*恋着*

後編


 高杉の部屋に呼ばれるなんて、ドキドキしてしまう。

「今日はサトウは遅くなるからな。ゆっくりしていって貰っても構わない」

「有り難うございます」

  高杉とふたりきりになることは、今までで何度もあったが、こんなにも緊張してしまうのは、今までで初めてだった。

 高杉が寝起きをする部屋に二人きりでいるからだろう。

 息が浅くなるぐらいにドキドキしてしまう。

 ゆきは縫い上げた着物を握り締めながら、つい固くなってしまう。

 どうしてこんなにも緊張してしまうのだろうかと、自分でも思ってしまう。

「そんな部屋の端にいなくても良いだろう。こちらに来い」

 高杉の低くてよく響く声に、ドキドキとときめきを感じながら、ゆきはついモジモジとしてしまった。

 大好きな男の人の前では、どうして良いのかが分からなくなってしまう。

 必要以上にカチカチになっている自分を感じながら、ゆきはそっと高杉に近付いた。

「高杉さん、着物が縫えたんですけれど……、あの、体型にきちんと合っているのかを、合わせたいんですけれど……」

 たった一言を言うだけで、ゆきは堪らないぐらいに緊張してしまう。

 ドキドキし過ぎて、このままでは卒倒してしまうのではないだろうかと、つい思ってしまったほどだ。

「ゆき、構わない」

 高杉はいつもの冷徹さなどは全く見せずに、時折、静かに甘い笑みを浮かべながらゆきを見つめてくれた。

 高杉の優しさを感じずにはいられなくなる。

 ゆきは少し震える手で、高杉の肩に着物を掛ける。

「高杉さん、袖を通して頂いても構わないですか?」

「ああ」

 高杉を着物に袖を通す。

 何気ない仕草なのに、ゆきはそれだけでロマンティックな気分になった。

 高杉は、ゆきが着物を肩に引っ掛け易いようにする為に、僅かに屈んでくれた。

 さり気ない仕草がなんて素敵なのだろうかと、思わずにはいられない。

 ゆきは高杉の広い肩と背中をじっと見つめながら、こんなにも幸せだと思う。

「高杉さん、少し立って頂いても構わないですか。裾丈を見たいんです」「ああ」

 高杉が立派に立ち上がると、寸法はちょうど良いのことが解った。

 それだけでも飛び上がるぐらいに嬉しい。

 きちんと縫えたことが嬉しかった。

「寸法があったから良かったです」

「……ぴったりだな」

 高杉はフッと微笑みながら、ゆきを見つめる。

 優しさが滲んだ高杉のまなざしにゆきは胸がいっぱいになった。

「きちんと着物を洗って、アイロン……、……あ、着物の皺を取るもので皺を取りますね。そうすれば部屋着ぐらいにはなると思いますから」

「俺はこのままでも構わないが」

 高杉の甘さの滲んだバリトンの声変わり響き、ゆきはつい笑顔になる。

「流石にこのままではダメですよ。綺麗にしたいですから」

 大切なひとが着るものだから、綺麗にしてあげたいと思う。

 それは愛しているひとには当然のことだ。

「……解った。綺麗に仕上がるのを楽しみにしている」

「はい」

 ゆきは笑顔で力強く答えると、高杉から着物を脱がせようとした。

 しかしその手を、高杉が握り締めて止めてしまう。

「高杉さん?」

「もう少し、着物を着ていたい。構わないだろう?」

 高杉は気に入ったとばかりに柔らかく微笑んでくれる。

 その笑顔で高杉が本当に気に入ってくれていると感じられて、ゆきは嬉しかった。

「解りました」

 一生懸命縫った着物を高杉が着てくれている。

 ここまで頑張ったかいがあると、ゆきは思った。

 我ながらではあるのだが、高杉によく似合っていると思う。

 高杉は雰囲気も男らしくて背も高いから、どのような和装もスッキリと素敵に見えるのではあるが。

 ゆきがうっとりと高杉を見つめていると、突然、背後から抱き締められた。

「……高杉さん……」

「……有り難う、ゆき。本当に」

