前編
|
香穂子と過ごすホワイトデイは、もう何度目だろうか。 回を重ねるごとに、素晴らしい時間を過ごせるようになっている。 吉羅にとっても、いつのまにか大きなイベントに成長していた。 これも香穂子と過ごす時間は、どれも最高であることを知っているからだ。 香穂子と過ごす時間は、どれも貴重で、素晴らしいのは確かだ。 充実した時間を過ごすことが出来る、吉羅にとっては、何よりもかけがえのない時間になった。 素晴らしき時間。 まさにその言葉がぴったりと当てはまるのではないかと、吉羅は思った。 その時間を、永遠にしたいと、最近、思い始めている。 それには、このホワイトデイがピッタリではないか。 ふたりで過ごす時間を、今は永遠に閉じこめたかった。 そのためには、ホワイトデイに、香穂子に逢うための時間から、作らなければならない。 学校法人の理事長というのは、年明けから年度末は、吐くのではないかと思うぐらいに、かなり忙しい。 こんなに忙しいと、時間の感覚が狂ってしまう。 理事長職に力を注いではいるが、まだまだ前職で頼られることも多いため、本当に息が出来なくなるのではないかと、真剣に考えてしまいたくなるぐらいに、忙しいのだ。 忙しいという言葉は、正直、余り好きにはなれない。 心を無くすなんて、漢字自体が大嫌いだ。 今の状況で、文字通り、心を無くさずにすんでいるのは、香穂子がそばにいてくれているからに、他ならない。香穂子がいるからこそ、自分は頑張れるのだと、吉羅は思っている。 だからこそ、香穂子との時間を永遠にしたい。 ふたりの時間を一生涯作って行きたい。 そして。香穂子に愛と尊敬と感謝を捧げたい。 ホワイトデイを、その記念日にするのは、悪くない。 それどころか、とても良いのではないか。 吉羅はそう思いながら、段取りを始めた。 根回しや段取りは直ぐに終わったが、問題は、いかにして時間を作るか。 これに尽きていた。 ホワイトデイは、毎年、とてもたのしみで、香穂子にとっては、最初にときめく春を実感できる、行事になっていた。 吉羅ともう何度も過ごしたホワイトデイ。 大切な時間をふたりで沢山重ねてきた。 だからこそ、今やかけがえのない時間になった。 今年はヴァレンタインデイに、逆チョコレートを貰ったから、吉羅に何かお返しをしなければならないと、香穂子は考えている。 だが、ラグジュアリーなものに囲まれている吉羅にプレゼントするものなんて、なかなか難しい。 ましてや駆け出しのヴァイオリニストである香穂子には、相当、ハードルが高いのだ。 吉羅に似合うもの。 吉羅が好きなもの。 香穂子の経済力からゆくと、やはり、高級な珈琲豆ということになる。 胃が弱いのに珈琲をよく飲み、カフェインの力を借りる恋人。 いつも中華粥を作ってあげるが、珈琲の量を減らせば良いのにと、つい、つい、思ってしまう。 そろそろ健康管理をきちんとしなければならない年齢ではあるから、香穂子は、それが出来たらと思っていた。 香穂子は、都内まで出て、珈琲豆の専門店で、吟味をする。 どのような珈琲豆でも、香穂子が淹れたものであるのならば、黙って飲んでくれる。 だから、ホワイトデイは、最高の豆で、最高の珈琲を飲んで貰いたかった。 珈琲に合うビターなチョコレートも購入する。 これならば、ホワイトデイのお返しには最適だ。 香穂子はほくそえむと、自宅に戻る。 ホワイトデイが楽しみでしょうがなかった。 ホワイトデイの時間をなんとか確保が出来た。 夕方からのひとときを確保するのに、吉羅はこんなにも苦労するとは思ってもみなかった。 後は、新進気鋭なヴァイオリニストの恋人のスケジュールがどうなっているかだ。 恋人たちの季節になると、ヴァイオリニストは、ミニコンサートなどによく呼ばれる。 香穂子も、クリスマスやヴァレンタインデイ前後の休日は、必ずスケジュールが入っていたほどだ。 幸いなことに、ホワイトデイは平日だから、それほど引き合いはないと考えてはいる。 吉羅は余りメールが好きではないから、香穂子には電話をかけることにした。 大事な約束は電話でしたかった。 携帯電話を手に取り、電話を掛ける。 かなり緊張する。 「はい、香穂子です、暁彦さん」 「香穂子、ホワイトデイだが、夕方から時間はあるかね?五時半に待ち合わせをしたい」 「嬉しいです!」 香穂子が弾むような声で言ってくれたものだから、吉羅は嬉しくなった。 香穂子が喜んでくれることが、吉羅にとっては何よりも嬉しいことだ。 「では、3月14日午後五時半で待ち合わせをしよう」 「はい!楽しみにしていますね」 香穂子の華やいだ声に、吉羅は更に幸福を感じる。一瞬で、こんなにも幸せにしてくれるのは、香穂子だけだ。 離せない。 吉羅は強く感じずにはいられなかった。 「その日までは忙しいから逢うのは難しそうだ……。申し訳ないがね」 「はい」 香穂子は残念そうに言うが、きちんと理解してくれたようだ。 ホワイトデイまで会えない背景など、直ぐに分かったのだろう。 「有り難うございます。楽しみにしていますね」 「有り難う。では、当日に。待ち合わせは学院の理事長室で」 「はい、行きますね」 電話を切ると、ふつふつと幸せが込み上げてくる。吉羅は楽しみでしょうがなくなる。 香穂子がからむと、いつも以上に華やいだ気持ちになる。 恋にうぶな子供のように思えた。 吉羅からの電話を切ると、香穂子は幸せの溜め息を吐いた。 吉羅は、恐らく、ホワイトデイに時間を割くために、がむしゃらに働くのだろう。 いつも、いつも、学院の為に働いている。 その上、実力があるがゆえに、以前行っていた、投資ファンドの運営などにも力を貸していると聞いている。 吉羅が忙し過ぎるのは知っている。 だからこそ、吉羅が相当頑張ってくれているのは、分かっていた。 だからこそ、吉羅と過ごす時間は貴重なのだ。 香穂子は、吉羅に感謝をしながら、ホワイトデイが楽しみでしかたがなくなった。 きっと最高級で最上級の想い出を作ることが出来るだろう。 それが、香穂子にはとても嬉しかった。 吉羅とのホワイトデイ。 それが人生のなかでも最高の部類になることを、香穂子は信じて疑わなかった。 |