*恋着*

前編


 毎日、怨霊の封印を少しずつ頑張ってクタクタになるが、それでもその後には楽しみがある。

 宿の温泉と、後は少しずつではあるが着物を縫うこと。

 ミシンを使った裁縫ならばよくやっているが、手縫いになると、慎重になってしまい、つい時間がかかってしまう。

 この時代の灯は、今のように明るいものではないから、細かい仕事をするにはむいてはいない。

 時折、縫目が綺麗にいかないこともある。

 だが、完成したものを受け取った時に、大好きなひとが喜んでくれたら、ゆきはそれで良いと思っていた。

 大好きなひとが着てくれている姿を想像するだけで、ゆきは幸せな気持ちになれた。

「ゆき、まだやっていたのかよ。いい加減にしないと、明日に応える」

 従姉の都が心配そうにゆきを見つめてくれている。

 最近、ゆきの体調が芳しくないことを、薄々、気付いているのだろう。

 ずっと隠してはいるが、段々酷くなるせいで、隠しきられないところまできているようだった。

 くらくらすることもある。

 だが、どうしても、高杉の為に着物を完成させてあげたかった。

 冷たいふりをして、狂気のふりをした、本当は誰よりも優しい人。

 ゆきのこともクールに装いながらも、いつも守ってくれているひと。

 八葉の務めだと言いながらも、それを越えたところで守ってくれている大好きなひと。

 そのひとに報えることと言えば、こうして着物をプレゼントすることぐらいしか浮かばない。

 ゆきは、自分の出来るこっをやって、何とか恩を返そうと思っていた。

「ゆき、手伝おうか?」

 都はきっと見兼ねたのだろう。瞳がそう語っている。

「有り難う、都。だけど大丈夫だよ。やっぱりこれは私だけで頑張って作って渡したいって思うから」

 話しているうちに恥ずかしくなってしまい、ゆきは耳朶まで真っ赤になりながら俯いた。

「そっか……。ゆきにそこまで思われて、バカ杉は幸せだな」

 都がわざと“バカ杉”と言った端々に、何処かくすぐったい友情を感じた。

「気に入ってくれないかもしれないけれど、やっぱり高杉さんにはきちんとお礼をしたいから……」

「そっか……」

 好きになって貰えなくても良いから。

 ただ、高杉に礼だけは尽くしたかった。

「ちょっと肩がこったかな。少し、お庭で気分転換をしてくるから」

「解った。気をつけて」

「うん。有り難う」

 ゆきは頷くと、着物を丁寧に畳んだ後、庭に出ることにした。

 庭でも見て、少しリラックスをすれば、また着物を縫う作業も捗ることだろう。

 ゆきは庭に出て、躰を思い切り伸びをした。

 こうしていると、根を詰めていた躰から緊張が優しくほぐれてくる。

 柔らかな月の光を浴びていると癒される。ゆきは月光を浴びながら、心が次第にほぐれてくるのを感じた。

 月光は、とても厳かで厳しいところもあるが、優しいところもある。

 まるで高杉みたいだと、ゆきは思った。

 月にはいつも見守ってくれている、そんな優しさがある。

「ゆき、そんなところで何をしているんだ」

 低い帝王のようによく響く声に振り返ると、高杉が縁側に立っていた。

 咎める風はなく、ただ優しいまなざしをこちらに向けてくれていた。

「外は随分と冷えてきている。お前は迂闊だからな。夜露で風邪を引いたらどうする? もう部屋に戻って休め」

 口調はいつもどおりに厳しいけれども、まなざしが甘く優しい。

「有り難うございます、高杉さん。直ぐに部屋に戻ります。気分転換をしていただけですから。だけど、もう少しだけ、この月を眺めていたいんです。綺麗だから」

 ゆきはにっこりと微笑むと、月を見上げた。

 今宵の月は満月には少し足りなくて、それでも美しくて、ゆきは思わず見惚れてしまう。

