*Whiteday Lover*


 とうとうデザートも終わってしまった。
 これで吉羅とのデートもおしまいだ。
 それが香穂子には切なくてたまらない。
 今までは心から幸せを感じていたのに、今はそれがしょんぼりとしてしまう。
「どうしたのかね?」
「…吉羅さん、楽しい時間ってあっという間に過ぎてしまうなって思って…、寂しくなっただけです…」
 香穂子は子どもだと思われるのを覚悟をした上、儚い笑みを浮かべながら言った。
 吉羅の目がスッと細められる。
 不快に思ったのだろうか。
 それとも、子どもだと思ったのだろうか。
 香穂子が不安に思っていると、吉羅が頬に手を伸ばしてきた。
「私も同じように思っているよ…」
「…え…?」
「私ももっと君のそばにいたいと思っているよ…」
 吉羅は甘く官能的な声で囁くと、香穂子の頬を何度か撫でた。
「…もっとそばにいたいということは…、朝まで一緒にいたいということだ。少なくとも私はそう思うが、君はどうなのかね?」
 朝まで一緒にいる。
 それがどのようなことなのかは、香穂子にも解っている。
 ドキドキして心臓が飛び出てしまいそうなのに、香穂子は不快ではなかった。
 それどころか、こころは吉羅と一緒にいたいと言っている。
 勇気を掻き集めるのは今だ。
 ふたりの恋にとってはステップアップを計れるのだから。
 怖い。
 だが、それ以上に吉羅のそばにいたいという想いが強くなっている。
「…吉羅さん…、私…、吉羅さんのそばにいたいです…。朝まで…」
 恥ずかしさと緊張で、今にも消え入りそうな声で言う。
 すると吉羅は静かに頷いてくれた。
「…では…、行こうか?」
「…はい…」
 香穂子は覚悟を決めて、吉羅に頷いた。

 ふたりで手を繋いで、駐車場まで歩いていく。
 とても心地好い。
 車に乗り込み、エンジンが掛けられる。
 その音を聞きながら、香穂子は、まるでこれからのふたりの関係へのスタートラインに立ったような気がした。
 新しい関係。
 それは大人の男女としての関係だ。
 今まではふんわりとしたふたりの関係だったが、それが一段ステップアップしたものになるのだ。
「六本木の私の自宅に向かうよ。構わないね」
「…はい…」
 もう引き返せない。
 もう引き返さない。
 香穂子は吉羅との愛を更に深めるために、今、階段を登り始めた。

 六本木にある吉羅の自宅に入ると、彼らしいシンプルでシックなインテリアで迎えられた。
 大人の成功した男の部屋だ。
 落ち着いてはいるが、同時に冷たさばかりが先行しているようにも思えた。
「…とても素敵な部屋ですね…」
「だが、暖かさはないよ」
 吉羅は皮肉げに笑うと、香穂子の手を取った。
「こちらがリビングだ。座って待っていてくれたまえ」
 吉羅はそういうと、ダイニングキッチン側に置いてある冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出してくれた。
「どうぞ」
「…有り難うございます」
 香穂子はミネラルウォーターのペットボトルを受け取ると、渇いた喉を潤した。
「…緊張しているのかね?」
「…少し…」
 香穂子が正直に言うと、吉羅はくすりと笑った。
「もうすぐ風呂が沸くから、気分転換に入って来なさい。あいにく君が好きそうな入浴剤はないけれどね」
「あ、有り難うございます」
「バスローブは貸そう。私のだから、かなり大きいかもしれないが…」
「有り難うございます…」
 香穂子は吉羅からバスローブを受け取ると、まるでロボットのようなぎこちない動きで、バスルームへと向かう。
 バスルームでシャワーを浴びて、躰と髪を入念に洗う。
 吉羅がいつも使っているバスグッズ。
 同じ香りを共有することが出来るのが、香穂子には嬉しい。
「香りがとても良くて気持ちが良いな…」
 健康志向が強い吉羅らしく、総てオーガニックなもので取り揃えられていた。
 女性が使っても快適なものばかりだ。
 香穂子はいつもよりも肌が敏感であることを感じながら、浴槽につかってゆっくりリラックスをした。

