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明智が奥方を迎える噂を聞いた。 当然だ。そろそろ奥方を迎えなければならない年齢ではあるし、そのうえ、主の信長にまで、結婚を勧められている。 どう考えても当然だ。 そして。婚礼は、武将にとっても大きな武器となる。 有力者の娘を娶ることで、より力を得られるのだから。 このようなことも総て分かった上で、明智光秀のそばにいると決めたのだ。 決めたはずなのに、心は酷く重くて、やさぐれている。 明智が、他の女人と結ばれ、子供を得ることを傍で見るのを、果たして我慢出来るのだろうか。 いや、それよりも、我慢するなんて表現すら許されないような気がした。 あくまで主従の関係を契約しているに過ぎない。 その契約を、明智は一存でいつでも止めることが出来るのだ。 それは、ほたるにはどうしようもないことなのだ。 重苦しい感情が沸々としてきて、ほたるを苦しめる。 こんな感情に左右されてはならない。 感情が揺れ動くなんて、忍び失格だ。 冷静に、誠実に、明智に対して任務を全うしなければならない。 こんな気持ちでは、良い結果なんて得られないだろう。 重い気持ちで、身体も心も任務がままならない状況で、ほたるは明智に呼ばれた。 「ほたる。最近、何だか雰囲気が暗いね。どうかしたの?」 明智は呆れるように溜め息を吐く。 「いいえ、私はいつもと変わりございませんが」 ほたるはなるべく表情を変えないように務めながら、明智を見た。 動揺していることを、悟られてはならない。 無表情で通したはずなのに、明智は鋭い眼差しを向け、再び大きく溜め息を吐いてきた。 「……私の小鳥、私の目は節穴ではない、ことは、君が一番、分かっていることでしょ?」 明智の言葉に、ほたるはなるべく動揺しないように務める。 「確かに明智殿が節穴ではないことは、分かっております。ですが、勘違いされているのでは、ないでしょうか?」 明智にはったりがきかないことぐらいは、ほたるにも十分分かっている。 だが、そうせずにはいられないのは、女として、恋をしている者としての切なさがある。 「君は強情だね。お仕置きをしなければ、君には利かないようだね……」 明智は溜め息を吐くと、いきなりほたるの手を取った。 「あ、明智殿!?」 「ついておいで。お仕置きだよ」 明智の表情が氷よりも冷たくなる。ほたるはそれが不安でならない。 ほたるは、明智の顔を何度も盗み見た。 明智に連れて行かれたのは、ほたるが使っている部屋だった。 「今から、姫に変化をしなさい」 「姫に、ですか?」 姫に変化することが、お仕置きと関係があるのだろうか。 ほたるはさっぱり分からなかった。 主からの要望である以上は従わなければならないと、ほたるは変化することにした。 姫に変化すると、明智は満足そうに、薄く笑った。 「上出来だよ。では、出かけようか。忍びの格好では似つかわしくない場所に行くからね」 明智はさらりと言うと、ほたるを見た。 「ほたる、さあ、行くよ」 明智に手を差しのべられて、ほたるは遠慮がちにその手を取る。 明智の手を取ると、直ぐにドキドキしてしまい、ほたるはどうして良いかが分からない。 以前はそんなことはなかったはずなのに、今は明智に触れられるだけで、ほたるの緊張は激しくなる。 ときめき過ぎて、胸の鼓動がおかしくなりそうだ。 頬を真っ赤にさせて、つい、つい、俯いていると、明智は薄く笑った。 「君は、本当におもしろいね。お仕置きの効果は、十分にあるようだね」 「……そんなことはありません……」 「さあ、どうだかね……」 くすりと意味ありげに笑われるのが悔しかった。 「城から出るよ」 「あ、は、はい」 城から出て、何をするというのだろうか。 城から出るのが、“おしおき”ならば、どのような“おしおき”をしてくるのだろうか。 ほたるには全く分からなかった。 城を出て、城下町へと向かう。 「城下町に何かあるのですか?次の仕事のことで、ございますか?」 「やれ、やれ、私の小鳥は仕事のことしか考えないのかな?そんなことはないよ。黄み、私の言ったことを忘れたの?」 「え?」 「君に、お仕置きをする……って」 背中がゾクリとしてしまうほどに、甘くて官能的な囁きに、ほたるは身体を震わせる。 お仕置き。 その言葉も、明智が発すると、特別な言葉のように思ってしまう。 「今日一日かけて、君にはたっぷりお仕置きをして貰うから、そのつもりで……」 一日かけたお仕置きとは、どのようなものなのか、ほたるは想像出来ない。 ただ、想像しているだけで、甘い緊張が走り抜ける。 「市に来たことだし、ゆっくりと見ていこう」 「はい」 市を見るなんて、お仕置きには全く関係ないように思える。 むしろ楽しいから正反対だと思ってしまう。 「かんざし、か。商人から取り寄せるのも良いが、こうして市を覗くと、掘り出し物があったりするからね」 明智はすっかり市を楽しむように、あちこちを見てまわる。 その際にも、ほたるの手を取ったままだ。 「欲しいかんざしがあったら言いなさい」 ほたるは頷くことが出来ない。 欲しいかんざしなんて、明智に言うことは出来ない。 つい、遠慮をしてしまう。 声に出して言うことが出来ないのに、つい、目線は、蒼い石が使われた、美しいかんざしに向いてしまう。 「ほたる、遠慮をすると、お仕置きは酷くなるよ。君はそれを自覚している?」 「え……?」 お仕置き。 先程から何度も言われているが、それがどのようなものなのか、想像出来なくて、戦々恐々としていると、明智はフッと意地悪く笑った。 「これが君に似合うから、買うことにするよ。良いね」 「はい。有り難うございます……」 ほたるはかんざしを受け取りながらも、複雑な気分だった。 「もう少し、市を見よう。今日は市勢を見るために、来ているからね。君も力を抜いて楽しんで」 明智の言葉に、ほたるは緊張ぎみに頷くことしか出来なかった。 「どうして固くなる?」 「どうして、と、言われても……」 ほたるが戸惑い気味に言うと、いきなり手を強く握り締められた。 「……え……?」 「固くなりすぎて逃げられたらしょうがないからね。ちゃんと捕らえておくよ」 明智は涼しげに言うと、ほたるを更に近くに引き寄せた。 |