*KISSの代償*


 とうの昔にバレていたのだろう。
 それどころか、あの時は狸寝入りだったのかもしれない。
 まんまと吉羅の術中にはまってしまったのだ。
「あ、あの、そ、その、それはですね…」
 香穂子がしどろもどろに弁解をしようとすると、吉羅は笑みすら浮かべながら香穂子を見た。
「折角の甘いデザートだ。しっかりと食べなさい」
「あ、有り難うございます」
 香穂子は促されるままに、慌ててデザートを食べる。
 落ち着いていなかったせいか、やけにスプーンをカチャカチャといわせてしまった。
 とっても甘くて美味しいデザートのはずなのに、全く甘さを感じない。
 香穂子は、ごまかすように笑いながら、何とかデザートを食べ切った。
 香穂子がデザートを食べ終わると、吉羅は立ち上がる。
「さてと代償を払って貰うには、ふたりにならなければならないからね。ドライブにでも行くか」
「…はい」
 落ち着かない想いを抱きながらも、吉羅とのドライブは嬉しい。
 吉羅は頷くと、ごく自然なかたちで、手を繋いでエスコートをしてくれた。
 駐車場に着いて、フェラーリに乗り込む。
「少しゆっくり出来る場所へ行こう」
 吉羅はそう言いながら、エンジンキーを差し込む。
 ドキドキし過ぎた。
 車内では無言のままで、あふたりはドライブをする。
 相変わらず吉羅とのドライブは快適だ。
 吉羅は暫く走ると、夜景がよく見える公園の前で車を停めた。
「…ではここで話そうか」
 吉羅に言われて、香穂子はとうとう来たかと思い、緊張する。背中には冷たいものが流れ落ちる始末だ。
「…日野君、君はどうして私にキスをしたのかな?」
「それよりも、吉羅さんは狸寝入りしていたのはどうしてですか?」
「…どうして…か。君をからかうのが好きだから狸寝入りをしていたのかもしれないね。だけど君がキスをしてきたものだから、逆に私がびっくりしたものだよ」
 吉羅のまなざしが、甘くて、香穂子は素直に甘い色を上手く滲ませた。
「…キスしたのは、相手があなただから…」
「…それは本当かね?」
「初めてのキスだったけれど、どうしてもキスをしたかったんです…」
 香穂子は恋情に苦しみながら、ただ真っ直ぐ吉羅を見た。
「…私もフライングかもしれないが、君にどうしても代償を払って貰わなければなならないと思っていたからね」
 吉羅は香穂子の頬のラインを官能的な仕草で撫でると、整った顔を近付けてくる。
 本当にこちらがうっとりとしてしまうほどに、吉羅の顔は完璧だ。
 香穂子が頬を染め上げて睫毛を震わせながら待ち構えていると、吉羅はくすりと笑う。
「緊張しているみたいだね?」
「だって…、初めてですし…」
「初めてではないだろう…?」
「…されるのは、初めてですから…」
 香穂子が頬を赤らめながら睨み付けると、吉羅はフッと微笑む。
 吉羅はそのまま角度をつけて、唇を重ねてくれた。
 唇が触れる。
 自分から触れるよりも、もっとしっとりとしているような気がする。
 こうしてキスをされるだけで、ぼんやりとしてしまうほどに、吉羅に支配されていた。
 触れるだけの短いキスの後で、吉羅は香穂子の耳元で囁く。
「…キスの代償は、これからだ…」
 甘くて低い声で意地悪に囁かれて、香穂子は息を乱す。
 声だけでなんて威力があるのだろうかと思った。
「…香穂子、君にはたっぷりと代償を支払って貰うよ…。君が盗んだものの対価はかなりのものだからね…」
 吉羅は香穂子を抱き寄せると、深い角度で唇を重ねてくる。
 自分からしたファーストキスよりも、先程吉羅がくれたキスよりも、想像出来ないぐらいに官能的なキス。
 熱い激しさの漂うキスに、立っていられなくなった。
 吉羅は舌を深く口腔内に入れると、そこをくまなく愛撫してくる。
