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天海は神様だから、人の子と結ばれることはない。 それは解っているけれども、天海はこれまでに愛したひとはいたのだろうか。 長い、長い時間、幕府を支えていたから、その間に、言い寄ってきた女性も少なくはないと思う。 そのなかには、天海が恋をしても良いと思った女性もいたがもしれない。 余りにも長い時間だから、ゆきには想像出来ないこともあったに違いない。 余りにも長い時間過ぎて、ゆきは困惑しながらも嫉妬をしてしまう。 ゆきは溜め息をつく。 天海のことを想うだけで苦しくなった。 ひとりで京の町を歩くのは、八葉たちは余り良くは思われない。 だがゆきは、ひとりで行きたい場所があり、八葉たちの目を盗んで、神泉苑へと向かった。 天海の息がかかった場所であるから、皆には行くなと止められるのは解っていたからこそ、ゆきは黙って行くことにしたのだ。 神泉苑に行くと、自然と落ち着くから。 その昔、神子が龍神を呼ぶ場所であったそうだから。 神気が漂っていて、心地好くいられる場所だからかもしれない。 だが、その場所ですらも、どんよりとした、重い空気が流れている。 少しずつ改善されているけれども、まだまだだ。 ゆきは神泉苑近くまで来て、天海の気が大きくなるのを感じた。 近くにいてくれている。 敵で、倒さなければならない相手であることは、間違いないというのに、こうして傍にいることを感じると、安心してしまう。 深呼吸をすると、ゆきは天海をより近くに感じることが出来た。 ゆきに対して何も仕掛けて来ないということは、今はただ見守ってくれているのだろう。 ゆきは天海の優しい気を感じながら、神泉苑近くを歩く。 すると、美しい花嫁行列と出会った。 白無垢に身を包んだ花嫁は、息を呑むぐらいに、清らかで美しい。 晴れの日に、堂々としているようだ。 白無垢。 何故だか、特別な花嫁衣装のような気がする。 誰の色にも染まっていないから、あなた色に染めて下さい。 そんな願いが込められているから、ゆきは特別だと感じずにはいられない。 本当にキラキラと宝石以上に輝いているように見える。 いつか、あのように美しい花嫁になれたら。 愛するひとのために。 ゆきはそこまで考えてしょんぼりと泣きそうな気持ちになった。 ゆきの愛するひとは、神様だから。 このように結ばれるということはないのだ。 結ばれることが出来ないひと。 そのひとのために花嫁衣装を着ることはないのだ。 ゆきは切ない苦しみに胸が、キリキリと痛むのを感じずにはいられない。 神様だからというだけではなく、天海は、たいせつな仲間たちの宿敵でもあるのだから。 そこまで考えると、ゆきは哀しくなった。 余りにもハードルが高過ぎる恋なのだ。 どうしようもないぐらいの高さで、到底、乗り越えることが出来ないのではないかと、ゆきは思わずにはいられなかった。 花嫁行列を見送った後、ゆきは寂しい笑みを無意識に浮かべていた。 寂しくもノスタルジアを感じさせる風が吹き抜けてゆく。 ゆきはふと寂しい笑みを浮かべると、もう一度歩き出そうとした。 すると、目の前に優美なあのひとが見えた。 「白き龍の神子……。こんな場所でおひとりで、何をしているのですか……?君がひとりで、このような場所にいたら、八葉たちは余り良い気持ちにはならないのではないですか。そもそも、かれらが君をひとりにするとは思えませんが……」 天海は相変わらず穏やかな笑みを唇に浮かべて、ゆきを優しい眼差しで見つめている。 こんなにも優しい目差しを向けることが出来るひとが、本当の意味で、悪いひとのようには、ゆきには到底、思えなかった。 「……ひとりになりたかったの……。私もひとりになって考えたいことがあるんだよ……」 「……解っていますよ……。君の気持ちは……」 天海は、ゆきの気持ちなど、総て細部に渡って解っているかのような瞳で、見つめてくる。 総てを見通す異瞳が、ゆきの心を総て見通しているようだ。 「……そうだよね、天海は神様だから、私が考えていることなんて、お見通し、だよね」 ゆきは言いながら、ほんのりと頬を赤らめながらも、苦々しい笑みを浮かべてしまう。 きっと身の丈に合わない恋心をぶつけているとでも、思っているのだろう。 それは悲しい真実であるから、しょうがない。 だが、天海は意外なまでに、切なそうな瞳を空に向けた。 その横顔は苦悩しているようにすら見えた。 神様だから、悩むことなどないのではないかと、勝手に思っていた。 神様だから、感情なんて難しいものなど、ありはしないと、勝手に決めつけていたのかもしれない。 ゆきは天海をじっと見つめる。 「……天海は何でもお見通しなんだよね……」 ゆきの再びの問に、天海は苦しげに首を横に振った。 「……、いいえ……、愛しい子……。私は、君の本当の心だけが見えません……」 「天海………」 ゆきは天海の想像出来ない言葉に、目を見開いて思わず息を呑む。 神様だから、何でもお見通しだと思っていたのに。 「……何をそんなに驚いているのですか?」 「……天海は……、神様だから、私の心とかは、お見通しだと思ってた……」 ゆきが素直に思っていたことを天海に伝えると、フッと微苦笑する。 「……確かに私は神ですが……、君の気持ちだけは……、分からないのです……」 天海は珍しく美しい顔に困惑の表情を浮かべている。 その表情がとても苦しそうで、ゆきは胸が傷む。 「……私のことだけ……ですか?」 ゆきはそれが不思議でならない。 どうして自分だけなのだろうか。 「……ええ……。君だけなのですよ、愛しい子……。君のことなら何でも知りたいのですけれどね……」 天海は自嘲気味に笑う。 どう答えて良いのかが分からなくて、ゆきはただ天海を見た。 「……私も天海のことが一番知りたくて、一番分からないよ」 ゆきが素直に自分のことを言うと、天海は少しホッとしたように笑った。 こんなに人間臭い神様は、天海だけかもしれない。 長い時間、人の世にいたからかもしれない。 「……ところで、ゆき、君はどうして神泉苑へ?」 「……さ、散歩に」 散歩は間違いない。ただし、天海の面影を探した散歩ではあるのだが。 「……そうですか。おひとりで珍しいですね」 「ひとりで出掛けたかったんですよ……」 「それで、良き事はあったのですか?」 「はい」 天海とばったり出逢えたことが、ゆきにとっては最も良い事だ。 「どのようなことなのですか?」 ゆきは答に困ってしまう。 まさか天海とこうして話をしていることだとは、言えなかった。 「……し、白無垢姿の花嫁さんを見ました!」 「花嫁……?」 「とても綺麗で、私もいつかああなりたいと思いましたよ」 嘘ではない。本当の気持ちだ。 「……そうですか。君が白無垢をお召しになりたいのならば、着いてきなさい」 天海はようやくゆきの気持ちが解ったと思ったのか、笑顔になる。 ゆきは天海にしっかりと手を握りしめられると、二条城へと連れていかれてしまった。
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