後編
吉羅にエスコートをされて、香穂子はゆっくりと美容室を出る。 吉羅の車は、直ぐ近くのパーキングに停めてあった。 「暁彦さん、有り難うございます。私、物凄く嬉しいです。七夕様にこんなにも綺麗にして貰えたんですから」 吉羅はフッと微笑みながら、助手席のドアを静かに開けてくれた。 「乗りなさい」 「はい、有り難うございます」 香穂子が助手席を乗ると、吉羅も素早く運転席に乗り込んでくる。 「こんなにも七夕様らしいことをして頂いて、物凄く嬉しいです。有り難うございます。折角の浴衣だから、花火大会かお祭があれば良かったなあって思いますよ」 「花火大会があろうが、お祭があろうが、今夜は私の自宅で過ごす。依存はないね」 吉羅は些か硬い声で、香穂子に言い聞かせるように言う。 「解りました」 香穂子は、一瞬気に入らなかったのかと思ったが、直ぐに笑顔を浮かべた。 その瞬間、吉羅に抱き寄せられて唇を奪われる。 甘いソフトタッチなキスをされるだけでも、夢見るような気分になる。 「…これは私のわがままだ。綺麗な君を独り占めしたい。それだけだからね…」 「暁彦さん」 嬉しさとほんのりとした幸せな恥ずかしさが込み上げてきて、香穂子は僅かに俯く。 「さあ急ごうか。君を早く独占したいからね」 「はい。独占して下さい…」 香穂子の声を合図にするように、吉羅はゆっくりと車を出す。 銀座まで出ているから、吉羅の自宅は後少しだ。 幸せな気分で六本木までの短いドライブを楽しんだ後、いよいよ吉羅の自宅に入る。 今夜は特別だ。 吉羅ととっておきの甘い七夕を過ごすことが出来るのだから。 吉羅の自宅に入ると、早速、ベランダに、星見の準備をする。 その間に、吉羅が頼んでおいてくれた和食のデリバリーも届いた。 吉羅は素早くシャワーを浴びて、カジュアルな服装に着替えると、香穂子とふたりでベランダに出た。 「やはり浴衣は良いものだね」 「はい。浴衣を着るとやっぱり日本人なんだって、改めて思いますから。何だかとっても楽しいです」 「そうだね。ゆっくりと食事をしながら、天の河を楽しもうか」 「はい」 さっぱりとして美味しい食事をしながら、ふたりで空を見上げる。 紫色から濃紺へと空の色が変わっていくのが、とても美しい。 本当にこんなにも綺麗な空はないと思った。 やがて空には天の河が…。と、思いたいところだが、平日の都会の空は、やはり余り綺麗には見えない。 仕方がない。 だが、こうして吉羅と一緒にいられるだけで嬉しいのだから。 「あの辺りに織り姫と彦星はいるんでしょうか? やっぱり余り見えないですね」 香穂子が苦笑いを浮かべながら空を見つめていると、背後から包み込むように吉羅に抱き締められた。 「…君が綺麗だから、織り姫は嫉妬をして、六本木の空から天の河を隠してしまったのかもしれないね」 吉羅は香穂子の首筋にキスをすると、まるで天の河なんてどうでも良いかのように香穂子をはがいじめにする。 「今夜の君は本当に綺麗だね。やはり浴衣を着せたのは正解だった」 「暁彦さん…。…こうして七夕を準備して下さったのが、物凄く嬉しかったんですよ…。いつも私の嬉しいことばかりして下さるから、凄く感謝しています。…私は、何にも返していなくて、ごめんなさい…」 香穂子は申し訳なくてしゅんとなる。 だが吉羅は強く抱き寄せてきた。 「…綺麗な君をこうして独占することが出来るのは、私にとっては最高の見返りだ。君をどうすれば喜ばせることが出来るのか、君をどうすれば独占することが出来るのか…。私はそればかりを考えてしまうんだよ…。そうしてとっておきのご褒美を貰うんだよ。