羅との花見デートの日、香穂子は朝早くからお弁当作りにとりかかる。 定番の卵焼き、鮭を塩麹で漬けて焼いたもの、菜の花のからしあえ、鳥の照り焼き、キノコのオイルビネガー漬け、ミニハンバーグ、ニンジン、大根、キューリ、蕪のサラダ。おにぎりは、おかか、佃煮昆布、そして明太子の三種類を用意した。そして、買ってきたさくら餅。今回は、長命寺ではなく、道明寺のものが珍しく買ってみた。 詰め終わり、香穂子はこれだけで十分なぐらいに満足をした。 見た目も華やかな仕上がりになった。吉羅が気に入ってくれると良い。 時計を見ると、余り時間がなく、香穂子は慌ててデートの支度をした。 待ち合わせ場所に行くと、直ぐに吉羅の車がやってきた。 吉羅は、花見だからか、いつもとは違い、ネクタイはなく、少しカジュアルな装いだ 「待たせたね、乗りたまえ」 「はい。有り難うございます」 サングラスを掛けた吉羅は、とてもよく似合っている。 香穂子はついうっとりと見つめてしまう。 吉羅を見つめるだけでときめいて、ドキドキした。 香穂子は気持ちが高ぶるのを感じながら、つい吉羅だけを見つめてしまう。 吉羅は隙がないぐらいに素敵なのに、自分はと言えば、お弁当を抱えて、やぼったい。 恥ずかしくなり、香穂子は身体を小さくさせた。 やはり、いつまで経っても、吉羅と釣り合わないのではないかと、考えてしまう。 吉羅と付き合って長いのに、いつもそう考えてしまう。 車は山手に向かう。 高級住宅街のそこは、とても落ち着いている。 吉羅の車は、瀟洒な洋館の前で停まる。吉羅は、コントローラーを取り出すと、スイッチを押す。すると、ゆっくりと、重々しい門扉が開いた。 「ここは!?」 「私の実家だよ。今日は皆旅行で出払っているからね。私が知る限りでは、ここが最高の花見スポットだ」 「はい」 吉羅は車を駐車スペースに停めると、香穂子をエスコートして、下ろしてくれた。 とても趣のある洋館だ。 「綺麗……」 「古いだけだと思うけれどね。私は」 吉羅はさらりと言うと、香穂子の手を取って、中庭へと向かう。 「ダイニングからも綺麗に見えるが、やはり庭で見るのが一番だと、私は思うけれどね」 中庭には見事な桜の樹があり、香穂子は思わず見惚れてしまう。 なんて素晴らしい。 「綺麗だろう?」 「はい」 香穂子は頷くと、美しい桜の木を見つめた。本当に美しくて、うっとりとしてしまう。 瀟洒な洋館に桜の樹。 それに対して、なんて庶民的なお弁当。このような雰囲気には、洋風が似合うだろうに。 桜の樹が一番美しく見える場所に、レジャーシートを敷いて、お弁当を広げる。 「場違いな感じですけれど」 「そうでもない。それに、うちの庭なら気兼ねすることなく、のんびりと出来るだろう?」 「はい」 確かに気兼ねなく出来るのは、嬉しい。 今は、二人きり。誰の目もないのだから。 香穂子と吉羅は最高の花見場所を見つけて、のんびりと花見弁当を楽しむ。 「こういう雰囲気も良いね。このような花見をずっとこれからも続けよう」 「はい」 「……一生……」 吉羅は言葉を噛み締めるように呟くと、香穂子を抱き締める。 これからずっと一緒に桜を楽しむ。 香穂子はその桜色の幸せをしっかりと抱き締めた。 吉羅と甘く深いキスを交わす。 幸せの味がする。 何度も、何度も、桜色の味がするキスを交わすと、幸せで堪らなくなる。 吉羅とならば、温かな時間を重ねてゆける。 香穂子は強く思わずにはいられなかった。
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