*Whiteday Lover*


 ホワイトディ。
 大好きなひとから甘いお返しがある日。
 その日は幸せでしょうがない、とても甘いイベント。

 逆チョコレートを貰ったから、逆ホワイトディもあるのだろうかと思う。 
 定番の甘いマシュマロやキャンディは、吉羅は絶対に食べないと思うから却下だ。
 甘いものではないと何か雑貨が良いのかもしれない。
 チェシャ猫の置物はかなり喜ばれたから、それに似たようなものが良いのかもしれない。
 香穂子は色々と考えながら、吉羅に似合う雑貨を探す。
 大人の男性だから、なかなか良いものを思い浮かべることが出来ない。
 香穂子は雑貨を見る度に、溜め息を吐く始末だった。
「逆チョコレートのお返しって難しいよね…」
 香穂子は小さな雑貨店に入り、そこでオルゴールを見つけた。
 手軽な価格で、その上、曲が何よりも素敵だった。
「あ…、“ジュ・トゥ・ヴ”…」
 吉羅にとっては最も思い入れがある曲。
 香穂子はこのオルゴールを吉羅にプレゼントすることにする。
 これ以上のプレゼントを贈ることは出来ないだろうから。
 プレゼントを手にして、香穂子はハッとする。
 最近ずっと逢っていないから、ひょっとして軽くあしらわれるかもしれない。
 吉羅が相手だと、いつもいつも不安になってしまうのだ。
 吉羅にはもっと相応しい素敵なひとがいるのではないだろうか。
 吉羅とのバレンタインは夢だったのではないだろうか。
 そんなことをぐるぐると考えてしまっていた。
 今のところホワイトディデートの約束はしていない。
 恋人同士なら当然あるだろうデートであるが、吉羅はそういったことをするタイプではないだろうし。
 ホワイトディはお礼ということで、香穂子はプレゼントを渡しに学院に行くことにした。

 吉羅は、香穂子へのホワイトディのプレゼントを考えあぐねていた。
 愛する年下の女性は何が喜ぶなのだろうかと、つい考えてしまう。
 香穂子はこれから大人の女性への階段を確実に登っていく。
 その過程はずっとエスコートしてやりたいと思っている。
 エスコートをするためのツールのようなプレゼントが良いかもしれない。
 香穂子も春からは大学生だ。
 化粧をすることになるだろう。
 綺麗になっていく香穂子をずっと見守りたくて、吉羅はルージュをプレゼントすることにした。
 そして早急かもしれないが、ステディリングを用意しておく。
 ステディリングはあくまでシンプルに、しかも香穂子の願いが叶うようにという意味を込めて、ピンキーリングにすることにした。
 左手のピンキーリングは、願いが叶うと言われているから。
 吉羅はそれらを小さな紙袋に入れて準備をした。
 後は、香穂子をホワイトディのデートに誘うだけだ。
 吉羅は携帯電話を取り出すと、香穂子に電話をかけた。

 吉羅からの携帯電話が鳴り、香穂子は慌てて出た。
「はい、香穂子です。あ、吉羅さんっ!」
 香穂子はドキドキしながら電話に出ると、華やいだ気分になる。
「香穂子、14日は空いているかね?」
 ホワイトディの日。
 香穂子の心のテンションは、いやがおうでも盛り上がっていく。
「もちろんです」
 弾んだ声で言うと、吉羅がフッと笑うのが解る。
「だったら昼食を一緒に取ろうか。迎えに行くから待っていてくれたまえ。…臨海公園あたりで待ってくれていたら構わないから」
「はい。解りました」
「時間は11時半ぐらいで構わないかね?」
「はい。楽しみにしています」
 電話が切れた後も、香穂子は幸せな気分になりながらいつまでも携帯電話を耳にあてがったままになる。
 吉羅とホワイトディデート。
 これほどうれしいことはないと思ってしまう。
 ホワイトディにデートが出来る。
 それはふたりが恋人同士であることを、教えてくれる。
 こんなに明るい気持ちになったのは久しぶりだ。
 香穂子は鼻歌を歌いながら、ヴァイオリンのレッスンへと向かう。
 今年のホワイトディは土曜日だから、香穂子は素晴らしい休日になるに違いないと思った。

