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セレクトショップで、短時間に化粧を施され、フォーマルなワンピースに着替えさせられる。 まるでシンデレラの魔法にかかったようだ。 だが、そのような余裕を感じることのないまま、パーティ会場に連れて行かれてしまった。 折角綺麗にして貰ったのに、楽しむ余裕があるどころか、褒めても紅のが、何処か切なかった。 正式なパーティに出席するのは初めてで、千尋はガチガチに緊張してしまった。 緊張し過ぎていることに気付いたのか、アシュヴィンはフッと微笑む。小馬鹿にしているのではなくて、何処 か微笑ましいと思ってくれているようだ。 それはそれで不快ではないのだが、やはりこうして正式なパーティにアシュヴィンと参加をするという事実が緊張を生む。 「…ご、誤解を生んでしまうんじゃないのかな?」 千尋が戸惑いながら言うと、アシュヴィンは鼻で軽く笑う。 「…千尋、お前は誰か誤解されては困る相手でもいるのか?」 「…いないけれど…アシュヴィンが困ったら、私も困るし…」 千尋がしどろもどろに言うと、アシュヴィンは眉間に不快そうなシワを刻む。 「俺は困らない。お前と誤解されたほうが好都合だしな」 アシュヴィンの何処か甘さが含んだ言葉に、千尋はドキリとしてしまう。 「あ、あの…それは…」 耳まで真っ赤にさせると、アシュヴィンは瞳に糖蜜よりも甘い光を滲ませた。 「…お前は困るか…?」 「こ、困らないけれど…」 困ったように言うと、アシュヴィンは腰を柔らかく抱いてきた。 「…さてと、お前が婚約者であることを全面に出せば、俺にとってはかなり好都合だからな…」 アシュヴィンが密着してきて、千尋は鼓動が一気に跳ね上がるのを感じる。 耳朶の下までがジンジンと痛かった。 アシュヴィンをかなり意識してしまっている。 息苦しさを感じる程に、千尋はアシュヴィンの存在感を大きく感じていた。 「では行くか」 「…はい」 アシュヴィンとふたりでパーティ会場へと入る。 常世グループの切れ者御曹司がやってきたとあって、誰もが注目してくる。 特に女性は、千尋をじっと見ている者が多かった。鋭いまなざしの攻撃が、彼女たちから降り注いできた。 アシュヴィンが、上流社会の女性たちにかなり人気があることを、千尋は改めて思い知らされてしまう。 「…アシュヴィン、凄くモテるんだね…」 感心するように言うと、冷たく睨み付けられてしまった。 「…あんな女たちは俺の好みじゃない。みんな、金太郎飴のように一緒だからな」 「だけど本当に綺麗なひとばかりだよ」 「見た目なんてどうとでもなるだろう?」 アシュヴィンはクールに言い放つと、女たちの熱い視線を無視してしまった。 「何だかああいう感じに見られるのが苦手なんだよ。俺自身を見ていないだろう、ああいうのはな。見ているのは財産だけだ。皮肉なもんだがな」 見ているのは財産だけ。 確かにそういう側面もあるかもしれないが、彼女たちは同時にアシュヴィン自身も見ている。 財力と同時に、男としての魅力も兼ね備えているのだから。 「…彼女たちはアシュヴィン自身も見ていると思うよ」 「だけど、欲張りな視線でだ」 「…確かにそうなんだけれどね…」 千尋は曖昧に言うと、彼女たちの視線の意味を理解していた。 なかなかアシュヴィンのような男はいない。 どうせ妻になるのなら、夫はアシュヴィンのような最高の男が良いのだろう。 千尋は溜め息を吐くと、彼女たちの気持ちがほんのりと解ったような気がした。 アシュヴィンと密着していると、本当にありとあらゆる種類の視線に曝される。 女性からは嫉妬と羨望。男性からは何処か微笑ましいと言われるようなまなざしだ。 「千尋、お前を紹介していくからそのつもりで。俺がお前を紹介するのは少数精鋭の、本当に役立つ人物ばかりだ。