 ロマンティックな激しさに、このまま蕩けてしまうのではないかと思った。
 吉羅の激しいキスは、まるで今まで温めてきた情熱を一気に爆発させてしまうようなものだった。
 激しさの余りに、息がおかしくなった。
 唾液が唇の端からこぼれ落ちて、吉羅がそれを巧みにすくってくれる。
 その淫らで甘い行為に、このまま墜ちてしまいそうだと思った。
 唇を離されて、もう立てないぐらいに躰に力が入らなくなる。
 ぼんやりとする程の危うい快楽に、麻薬とはこのようなものなのだろうかと、香穂子は思った。
 じっと吉羅を見つめていると、くすりと笑われる。
「…まだまだ代償は貰ってはいないよ? 君はわたしの立場を忘れさせてしまったのだからね。その罪は重い。分かるかね…?」
「分かりません…」
 頭がぼんやりとしてしまい、吉羅の言葉の意味の半分も取ることが出来ない。
「…香穂子、君は私がわざと引いていたモラルの境界線をあっさりと崩したんだよ…。君がせめて高校を出るまでは、我慢しようと思っていたのだがね…。お仕置だ…」
「…あ…」
 吉羅は再び香穂子の唇を奪うと、激しく何度も吸い上げてくる。
 熱い夏の陽射しのような情熱的なキスに、香穂子は我を忘れてしまうほどに溺れた。
 こんなにも激しい吉羅を見せつけられるのは初めてで、香穂子は益々好きが暴走していくのを感じていた。
 好きが激しく暴れて、更に自分のなかで大きくなる。
 もっと大きな好きが欲しくて、吉羅にキスを自然とねだってしまっていた。
 息が続かなくなったところで、唇がようやく離された。
「…香穂子…」
 吉羅があのヴェルヴェットのような声で名前を呼んでくれる。
 それだけで、また“好き”が大きくなる。
「…吉羅さん、大好きです…。大好きだから、あなたにキスをしました…」
「…解っている…」
 吉羅は香穂子をその胸にしっかりと抱き締めると、何度も髪を撫でてくれる。
「君のキスの代償だが、かなり大きい」
「解っています…」
「いいや、解っていないさ」
 吉羅はほんのりと厳しい声で言うと、香穂子の頬に触れてきた。
「…社会的に言えば、まだ、私と君は禁忌な関係だ…。だから、君に切なくて辛い想いをさせるかもしれない…。だが…」
 吉羅は言葉を軽く切ると、香穂子の瞳を深く覗き込むように見つめてきた。
「…私はもう君を離す気は更々ない。辛いかもしれないが…、一緒に乗り越えてくれ…。その代わりに、甘い週末と、ふたりきりでいる時は、本当に君を大切にする…」
 吉羅はそこまで言うと、香穂子に触れるだけの極上なキスをくれた。
「…だから、私と付き合って欲しい…。男と女として…」
 うっとりとするような吉羅からの告白に、香穂子は泣きそうになる。
 こんなにも嬉しいキスの代償はない。
「キスの代償は…高いかな?」
「…いいえ。望んでいたもの以上の代償です…」
 滲む涙を必死に堪えて笑う香穂子を、吉羅は見守るようなまなざしを向けてくれる。
「香穂子…、私は君が好きだ…。こんな気持ちを誰かに抱くのは、初めてだと思ってしまうぐらいに…」
「私も本当に大好きです…吉羅さん…」
 香穂子が涙を零しながら笑顔で呟くと、吉羅は指先で拭ってくれる。
「吉羅さんと言ったから、お仕置でもするか」
「え、あっ、吉羅さんは吉羅さんじゃ…」
 焦るように言っても、吉羅が許してくれるはずはない。
「ふたりきりの時は暁彦だ。良いね」
「…はい」
「良い返事だ…」
 吉羅は艶やかに微笑むと、香穂子はそれにすいこまれていく。
 ふたりはそのまま唇を重ねると、恋情を確かめた。



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