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吉羅と男女の付き合いをするようになってから、甘い週末を一緒に過ごしている。 お互いに忙しい身であるから、週末のひとときはとても貴重だ。 今週も甘くて情熱的な時間を過ごした後、恋人たちの甘い時間が終わりを告げる。 月曜日の朝食の時間が一番切なかった。 「今日は久し振りに大学に行けるから嬉しいです」 「そうだね。ここのところの君は、録音スタジオや、リサイタルホール、それにリサイタルの旅に出る週始めだったからね」 「そうですね。忙しかったですが、充実したので楽しかったですよ。今週からは暫くはゆったり出来るので嬉しいです」 香穂子がにっこりと微笑むと、吉羅の指先が頬に触れてくる。 「…余り無理はするな。最近、顔色が悪い」 「暁彦さんがちゃんと寝かせてくれるのなら、顔色は良くなりますよ」 香穂子がはにかんで笑うと、吉羅は苦笑いをする。 「…それだけは出来ないね。私は君に飢えているんだから…」 吉羅の甘い言葉に、香穂子は酔っ払ってしまいそうになりながら微笑んだ。 「…あ…」 急に吐き気が込み上げてきて、香穂子はテーブルから立ち上がる。 バタバタとトイレに駆け込むと、食べた分を総て戻してしまった。 気持ちが悪くて、洗面で口を濯いでいると、吉羅がノックしてきた。 「香穂子、大丈夫かね!?」 「…大丈夫です」 香穂子は呼吸を整えた後で、洗面所のドアを開ける。 吉羅が心配そうにドアの前に立って見ている。 「…今日はここにいて休んでいるんだ。私も早目に帰ってくるから」 「大丈夫です。大学には行けますから」 香穂子はにっこりと笑うと、吉羅の横をすり抜けていく。 再び食卓に座ると、何か食べたくなって、再び食べ始める。 「…本当に平気なのかね? 無理はしていないのかね?」 「大丈夫です。こうして食べられるんですから」 香穂子は残りの茶粥を食べ終えると、吉羅の食器も含めて素早く片付ける。 「電車の時間があるので先に出ますね」 「ああ」 香穂子が玄関先まで出ると、不意に背後から手を取られる。 「送ろう」 吉羅が心配そうにこちらを見つめているが、香穂子はそれを制するように微笑む。 「大丈夫ですから。ちゃんとひとりで行けますよ。それに公私混同はしないのが、私たちの約束事ですから」 「…今朝は特別だ…。君は余りにも具合が悪そうだからね」 「大丈夫ですって。いってきます」 香穂子はにっこりと笑うと吉羅の唇にはにかんだキスをした後で、部屋から出た。 吉羅がこころから心配してくれるのはとても嬉しい。 幾分か気分もよくなったので、香穂子は元気良く地下鉄の駅まで歩いていった。 最初は心地好く授業を受けることが出来たが、段々背中に冷や汗が出てきてしまうほどに具合が悪くなる。 何とか授業を受けた後は、ふらふらになっていた。 ジャーナリズム専攻の天羽と待ち合わせてカフェテリアに入る頃には、顔色が悪くなっていた。 「香穂、かなり顔色が悪いよ? 具合が悪いんじゃない? これじゃあお昼どころじゃないでしょう?」 「…具合は悪いんだけれど…、食べたいんだよね。不思議なことに」 「はあ?」 天羽は訳が解らないとばかりに目を丸くすると、香穂子をじっと見つめる。 「何?」 「…何でもないよ。さ、ランチ食べようか」 「そうだね」 天羽と一緒にカフェテリアに入ると、香穂子は柑橘系のフルーツや、サッパリとした酢を基調とするドレッシングを使ったサラダを選択する。そしてメインは、バルサミコ酢を使ったパスタにした。 「香穂、何、酸っぱいものばかりを選んでるの? あんた、こんなに酸っぱいものが好きだったっけ?」 