今夜もとっておきのご褒美を戴くからそのつもりで」 「…暁彦さん…」 香穂子は、めくるめく甘い時間を思い出すだけで、躰の芯が熱くなるのを感じる。 香穂子は、吉羅の手をギュッと握り締めると、躰を逞しい胸に預けた。 「…こうして、ふたりきりで喧騒だけを聴いてみるのも、悪くないものだね」 「そうですね…」 吉羅は香穂子の顔を自分に向かせると、そのまま甘いキスを唇にくれる。 七夕に、風に吹かれながら甘いキスを何度も交すなんて、なんて素敵な時間なのだろうか。 キスを終えた後、吉羅は香穂子をそっと立ち上がらせてくれた。 「部屋の中にもお楽しみはあるよ。おいで」 「有り難うございます」 吉羅としっかりと手をつなぎあって、リビングから寝室へと向かう。 寝室からも、東京の人工的な星屑を見つめることが出来るから、香穂子は大好きだ。 とはいえ、夜景を楽しむ暇はないほどに、いつも吉羅には激しく愛されてしまうのだが。 「天井に注目していてくれ」 「はい」 吉羅に言われた通りに、香穂子は天井をずっと見つめる。 灯のない部屋の天井だが、どこかロマンティックな気分になる。 やがて天井一面に、麗しい星屑が投影されて、寝室は小さなプラネタリウムへと変化する。 余りにも美しくてロマンティックな光景に、香穂子は口をあんぐりと開けることしか出来ない。 「凄く…綺麗…」 本当に綺麗と言う言葉しか出て来ないほどに、天井に映し出された宇宙のきらめきは美しかった。 科学館などのプラネタリウムで見るよりも規模は小さいのに、ずっとずっとロマンティックだ。 「…今までで見たプラネタリウムのなかで一番綺麗です…」 香穂子がうっとりと呟くと、吉羅はフッと少年のように笑いながら、背後から抱き締めてきた。 「東京の空は綺麗ではないからね。君が楽しみにしている天の河もなかなか見ることが出来ない。なら、せめて人工的な夜空でも楽しんで貰おうと思ったんだよ」 「有り難うございます。本当に凄く綺麗です。素敵なプレゼントを有り難うございます…」 「楽しんで貰えて嬉しいよ。君がこうして喜んでくれるのが、私には何よりも嬉しいからね…」 「暁彦さん…」 吉羅は幸せそうに笑うと、もう待てないとばかりに、香穂子の首筋に強く唇を押し当ててきた。 「…暁彦さ…ん…っ!」 強く項を吸い上げながら、吉羅は、香穂子の袷に手をスッと差し入れてくる。 直接肌を愛撫されて、全身がわななくのを感じた。 「…暁彦さん…!」 「星を見ながら愛し合うのはロマンティックだろ?」 吉羅の声はからかうように艶やかで、香穂子を蕩けさせる。 そのまま帯を解かれて、浴衣を着たままでフローリングに押し倒される。 「…浴衣…汚れてしまいます…」 「君のものだから、クリーニングを出してしまえば大丈夫だろう? こうして浴衣姿で乱れる君はとても美しいね…」 「…もう…」 恥ずかしくて吉羅にわざと拗ねるように言うと、フッと楽しそうに笑われる。 「…たっぷりと楽しませて貰うからそのつもりで…」 「…暁彦さん…」 吉羅は香穂子を強く抱き締めると、そのままいつもよりも激しく愛し始めた。 何度も激しく愛し合った後、ようやくベッドで横たわる。 「…暁彦さん、織り姫と彦星も、愛し合って、お互いの存在を確かめあったのでしょうか?」 「恐らくはね…。だけど伝説とはいえ、彼等はかなり我慢強いね。私なら君に二日と逢えないぐらいで、狂いそうになるんだからね」 「…私もです。声が聞けない日があると辛いです…」 香穂子の言葉に、吉羅は幸せそうに頷くと、再び組み敷く。 「織り姫と彦星にみせつけようか」 「そうですね」 ふたりは微笑むと、再び愛に溺れていった。 幸せな七夕。 |