後編
あと少し。 あと少しで柊に逢える。 今まで八葉に託された手紙をギュッと抱き締めながら、千尋は甘い気分になる。 後はサザキと忍人だけだ。 恐らくはふたりも何かを託されていることだろう。 千尋はそれを期待せずにはいられなかった。 千尋は朝からそわそわしながら執務にあたる。 柊からの手紙を待つ余りに、本当に落ち着かない。 執務室にドアをノックする音が響いた時に、千尋は背筋を伸ばして緊張させた。 「…どなたですか?」 「サザキだ。女王陛下」 「入って!」 待っていたうちのひとりが来てくれた。 恐らくはとても幸せな手紙を届けに来てくれたのだろう。 それが千尋には嬉しくてしょうがない。 千尋の満面に輝く笑顔を見るなり、サザキは苦笑いを浮かべた。 「待っているのはこれだろう?」 サザキが差し出したのはやはり手紙だった。 その白い紙を見るだけで、千尋は飛び上がりたくなった。 柊からの手紙だ。 離れている間の唯一のコミュニケーション。 離れてから二週間ほど。 余り長い時間ではないかもしれない。 だが、こころから愛し合うひとと離れるには、恋しくてどうかなってしまうのではないかと思ってしまう時間の長さでもある。 千尋は、柊が恋しくて行きが詰まりそうになっていた。 わがままを言えないのは解ってはいるが、それでもそろそろ限界になってきたのは事実だった。 「…柊からの手紙を確かに届けたからな。しっかりと堪能しろよ」 サザキは穏やかな笑みを浮かべて、千尋を見守るように見つめてくれる。それが嬉しかった。 「サザキ、本当に有り難う。嬉しかったよ」 「ああ。たっぷり堪能しろよ」 「うん、有り難う」 気持ちに素直になると、泣きたいぐらいに嬉しくて、千尋はうっすらと涙ぐんでしまった。 「女王陛下が幸せじゃないと、民も幸せじゃなくなるからな。それだけは肝に銘じていろよ」 「うん、有り難う、サザキ。本当に大好きだよ」 八葉は本当に誰もが最高の仲間だ。 これ以上の仲間はいないのではないかと千尋は思った。 サザキを始めとして、八葉のみんなは、いつも千尋のことを一番に考えてくれる。 それが有り難くて幸せでしょうがない。 「じゃあオレはこれで。狭井の君にはくれぐれも見つからないようにな」 「うん、そうするよ」 これには流石に千尋も苦笑いを浮かべた。 「サザキ、本当に有り難う」 千尋の言葉に、サザキは照れくさそうに笑うと、静かに執務室から出て行った。 サザキを見送った後、千尋は震える指先で、手紙を開ける。 いつもこの瞬間は、喉がからからになる程に甘い緊張に包まれるのだ。 手紙を開けて、柊の文字を見た瞬間、幸せが込み上げてくるのを感じた。 千尋様 とうとう6通目ですね。 あなたの元に帰る時がかなり近付いてきています。 素直に嬉しいです。 あなたの笑顔を見られるのがとても楽しみです。 あなたが笑顔でいられるように、私は頑張るつもりでいますよ。 あなたの笑顔が、私にとっての何よりの幸いですから。 またお手紙を書きます。 それまではお元気で。 柊 柊の手紙を何度も読み返しながら、千尋はほっこりとした気分になる。 柊の手紙を握り締めているだけで、こころが艶やかに豊かになるのを感じた。 これで今日も頑張って仕事をすることが出来る。 千尋はそれが嬉しかった。 眠る前にひとりになり、千尋は夜空を見上げる。 星を読むあのひとは、同じ空を見てくれているだろうか。 同じ空を見つめてくれているだけで、何よりもの幸せを感じる。 繋がっている。 それを感じられるだけで千尋は幸せだった。 後少しで逢えるのは解っているから。 