前編
秋も深まってくると、いよいよロマンティックなシーズンに突入してくる。 点灯式、クリスマス、大晦日、お正月、そして大好きなひとのバースデー。 香穂子にとっては、それこそ毎日がスペシャルな日々が続いてくる時期であるのだ。 準備をするだけでも本当に楽しいから、毎日が楽しくてしょうがなくなる。 この時期が、香穂子には一番楽しみな時期だ。 香穂子はこの素晴らしいシーズンの幕開けが、クリスマスツリーの点灯式だというのが、とても嬉しい。 今年は学院でも点灯式を行い、香穂子は点灯式にヴァイオリンを演奏することになっているのだ。 香穂子は賛美歌や有名なクリスマスソングから、演奏曲をピックアップをして、楽譜を確認している。 点灯式を任されるのは緊張するが、それでもコンサートよりも遊びの要素が多くて、楽しんで準備をしている。 どのような曲にすれば良いのか。 どのような衣装を着れば良いのか。 そんなことを考えながら、香穂子はくすぐったい気分になっていた。 香穂子は理事長室に呼ばれて、そちらに向かう。 「理事長、日野です」 「ああ。入りたまえ」 香穂子が理事長室に入ると、吉羅は静かに仕事をしている。 「日野君、点灯式の準備は如何かね?」 「曲を選定して、アレンジを加えているところです」 「そうか。衣装などは決まっているのかね?」 「いいえ。点灯式なのでやはり白が良いように思えるんですが、なかなか選べなくて…。そのうち赤いドレスも良いなって思ってしまって…。折角の点灯式ですから、思い切り悩もうと思っています」 「そうだね…。それもひとつあるね」 「はい」 香穂子は素直に頷くと、にっこりと微笑んだ。 「日野君、これから少し時間はあるかね? 点灯式の打ち合わせをしたいのだが」 「はい、大丈夫ですよ」 「だったら、少し話をしようか」 「はい」 「では待っていてくれたまえ」 「解りました」 香穂子は、吉羅が片付ける様子をずっと見る。 この様子を何度見たことだろうか。 その度にとても幸せな気分になるのだ。 吉羅のようなきちんとしたビジネスマンが手早く片付ける姿は、見ていてとても小気味が良い。 香穂子は、吉羅が仕事をしている様子を見るのが、本当に大好きだ。 「お待たせしたね。さあ、行こうか」 「はい、有り難うございます」 香穂子はにっこりと笑うと、吉羅の半歩後ろを着いて行く。 まだここは学院だから、きちんとけじめをつけなければならない。 香穂子は背筋を伸ばしてそう思いながら、吉羅の後ろを歩いた。 駐車場で、吉羅の愛車であるフェラーリに乗り込む。 香穂子が助手席に乗り込むと、程なく車は動き出した。 坂を下りて、学院が見えなくなったところで、吉羅はフッと柔らかな笑みになる。 「先に銀座に行こうか。そこで夕食を取って、六本木に行こう。構わないかね、香穂子」 「はい」 学院から離れると、ふたりは恋人同士としての顔になる。 吉羅と香穂子が付き合い始めたのは、香穂子が高校を卒業してからだ。 車は横浜から東京方面へと走り出す。 銀座に到着をするまで、ふたりはとっておきの甘い時間を過ごした。 クラシック音楽と、そして甘い会話。 ロマンティックな晩秋にはとても似合っている。 香穂子は、吉羅に甘えて寄り添って、うっとりとするような幸せを味わった。 銀座に到着すると、吉羅はオーダーのドレスを作ってくれる店に連れていってくれた。 自分が持っているドレスで香穂子は対応しようとしていた為、これには驚いてしまった。 「自分のドレスで点灯式は参加をしようと思っているんですよ」 「君の初めての点灯式だからね。記念にドレスを作っておこうか。君に似合うドレスをね」 吉羅は、戸惑う香穂子を尻目に、店の中にどんどん進んでゆく。 「点灯式に着るドレスを注文したい。色は白、或いは赤で」 「かしこまりました。採寸をするのと、後はある程度のパターンを決めて頂かないといけませんから、仮ドレスをいくつかご試着頂きましょうか」 「頼みます」 吉羅と店主のデザイナーとの間で、どんどん話が進んでしまい、香穂子はどうして良いのかが解らない。 戸惑っている間に、採寸をされてしまった。 「まあ、綺麗なスタイルをされているのね。これならばこちらとしても、ドレスの作り甲斐がありますよ」 デザイナーに褒められて、香穂子はつい恥ずかしくなってしまう。 そんなにスタイルが良いのかと思ったことは一度もなかった。 「点灯式ということですが、具体的にはどのようなイメージをお持ちですか?」 「…そうですね、やはりクリスマスツリーの点灯式ですから、清楚な雰囲気が良いと思っています。どちらかと言えば清らかな雰囲気が…」 「なるほど…」 デザイナーは頷くと、細かくメモを取ってゆく。 「赤も白も、天使をイメージしたデザインのドレスがありますから、それを基本パターンとしましょうか」 「はい」 デザイナーがだいたいのイメージをとらまえているので、香穂子はホッとした。 これならば、香穂子の希望にあった洋服が出来上がるのかもしれない。 花は幸せな期待を胸に秘めて、ドレスを試着した。 「やはり白はイメージ通りにお似合いですね。本当に妖精みたいですよ。ですが、何か捻りが欲しいところなんですよね」 女性は腕を組みながら言うと、デザインをさらりと描いてゆく。流石に凄い。 「吉羅さん、彼女の白はこんな感じなんですけれど、ここにクリスマスローズの飾りをつけたいのよ。こんな感じに」 女性はそう言うと、香穂子が試着をしているドレスに、どちらからか持ってきた大きな花をつけた。 「これでいっきに華やいだわね。だけどどこかウェディングドレスみたいだわ」 女性は苦笑いを浮かべながら、創意工夫をしようとする。 女性がアレンジを変える度に、どんどんよくなってゆき、清楚さも増す」 「まあ、こんなものかな」 女性は頷くと、香穂子に姿見を見せてくれた。 「どうかしら? あなたにはとっても似合っていると思うのだけれど」 デザイナーである女性に言われると、香穂子も満更ではない気分だ。 「ヘアスタイルをこうやってアップにすると、素敵だと思うの」 流石はデザイナーなだけあり、手先が器用なのか、髪のアップもお手の物だ。 髪をアップしたほうがよりドレスにあっていると思った。 「有り難うございます、気に入りました」 「それは良かった」 デザイナーは嬉しそうに言うと、香穂子の手を引いた。 「本当に、うちのドレスのモデルになって貰いたいぐらいだわ」 「有り難うございます」 「じゃあ、これを気難しい吉羅さんにお見せしましょうか」 「はい、有り難うございます」 そう言うと、香穂子は吉羅が気に入ってくれるかどうか、そればかりが気になってしょうがなかった。 「吉羅さん、こんなデザインで構わないかしら?」 女性がすぐ近くのロビーにいる吉羅に声を掛ける。 すると吉羅はゆっくりと立ち上がって、香穂子だけを真直ぐ見た。 「…まあ、悪くはないが…」 吉羅は言葉を濁したまま呟くと、香穂子をじっくりと見つめた。 そのまなざしの奥には、香穂子への称賛が見え隠れする。 香穂子は、吉羅の瞳の奥にあるものを総て、見つけ出したかった。 「深紅も似合うだろうが、このデザインは君にあっているからね」 吉羅の甘くて熱いまなざしで見つめられて、香穂子は動けなかった。 |