 高杉に抱きすくめられて、ゆきは幸せで胸が切なく高鳴るのを感じた。

 高杉の男らしさと温もりが感じられて、恋をしていることを実感させられる。

 鍛えられた胸の筋肉は鎧のように硬くて美しいのに、優しい温もりを感じた。

 この瞬間だけは幸せで、ゆきはずっとこの時間の幸せを閉じ込めていられたら良いのにと思う。

 こうしてふたりで温もりを共有しているだけで、ゆきは何もいらなかった。

「ゆき……」

 低い声。

 最初は低過ぎて、恐ろしいと思っていた声だが、今はこの上なく優しい声なのではないかと、ゆきは思う。

 大好きな声だ。

 この声で名前を呼ばれるだけで、ゆきは満たされる。

 高杉の腕の中で、くるりと躰を回転させられると、大きな手で頬を包み込まれる。

 いつもは剣を片手に、ひとを守っている大きな手のひら。

 だが今は、こうしてゆきの心ごと優しく包み込んでくれている。

 優しい手のひら。

 高杉の精悍さと甘さが同居した魅力的な顔がゆっくりと近付いてくる。

 ゆきは緊張しながら、ゆっくりと目を閉じる。

 厳しい日常を生きているから、せめて今は甘い瞬間を感じていたい。

 ふたりの顔がそっと近付き、唇が重ねられる。

 甘いのに何処か切ない感じがするのは、やはり厳しい日常を生きているからだろう。

 ゆきも高杉も、命を削りながら、志を貫こうとしている。だからこそ、こうしてキスという一瞬に、甘い夢を重ねようとしているのかもしれない。

 ふたりは重ねるだけのキスを何度も行い、互いの温もりを感じる為にしっかりと抱き合う。

 ゆきはこのまま時間が止まってしまったら良いのにと思わずにはいられなかた。

 唇を離した後、ゆきは頬をほんのりと赤らめながら高杉を見つめた。

「この着物にぴったりの帯がいりますね」

「ああ、それなら心当たりがあるから大丈夫だ」

「はい」

 こうして羽織っているだけではなく、きちんと高杉が着物を着た状態を見たいと思う。

 ゆきはそれが楽しみでしかたがなかった。

 

 翌日、宿の女将に着物の洗濯方法を訊いて、ゆきは朝から張り切って洗濯をして干した。

 きちんと皺をピンと伸ばして干せば、皺なんて綺麗になくなると聞かされて、ゆきは驚いた。

 やはり今の衣服は皺に成りやすいようになっているのだろう。

 洗濯を干してから、ゆきは張り切って今日やるべきことをする。

 皺なく出来上がるのが楽しみでしょうがなかった。

 

 宿に帰ると、早速、着物を取り入れに行くと、皺なんて綺麗に何処かにいってしまっていた。

 ゆきは嬉しくて、きちんと畳んだ後で、着物の匂いを嗅ぐ。するとお日様の匂いがして気持ちが良かった。

 夕食後、ゆきは高杉のところに着物を手渡しにゆく。

 緊張しながら障子戸を叩くと、高杉が直ぐに出てきてくれた。

「高杉さん、着物です」

「有り難う。良い帯も見つかったから早速、着させて貰う。有り難う。少し、待っていてくれ」

「はい」

 ゆきは障子戸の前で高杉を待つ。

 着替えを待つのがこんなにも楽しみでドキドキするなんて、ゆきは思ってもみなかった。

 ドキドキしながら甘い緊張を抱いて待っていると、高杉が障子戸を開けた。

「ゆき」

 低い声で言われて、ゆきは一瞬、ピクリとする。

 障子戸の向こうには、着物の見事に着こなしている高杉が、嬉しそうに穏やかな微笑を浮かべて立っている。

 きなりのシンプルな生地と渋い帯。とても合っていて、ゆきはついうっとりと見つめてしまう。

 着物が世界一のもののようにすら思ってしまった。

「有り難う、ゆき。凄く気に入った」

 高杉は甘い優しさを滲ませながら呟くと、ゆきを部屋の中へと誘う。

 そのまま抱き締められて、キスのご褒美を受ける。

 涙が零れ落ちてしまうほどの幸せを感じながら、ゆきは高杉に心を重ねて、そっと目を閉じた。





マエ モドル