お前もちゃんと覚えておけよ」 「うん、有り難う」 アシュヴィンは更に千尋を引き寄せると、ゆっくりと知人に近付いていく。 「おや久し振りだね、アシュヴィン」 初老の雰囲気が良い男性が声を掛けてきた。重厚な雰囲気のその男性は、何処かの重鎮のように見える。 「お久し振りです」 アシュヴィンはきちんと礼儀正しく挨拶をし、育ちの良さを見せつけてくる。 「…こちらのお嬢さんは?」 話題を振られて、千尋はカチカチになった。 こんなにも上流な男性と口をきいたことは、今までなかった。 本当に箱入りで育てられ、外部のひとたちとはあまり接触がなかったのだ。 「…葦原千尋と申します。宜しくお願いします」 千尋が丁寧に挨拶をすると、男性はしっかりと頷いてくれた。 「…葦原といえば、橿原の葦原家の…?」 「はい。よくご存じですね」 男性がまさか葦原家のことを知っているとは思ってもみなかった。 驚いて顔を見ると、男性はしたり顔で笑う。 「葦原家はかなりの名門だからね。アシュヴィンの家と同じぐらいに。だから知っていて当然だと思うよ」 男性は頷くと、千尋を真直ぐ見つめた。 何処か優しいまなざしだ。 「アシュヴィン、彼女とはお付き合いでもしているのかね?」 「俺の婚約者なんです」 アシュヴィンがキッパリと言うものだから、千尋は真っ赤になってしまった。 「…アシュヴィンはそれは良い。私は、君が下らない女性と結婚するのではないかとかなりヒヤヒヤしたが、お嬢さんが相手でホッとしているよ。このお嬢さんを離してはならないよ、アシュヴィン。決してね…。彼女は君の懐刀になるだろうからね…」 男性の言葉に、アシュヴィンは穏やかな笑みを浮かべる。 その柔らかな微笑みがとても魅力的で、千尋は思わず見惚れてしまっていた。 「お嬢さんも、決してアシュヴィンから離れてはならぬ。君を守ってくれるのもアシュヴィンだからね」 「…はい…」 千尋は頷くと、本当に泣きそうになった。 「それじゃあ、また」 男性はゆっくりとしたリズムで、他の招待客のところに行ってしまった。 ああいう男性こそ、品があるというのだろう。千尋はしみじみとそう感じられた。 「あのひとは凄いひとだ。話していてとても勉強になる」 「うん、そうだね…。そう思うよ」 アシュヴィンは嬉しいからなのか、千尋に甘い笑みを浮かべてくれた。 「まだまだ挨拶をしなければならないからな。次にいこう」 「うん」 挨拶回りはかなり緊張してしまうし、何をして良いのかが解らない。 ただアシュヴィンのそばにいるだけになってしまう。 「アシュヴィン、君が葦原のお嬢さんと見合いをすると訊いていたが、やっぱり見合いをしたんだね。ふたりともそこで意気投合したのかな。普通の家同士の結び付きによる結婚よりも、君達はかなり仲睦まじいからね」 男性に言われて、千尋は驚いて息を呑む。 そんなに仲睦まじく見えるだろうか。もしそう見えたならば、これ以上に嬉しいことはない。 「有り難うございます。俺たちは出会った時から意気投合したんですよ」 アシュヴィンは甘い笑みを浮かべながら千尋を見る。 こんなにも甘くて魅力的なまなざしで見つめられたら、とろとろに蕩けてしまうのではないか。 アシュヴィンに本気で恋をして貰っているような気分になる。 それがリアルならばこんなにも幸せなことはないのにと、千尋は思った。 千尋は悟る。 本当にこころからアシュヴィンが好きだなのだということを。 こんなにも好きな相手は他には現れやしないのではないということを。 アシュヴィンが好きだ。 本当に。 それに完全に気付いてしまった。 顔が幸せと緊張で真っ赤にほてってくるのが解る。 千尋は思わず頬に手をあてがった。 「千尋?」 アシュヴィンは不思議そうに見つめてくる。 好きでたまらないことに気付いてしまった。 恋情が高まるのを感じた。 |