千尋は夜空を見上げた後、枕元に今まで貰った手紙を丁寧に箱に入れて置く。 きっとこれで良い夢が見られると思いながら。 柊以外の八葉で手紙を届けていないのは後ひとり。葛城忍人だけだ。 忍人が最後の手紙を届けてくれるだろう。 恐らくそこには明確にいつ帰って来るかを書いているに違いない。 千尋は今までで一番緊張しながら、忍人が来るのを待ち続けた。 余り仕事に身が入らないままで、千尋は待ち続ける。 いつしか期待は、疲れ果てた失望に変わっていった。 「…今日は…やっぱり来ないんだよね…」 千尋はポツリと呟き、執務を終えた時だった。 「陛下、葛城将軍がお見えです」 その一言に、千尋は飛び上がる。 忍人がやってくるのだ。 手紙を携えてくれてはいないだろうか。 千尋はそれだけを思いながら深呼吸をした。 「将軍をお通し下さい」 「かしこまりました」 ひょっとするとただの報告だけかもしれない。だが、一縷の希望に縋りたくなる。 千尋は背筋を真直ぐに伸ばすと、忍人を待構えた。 忍人は静かに武人らしく礼儀正しく執務室に入ってきた。 「陛下、失礼致します」 「ようこそお越しくださいました、葛城将軍」 千尋はきちんと女王として挨拶をした後、真直ぐ忍人を見た。 「こちらが我が国における軍備の報告書です」 「有り難う」 やはり報告だけだったのだ。 それが切なくこころにのし掛かるのを感じる。 「ご苦労様でした」 千尋は女王として何とか凛とした声で返事をした。 「陛下、軍には優秀な軍師が必要です。早く戻って貰わなければならないです」 忍人はゆっくりと微笑みながら、白い手紙を差し出した。 「…柊から預かっている。千尋」 忍人は、千尋を女王としてではなく、一人の女の子として扱ってくれる。 それが嬉しい。 「…有り難う、忍人さん」 素直に一人の女の子として言うと、しっかりと手紙を受け取った。 「…では、確かに渡した」 「有り難う」 千尋が何度も礼を言うと、忍人は笑顔で頷いてくれる。それが嬉しかった。 ひとりになり、千尋は丁寧に手紙を読む。 千尋様 これが七通目の手紙になります。 私はいつあなたのところに戻るのか、明確には言えません。 申し訳ありません。 あなたの近くにはいますから、それだけは信じて下さい。 私がひょっこりと帰ってきた時には、どうか受け入れて下さい。 愛を込めて。 柊 いつ帰って来るかが解らない。 その事実に息が出来なくなる。 ずっと我慢をして柊を待っていたというのに、こんなことはないと思わずにはいられない。 涙がこぼれ落ちてしまう。 どうしても止められなかった。 俯いて泣いていたから、誰かが執務室に入って来たことに気付かなかった。 いきなり背後から目隠しをされて、千尋はおののいた。 「…ただいま、千尋」 深みのある優しい低い声に、千尋は満たされたように涙を流す。 「…柊…」 千尋の涙でぬれた瞳から、柊の手が外された。 「狭井の君の命令で、諸国に情報を集めに行っていたんですよ」 柊は千尋と向き合うと、柔らかな笑みを浮かべてくれた。 「ただいま」 柊はそっと手紙を手渡してくれる。 八通目の手紙だ。 「読んで下さいませんか?」 千尋は頷くと手紙を読む。 最愛の千尋様 ようやく職務が終わり帰って来られました。 これからはあなたとこんなに長くは離れないつもりです。 ずっと逢いたかった。 愛しています。 柊 柊 の手紙を読み終えると、千尋は顔を涙でグチャグチャにする。 「…おかえりなさい…!」 千尋が柊に抱き付くと、しっかりと抱き寄せられた。 ふたりの唇がしっとりと甘く重なる。 これが愛の手紙の最終。 愛しいひとからの最高のラブレター。 |