 吉羅の大きなバスローブだけを身に着けて、着てきたワンピースはハンガーに掛ける。
 香穂子は深呼吸をすると、覚悟を決めてリビングへと向かった。
「吉羅さん…お待たせしました…」
 香穂子が無防備に姿を現すと、吉羅がゆっくりとやってきた。
 ジャケットを脱ぎ、ネクタイを外す姿を、ついうっとりと見つめてしまう。
 まるで美しく官能的な野獣のようだ。
 いつもの品行方正な吉羅からは、とてもではないが考えられない姿だった。
「…少し待っていてくれ…。よかったらクラシックコンサートのDVDをかけているから、見ていると良い」
「…はい。有り難うございます…」
 香穂子はそっと頷くと、ソファに小さくなって座ってDVDを見始めた。
 大好きな指揮者のコンサートなのに、落ち着くどころかドキドキがひどくなってくる。
 吉羅しか意識をすることが出来ない。
 吉羅はシャワーを浴びていたらしく、直ぐに出てきた。
 バスルームのドアが開いた瞬間、香穂子は心臓が大きく揺れるのを感じた。
 いよいよ吉羅のものになるのだ。
 ずっとずっと夢見ていたことではあるけれども、いざ実現しようと思えば、非常に緊張してしまう。
 リビングに入ってきたバスローブ姿の吉羅はとても艶やかな皇帝のように見えた。
「…香穂子…。DVDの観賞はおしまいだ…」
 吉羅はいつもよりも低い声で呟くと、DVDのスイッチを切ってしまう。
「…あ…」
 吉羅は香穂子の隣に腰を下ろすと、いつもよりも乱暴な力で抱き締めてきた。
「…あっ…!」
 吉羅に抱き締められながら、激しく唇を重ねられる。
 その激しさに、香穂子は与えられるキス以外は考えられなくなっていた。
「…あ…」
 吉羅に唇が腫れ上がるほどに吸い上げられて、舌が強引に口腔内に侵入してくる。
 舌を絡ませながら、感じ易い上顎あたりを丁寧に愛撫された。
 全身に痺れを感じるほどに快楽を覚える。
 これ以上の甘い刺激は他にないのではないかと香穂子は思った。
 息が出来なくなると少しだけ唇を離されるが、再び吉羅の唇に捕らえられる。
 キスと官能の嵐に、香穂子は巻き込まれていった。
 もう振り返ることなんて出来ないことぐらいは、十二分に解っている。
 香穂子は、吉羅に総てを託すために、しっかりと抱き着いた。
 吉羅は唇を離した後、欲望に曇った妖艶なまなざしを香穂子に向けてくる。
 その瞳の輝きに、香穂子は吸い込まれそうになった。
 完全に捕らえられる。
 香穂子がうっとりと溜め息を吐くと、吉羅は顔にキスの雨を降らせてきた。
 まるで今まで抑圧をしていた欲望を解放するかのように。
「香穂子…、好きだ…」
 掠れた甘い声で囁かれてしまえば、香穂子は蕩けてしまいそうになる。
 吉羅と本当の意味で、愛を分かち合いたい。
 交換をしたいと思う。
 吉羅は香穂子のすんなりとした首筋に唇を押し付けて、吸い上げてくる。
 背筋がぞくりと甘く震えて、香穂子は何度も熱い吐息を零した。
 吉羅は香穂子の首筋から鎖骨のデコルテにかけて、甘く愛していく。
 キスをされるだけで、下半身が熱くなってきた。
 こんなにも甘くて切ない感覚は知らない。
 バスローブを少しずつずらされて、吉羅のキスの洗礼を受けた。
 項にも、背中にも。
 吉羅の愛が注ぎこまれた。
 吉羅は一旦唇を外すと、熱を帯びたまなざしで見つめてくる。
「…後はベッドで愛したい…」
 吉羅は甘く囁くと、そのまま抱き上げられた。



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