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吉羅の大切な想い出の一部である”ジュ・トゥ・ヴ”。 拙いことをしてしまったのではないかと思い、香穂子は不安になった。 だが、次の瞬間、吉羅に強く抱き締められてしまった。 「…有り難う…」 吉羅は甘さが含んだ声で言うと、香穂子の唇を軽く奪った。 本当に喜んでくれていることは、抱擁の強さで解る。 香穂子は吉羅を更に抱き締め返す。 「有り難う、とても嬉しいプレゼントだ。ただ、君がヴァイオリンで弾く”ジュ・トゥ・ヴ”が、私は一番好きだけれどね」 吉羅の言葉に、香穂子は思わず微笑んだ。 「有り難うございます」 「香穂子、私からのホワイトディのプレゼントだ。受け取って貰えないかね?」 吉羅は小さくラッピングをされた袋を手渡してくれる。 「開けても構いませんか?」 「どうぞ」 「有り難うございます」 香穂子は嬉しさの余りにドキドキしながら、ラッピングをそっと外した。 そこには大人びた華やぎのあるルージュが入っていた。 ルージュをプレゼントされるなんて嬉しい。 吉羅が選んでくれた色だから、つけるのが楽しみだ。 「つけてみても構いませんか…?」 「私が塗ろう」 「…あ…」 恋人にルージュを塗って貰うなんて、なんて官能的なのだろうかと香穂子は思う。 吉羅は香穂子からルージュを受け取ると、柔らかく頬に触れてくれた。 「少しだけ唇を開けて」 「はい」 吉羅に言われたようにするが、どれも官能的に感じてしまい、香穂子はドキドキしてしまう。 こんなにもドキドキしてしまうことなんて、今までなかった。 息が出来ないほどにときめきながら、吉羅がルージュを塗ってくれるのを待つ。 吉羅はゆっくりと官能的なリズムで、ルージュを塗ってくれた。 まるでキスをされているような感覚に捕らえられて、香穂子は息を呑んだ。 「これからはこのルージュを塗ってくれたまえ」 「はい…」 吉羅に唇を見つめられるだけで熱くなる。まるで観察するように見つめられた。 「…少し…濃いかもしれないね」 吉羅がスッと目を細めるものだから、大人の華やぎがあるルージュが似合わないのではないかと思った。 真剣に恋をしているから。 誰よりも愛しているから。 不安になる。 「…吉羅さん…」 「君が似合うように…少し修正しなければならないね…」 「どうやって…」 似合わないルージュを修正する方法なんてあるのだろうか。 香穂子は小首を傾げながら思う。 「吉羅さん…、どうやってルージュの雰囲気を変えるんですか…?」 「…こうやって…だよ…」 吉羅の顔が近付いてくる。 背中がゾクゾクしてしまうほどに甘い緊張を感じながら、香穂子は無意識に目を閉じる。 「…吉羅さ…」 名前を呼ぼうとしたところで、唇を重ねられた。 深く唇をなぶるように口付けられて、立ってはいられなくなる。 吉羅に支えられなければ、香穂子はその場で崩れ落ちていただろう。 深い野獣にも似たようなキスに香穂子がくらくらしたところで、唇が離された。 「…あ…」 吉羅は香穂子の頬を両手で包み込むと、フッと笑う。 「…ちょうど良い濃さになった。君に似合っている」 「…あ、有り難うございます…。だけど…恥ずかしいです…」 香穂子は恥ずかしさの余り、吉羅をまともに見ることが出来なくて、その逞しい胸に額を宛てて俯いた。 「…さて、散策はおしまいだ。ドライブをしようか。今度は海まで」 「はい」 まるで小さな子どものように吉羅に手を引かれて車に向かう。 恥ずかしいのに嬉しい、複雑な気持ちだった。 車に乗り込み、今度は海へと向かう。 「香穂子、夕食も一緒にしないか? 今度は海で」 「有り難うございます。嬉しいです」 吉羅と出来るだけ長く一緒にいたい。 それが香穂子の気持ちだ。 だから吉羅の提案は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。 「ドライブって良いですね。本当に気持ちが良くて、快適です」 「それは良かった。私は車を走らせるのが好きでね、良い気分転換になっているよ。今までは、一番ストレス を発散させてくれていたものだった」 「新しい趣味でも見つけられたんですか?」 吉羅の今夢中な趣味にも付き合えれば良いと思いながら、香穂子は何気に訊いてみた。 「…新しい趣味…ね。確かにそうかもしれないね」 吉羅は含み笑いをすると、一瞬、香穂子の手を握る。 「君だよ、香穂子。君がこうして私のそばにいて微笑んでくれているだけで、私のストレスは何処かへいってしまうんだよ」 「暁彦さん…」 吉羅にそう思って貰えるのが、何よりも嬉しい。 香穂子は華やいだ気分の笑顔を浮かべた。 「嬉しいです。私も暁彦さんとこうして逢ってお話をしたりする時が、一番幸せですから…」 香穂子は本当に心からの幸せを感じながら、吉羅に囁く。 吉羅がいるからこそ、どんなことでも頑張っていけるのだから。 「いつも感謝しています。本当に有り難うございます」 「感謝をするのはこちらのほうだよ」 吉羅は甘く囁くと、香穂子の手を握り締めてくれた。 こんなにもふわふわとした幸せに満たされて良いのだろうかと、香穂子は思わずにはいられない。 本当に幸せ過ぎて、泣きそうになる。 素敵で最高なホワイトディだと、思わずにはいられなかった。 ドライブの終点は、吉羅が行きつけのレストランだった。 吉羅にエスコートをされて、香穂子はお姫様にでもなったような気分になる。 レストランはフレンチで、しかも生演奏を聴かせてくれるところだった。 散々ドライブをして楽しんだ後の食事は嬉しい。 「ドライブは本当に楽しかったです」 「君が酔いやすい体質でなくて良かったよ。その点も私には嬉しい限りだ。ドライブを趣味にしている私にとってはね」 「はい。私、小さな頃から、本当にドライブが大好きなんです。乗せて貰うのが専門ですけれど」 「その方が良い。無駄な心配をしなくても良いからね」 「そうですね」 ふたりで穏やかに話をしながら食事をする。 それが香穂子には楽しい。 「香穂子、楽しいかね…?」 「はい。とっても楽しく思えます」 香穂子はにっこりと笑うと、吉羅に向かって頷いた。 最高の音楽。 最高の食事。 そして最高の相手。 こんなにも素敵な食事は他にはないのではないかと思う。 香穂子はうっとりと幸せに酔い痴れていく。 デザートまで来たところで、寂しい気分になった。 吉羅とはもうすぐ離れなければならない時間になる。 一晩中、いや、四六時中ずっと一緒にいたいだなんて、それこそわがままだ。 香穂子は素直な気持ちを言い出せなくて、ぐっと我慢をしていた。 「…香穂子、君には本当のホワイトディのプレゼントを贈らなければならないね」 ルージュだけで充分過ぎる程に嬉しいのに、それ以上のものがあるなんて嬉しい。 吉羅はスッと小さなボックスを差し出してくれた。 「開けてくれないか?」 香穂子は受け取るなり、直ぐに箱を開けると、可愛らしいピンキーリングが入っていた。 「可愛い!」 「左手の小指にはめると夢が叶うはずだよ」 「有り難うございます」 「手を出して見なさい」 「…はい…」 香穂子が手を差し出すと、吉羅が指環をはめてくれる。 本当に夢が叶うような気がして、香穂子は嬉しくてしょうがなかった。 夢。 吉羅と一緒に叶えるからこそ、意味があるものになるのだと香穂子は思っていた。 |