 不意に高杉の気配をとても近くに感じる。

 ゆきが振り返ろうとした瞬間に、いきなり背後から抱きすくめられた。

 息が出来なくなるぐらいに腕の力が強くて、ゆきは思わず呼吸を止めてしまう。

「……ゆきっ……! 何処にも行くなっ……!」

 高杉の切ない声が胸に響く。

 切なくて、苦しくて、美しくて、ゆきは泣きそうになった。

 こんなにも感情に切迫している高杉を見るのは、初めてだった。

 ゆきは躰の前に回された高杉の手をそっと取って握り締める。

 そばにいる。

 高杉のそばにいたい。

 何処にも行かないから。

 そんな想いを指先に滲ませて、ゆきはしっかりと握った。

「……高杉さん、私は何処にも行きませんよ……」

 ゆきは甘い切なさに胸が圧迫されるのを感じながら、高杉の想いを受け入れる。

「……出来る限り、お前と一緒にいたい……」

「私もそう思っています」

 ふたりでずっと一緒にいたい。

 このままずっといられたら良いのにと、思わずにはいられない。

 ゆきは高杉と心を重ねると、ただじっと瞳を閉じた。

「……お前がかぐや姫のように見えた」

「私は月には帰りませんよ……。ずっと高杉さんのそばにいます。出来る限り……」

「有り難う、ゆき。俺もお前のそばに……」

 ずっとと言いかけたのだろうか。高杉は言葉を澱ませる。

 解っている。

 互いに命を削って闘っていることを。

 だが、それでもずっと一緒にいたいと、思わずにはいられない。

 暫く、ふたりでじっとしている。

 厳かな月光を感じていりだけで、ゆきは幸せだった。

 

 ゆきは今夜も高杉に贈る為の着物を縫う。丁寧に慎重に縫い上げているせいか、かなり時間がかかってしまっているが、そのお陰で綺麗に仕上がってきている。

「これで玉留めをしたら、完成っ!」

 ゆきは嬉しさとホッとして、ゆきはホッと息を吐いた。

 ゆきは高杉の着物を広げて、達成感の余りに、声をあげる。

 よくよく見ると、ガタガタなところもあるけれども、それでも全体的には満足いく出来上がりだった。

 ゆきは嬉しくて、満面の笑顔をつい浮かべてしまう。

 こんなにも綺麗に縫い上げることが出来て、本当に嬉しかった。

 高杉に早速着て貰いたい。

 高杉の体型に応じて綺麗に裁断をして貰ったが、それでもちゃんと丈にあっているかが、不安だった。

 高杉は宿に戻って来てくれているだろうか。

 長州のひとだから、わざわざ宿を取る必要はないというのに、こうして一緒にいてくれる。

 それが嬉しい。

 ゆきは着物を持って、高杉を探す。

 宿の廊下を歩いていると、高杉の姿を見掛けた。

 その姿を見掛けるだけで、ゆきは胸が熱くなる。

 大好きなひと。

 誰よりも大切なひと。

 恋には疎くて、恋愛がどのようなものであるかを、ずっと知らなかった。

 それを教えてくれたのが、まさか異世界のひとだなんて思いもよらなかった。

 生まれた環境が全く違う、接点なんて有り得ないふたりであるというのに、こうして奇蹟のように出会えた。

「ゆき、夜に慌ててどうした?」

「高杉さんを探していたんです」

 ゆきははにかみながら言うと、ごく自然な上目遣いで高杉を見つめた。

「俺を? 何かあったのか?」

「あ、あのっ、き、着物が出来たので」

 ゆきが緊張しながら言うと、高杉はフッと笑った。

「見せて貰っても構わないか? お前が作った力作」

「はいっ! 勿論っ!」

 高杉に畳んだ着物を見せると、更に甘い笑みをくれる。

「こんなところで見るのもなんだからな。部屋に来い」

「はい」

 高杉が使っている部屋に入るなんて、緊張し過ぎてしまいどうすれば良いかが解らなくなる。

 ゆきはただ、鼓動のスピードを増していた。





モドル ツギ