天羽は香穂子をじっと見つめて、何処か心配そうに見つめている。 「…え…? 今、食べたいから食べたいものを選んだだけだよ」 「そう…」 天羽が深刻そうに心配そうにしているものだから、香穂子は小首を傾げる。 「さあ食べようか。後でさ、カフェに行こうか。ちょっと話したいことがあるから」 「うん、解った」 香穂子は、天羽の表情に何も読み取ることが出来ないままで、頷くしかなかった。 席に着いてランチを食べる。 我ながらとても良いチョイスだったと思わずにはいられない。 口のなかがサッパリして、食が進んだ。 「それだけ食べていたら、大丈夫かな?」 天羽は少しばかりホッとしたように香穂子を見つめる。 「大丈夫だよ。いっぱい食べて、午後からの授業は頑張れると思います」 香穂子が元気よく笑うと、天羽もようやく笑顔になる。 その後は、他愛ない話をしてランチタイムを過ごした。 ランチが終わる頃に、吉羅の私用携帯から香穂子宛にメールが届いた。 具合はどうかな? 余り無理をしないように。暁彦 吉羅の温かなこころを沢山感じられるのが嬉しくて、香穂子はにっこりと笑って幸せな気分になる。 大丈夫ですよ。ランチは菜美がびっくりするぐらいに食べましたから。(^O^)v 香穂子 送信を終えると、天羽が微笑ましいとばかりに見つめてきた。 「吉羅さんから?」 「うん。今朝ね、少し戻したから、心配してメールをくれたんだよ。何だかこうして気に掛けて貰うと嬉しいね」 香穂子が幸せ色に頬を染め上げると、天羽は目を細めた。 「相変わらず仲が良いね。あなたたちを見ていると、早く素敵なカレシが欲しいって思うよ」 天羽が笑って香穂子の肩を小突いた。 「…あ…」 香穂子は不意に気持ち悪さを感じ、口を手で覆う。 「ごめん菜美、ちょっとトイレ…」 「香穂子っ!?」 香穂子はそのままバタバタと走って行き、トイレへと駆け込む。 ランチで食べたものを総て戻してしまい、気持ち悪さにふらふらになった。 トイレから出ると、パウダースペースに天羽が心配そうに立っている。 「香穂子、マジで大丈夫なの!? 本当にあんた具合がかなり悪そうだよ!?」 「…大丈夫だとは…思うんだけれど…ものすごく波があって苦しいんだよ…」 香穂子は気持ち悪さに観念するように溜め息を吐くと、涙目で天羽を見つめた。 「授業を終えたら、直ぐに迎えに行くから。待ってるんだよ」 「うん。解ったよ」 菜美が有無言わせないように言うものだから、香穂子は頷くしかなかった。 授業中も気分の悪さには波があった。ヴァイオリンを弾いている時だけが忘れられる瞬間だった。 授業が終わるタイミングで、吉羅からメールが届いた。 気分はどうかね? 今日は無理をしないように。また仕事が一段落ついたら連絡する。暁彦。 香穂子はメールを見るなり、直ぐに返信をする。 大丈夫です、と、言い切られないところが辛いですが、そんなに心配することはないようです。 これから菜美とカフェでお茶をして帰ります。 香穂子 香穂子はメールを送信した後で、天羽との約束場所へと向かった。 天羽と一緒に向かったのは、横浜の古い洋館を改装したカフェ。ここだと落ち着いて話をすることが出来るのが良い。 「香穂、何を頼むの?」 「何となく温かいミルクが飲みたいから、ホットミルクにするよ」 香穂子が機嫌良くミルクを注文すると、天羽はじっと見つめて来る。 「香穂…」 「何?」 「あのね…」 天羽は口憚れる話題だからか、香穂子に手招きをして、耳を峙てさせる。 「…あんたさ…、吉羅さんの子供を妊娠しているんじゃない?」 香穂子は驚く余りに目を見開いた。 |