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「戯れ?さあね……」 明智は相変わらず、人を食ったように涼しげな笑顔を浮かべている。 「さあ、行くよ。お姫様。市をゆっくり見なければね」 「明智殿」 明智はほたるから手を離す気などはないらしく、そのまま手を強く握り締めてくる。 その力は、優美な容姿とは裏腹に、男そのものだった。 ほたるはその力強さに息を飲む。 明智はやはり、知将という側面もあるが、立派に闘えるのだろう。 明智と闘ったら、忍びとはいえ、負けてしまうかもしれない。 自身が強いのに、忍びとして明智を護る必要はあるのだろうか。 ほたるの脳裏によぎる不安に気づいたかのように、明智はちらりと意味ありげな笑みを、ほたるに向けた。 「今はなにも無駄なことは考えない。忍びとしての考えも今は捨てること」 明智は総てをお見通しとばかりに、さらりと冷たくほたるに呟いた。 明智は、ほたるが何を考えているのかは、手に取るように分かるのだろう。 そう思うと、複雑な気分だ。 「さ、今日は姫だと思って行動しなさい、私の小鳥」 「はい」 “私の小鳥” なんと重い言葉の縛りだろうか。 この呼び方をされると、明智に従わずにはいられなくなる。 ほたるにとっては、魔性の言葉だ。 「さ、次は反物でも見てみよう。京から良いものが出ているみたいだからね」 「……はい」 返事はしたものの、ほたるのなかでは、まだまだ違和がある。 明智はほたるの考えていることを分かっているのに、ほたるは明智が何を考えているのかが、全く分かってはいない。 ほたるは探るように、明智の目を見た。 だが、何も分からない。 「そんな目をしても、今、私が考えていることを 、君にだけは明かせない」 探っていることですらバレている。 ほたるは思わず目を見開いた。 「正確に言うと、今、私が何を考えているのか、君以外はみんな、分かっているということだよ」 明智は意味ありげに甘く笑う。その笑顔が、ほたるの心をかき乱す。 「私、以外……?」 忍びは誰よりも洞察力が必要だというのに、なんというていたらくなのだろうか。 自分に全く洞察力がないと思い知らされ、ほたるはがっかりと肩を落とした。 溜め息がこぼれ落ちる。 「……私だけが分からないなんて、忍びとして関わること」 ほたるが唇を噛み締めて俯くと、明智は苦笑いをする。 「こればっかりは、忍びに必要な洞察力とは異なるね。まあ、君らしいし、私は君に、そのようか洞察力を求めてはいないから、安心しなさい」 「はあ……」 それがどういうことなのか、ほたるは益々分からなくて、途方にくれるしかなかった。 忍びに必要ではない洞察力。 それがどのようなものなのか、ほたるにはサッパリ分からなかった。 忍びに必要ないというのであれば、持っていなくても構わないだろうが、それはそれで癪に障る。 途方にくれていると、明智はくすりと笑った。 「そんなに考え込まなくても良いよ。いずれ、分かることだと思うから……」 ほたるを見つめる明智の眼差しがとても甘くなる。艶の含んだ眼差しに、ほたるは緊張せずにはいられない。 それは、忍びとしての緊張ではなく、ひとりの女性としての緊張に他ならなかった。 その甘さが激しくほたるを甘くさせる。 不意に、明智の美しい指先が、ほたるの頬を捕らえる。 触れられるだけで、気持ちが潤んだ。 「……いずれ分かるよ。分かるには、君はまだ、幼い」 「私は子供ではありません」 幼い。 それは、一人前と認められていないことに他ならない。 「忍びとしては一人前であることは認めているけれどね、ただ女性としての心の機微については、君は幼すぎるね……。童と同じ……。いや、童以下かもしれないけれど……」 意味ありげに見つめられると、ほたるの心は余計に乱れた。 「さあ、あの店だよ。京からの反物が見られる」 反物の店に入っても、明智は一向に手を離そうとはしない。 まるでほたるが迷子にならないようにと、見張っているかのようだ。 「この反物、綺麗な桔梗の柄だよ。さわやかな雰囲気かな」 「そうですね。とても綺麗な花ですね」 「掘り出し物だね。だったらこれに決まりかな」 明智は満足そうに頷くと、すぐに店の者を呼んだ。 明智は直ぐに店の者に話をし、それを直ぐに城に届けるように手筈を整える。 誰かに渡すのだろうか。 そう考えるだけで胸が切なく痛んだ。 「どなたかに贈られるのですか?」 ドキドキしながら、ほたるは訊いてみる。気になりすぎて、訊かざるをえなかった。 明智は、一瞬、奇妙な顔をして、ほたるを見る。 「君は本当に鈍感の一言に尽きるね……」 呆れるというよりは、感心するように言われて、ほたるは困惑する。 「君は、桔梗の柄を見て、なんとも思わないの?」 「……え、明智殿の家紋だと……」 「君は、姫の時に、なんと呼ばれていたのかな?」 明智は腕を組みながら、真っ直ぐほたるを見つめてきた。 「……桔梗……ですが……」 「そうだよね。だったら、この模様は誰を表しているの?」 明智に小首を傾げて見つめられて、ほたるはようやく気づいた。 鼓動が妙な音を紡いで、ほたるを翻弄する。 「……私……」 「そう、よく分かったね。おりこうさん」 まるでほたるを小馬鹿にするように言うと、明智は再び深々と溜め息を吐いた。 「君は、本当に鈍感の極みだね。感心する」 嫌みのように言われて、ほたるは口をつぐんだ。 ほたるが拗ねて俯いていると、明智はくすりと笑う。 「そういうところも、気に入っているんだけれど、ね」 明智の眼差しと艶やかな声に、ほたるは暴れだしてしまいそうになるほどに、鼓動を高めた。 無表情を気取ってはいられない。 呼吸も乱れてしまう。 「さてと、買い物はこれぐらいにして、茶屋で甘いものでも食べて行こうか?」 気持ちも甘くなっているのに、もっともっと甘くなるのだ。 甘さに酔いそうだが、それも心地好い。 「明智殿は甘いものがお好きですね」 「君にあわせているだけだよ」 明智は何処か楽しそうに言いながらも、まんざらでもないような笑顔を向けてくる。 いつもなら絶対に見せない笑顔。 とっておきの笑顔に、ほたるはドキリとする。 自分だけに見せてくれる笑顔だから、特別なもののように思えた。 ふたりで茶屋に入り、のんびりとお茶をたしなむ。 こうしていると平和で安定した世の中に思えるのが不思議だ。 あと少し。 そうすれば、もっと素晴らしい世の中になる。 そう感じさせてくれる時間だった。 ならば自分は要らなくなるかもしれない。 ほたるはそんな危惧を感じていた。
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