 吉羅とのホワイトディデートの当日、香穂子は春らしいが少しクラシカルなワンピースを着て、髪を始めて巻いてみた。
 なかなか難しかったが、何とか形になった。
 待ち合わせ場所である臨海公園まで向かい、香穂子は緊張とときめきと一緒に待つ。
 吉羅のランボルギーニが見えた時には、本当に心臓が飛び出してしまうのではないかと思うほどに、嬉しかった。
 吉羅の愛車は、ぴったりと香穂子の前に着けてくれる。
 まるで馬車を待つお姫様のような気分にさせてくれた。
「有り難うございます」
 助手席のドアが開き、香穂子はそこに乗り込む。
 今まではただ昼食の相手だけだった。
 だが、今は違う。
 昼食の後もドライブなど楽しいことがいっぱいあるのだ。
「山に行こうか」
「はい。いつも海ばかりですから、山が良いです」
「そうだね」
 吉羅はハンドルを巧みに切ると、山に向かって車を走らせる。
「少し時間はかかるが、眺望が良い山の上のレストランがある。そちらに行こう」
「はい」
 吉羅との本格的なデート。
 それだけで笑顔がこぼれる。
 ドキドキするが、それは決して不快なドキドキではない。
 いつもなら景色もそれなりに楽しむのだが、今日は吉羅だけを見ていたかった。
 吉羅が運転をする様子を見るのが、何よりも幸せだと思う。
「どうしたのかね?」
「吉羅さんが運転をする様子を見ていました」
「それは楽しいのかね?」
「楽しいです」
 香穂子が素直に答えると、吉羅はフッと微笑んでくれる。
 それが嬉しい。
 吉羅は機嫌を良くしたのか、それからずっと香穂子に笑いかけているかのように微笑んでいてくれた。

 レストランは山の上にあるが、遠くにはみなとみらいを臨むことが出来る絶景ポイントでもある。
 一番景色が良いところに案内をされて、香穂子はとても嬉しい気分になる。
「嬉しいです。とても綺麗な風景で」
「それは良かった。君に気に入って貰えるのが、私は何よりも嬉しいからね」
 吉羅の言葉に、香穂子は更に笑顔になる。
 だが香穂子も、吉羅に喜んで貰えるのが、何よりも嬉しかった。
「私は吉羅さんに喜んで頂けるのが何よりも嬉しいです」
「有り難う」
 やはりホワイトディはとっておきの日だと思わずにはいられなかった。
 出された食事は、ヘルシーな野菜料理が中心で、香穂子はにっこりと微笑んでしまう。
 やはりヘルシーで美味しいというのは、女の子にとってはかなりポイントが高い。
 しかもデザートまでが野菜のケーキで、それもとっても美味しかった。
「本当に有り難うございます。とっても美味しかったです」
「ホワイトディにはぴったりの食事だったかな?」
「嬉しいです。有り難うございます」
 香穂子の笑みに、吉羅もまた微笑んでくれる。それが嬉しくてしょうがなかった。

 食事が終わり、ふたりでレストランの周りを散策する。
「吉羅さん、逆チョコレートを頂いたので、これが私からのホワイトディのプレゼントです」
「有り難う…」
 香穂子がプレゼントを差し出すと、吉羅はそれを受け取ってくれる。
「あけて構わないかな?」
「はい。どうぞ。あけて下さると嬉しいです」
 香穂子の言葉通りに、吉羅はプレゼントを開ける。
 それを見るなり、吉羅は柔らかな顔になった。
「オルゴールだね?」
「はい」
「聴いてみようか」
 吉羅はオルゴールの箱を開ける。
 流れてきた“ジュ・トゥ・ヴ”の音色に、吉羅は表情を変えた。



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