1
長州藩邸では、小さな騒動が持ち上がっていた。 それは決して深刻な騒動ではなくて、高杉が一方的に迷惑を被っているだけなのだが。 「高杉、殿も、お前のことを心配していたぞ。いつになったら結婚をして落ち着くのかと。殿は、お前の破天荒さを、芝居だとは気付いてはいながらも、身を固めないことを心配されている」 桂の言葉に、その言葉をそっくりと返してやると思いなからも、高杉はポーカーフェイスで聞いていた。 「俺はまだ身は固めん。そんな浮わついたことよりも、大儀を果たすことが、大事」 高杉がキッパリと言い切ると、桂は苦笑いをする。 「そんなことぐらいは解っている。だが、神子殿が相手ならば、お前も身を固めるかもしれんが、一応は、殿のお言葉を伝えなければならんと思ってな」 「ああ……」 不意に桂が、藩邸の玄関先を見つめる。 「賑やかな雰囲気だな?神子殿がやってきたようだ」 神子殿と聞いて、高杉はドキリとする。 ここのところは、藩の仕事が忙しくて、八葉の務めが疎かになっていた。 同時に、ゆきと過ごす時間がほとんどなくて、内心、寂しいようなイライラするような複雑な感情を、高杉は抱いていた。 だから素直に、ゆきが訪ねてきてくれたのは、嬉しかった。 高杉は柄にもなくときめいてしまう自分に、苦笑してしまう。 恋とは摩訶不思議だと、思わずにはいられない。 ゆきがニコニコと明るく笑いながら、高杉の前に現れた。 相変わらず、愛らしさと子どもらしさを全開させている。 こうして見ていると、まるっきり子どもなのに、ふと見せる表情が、とても大人びていて、高杉をドキリとさせる。 子どもなのに。 だが、高杉にここまでの感情を抱かせたのは、ゆきだけだった。 「こんにちは、高杉さん、桂さん」 「神子殿、息災そうでなにより。高杉に逢いに来たのだろう?宜しく頼む」 何が宜しく頼まれなければならないのかが、ゆきには分からなくて、きょとんとしているようだった。 桂が気遣ったのか、立ち去った後、ゆきとふたりきりになってしまう。 恥ずかしいのか、ゆきはうっすらと頬を紅に染めている。 それがとても可愛くて、高杉はつい穏やかな表情を浮かべた。 「高杉さん、お忙しいですか?今」 「いいや、大丈夫だ」 高杉がいつもと同じようになるべく落ち着きを払って言うと、ゆきはホッとしたように、花のように笑った。 その表情の愛らしさに、高杉はドキリとさせられた。 子どもじみた表情である筈なのに、とても魅力的で何処か大人びたところもある。 高杉はつい夢中になって見つめてしまう。 本当に愛らしくて、このまま抱き締めてしまいたくなった。 だが、甘くて切ない幸せが滲んだ感情に何とか蓋をして、高杉はゆきをいつも通りに見つめた。 見つめているだけで、どうしてこんなにも恋愛感情が高まってくるのだろうか。 「ゆき、お前は何か用があってここに来たのか」 「用がないと、いけませんか?高杉さんに逢いたかったから……」 はにかみながら、正直に話してくれるゆきが、可愛くてしょうがない。 こんなに素直な気持ちを見せつけられると、高杉も嬉しくなってしまう。 だが、それを表情にうまく表せない。 「ここにいては、執務の邪魔になる」 「……そうですよね……」 先程までは、あんなにも明るくて花のような表情をしていたのに、ゆきがしょんぼりと泣きそうな顔になる。 同時に、申し訳なくなさそうな反省する表情めた浮かべていた。 「……ごめんなさい……。帰りますね……」 ゆきは項垂れたままで、高杉の顔も見ようとせずに、そのまま帰ろうとする。 帰してはならない。 高杉は咄嗟にゆきの腕を強く取った。 「一緒に外に出るぞ!」 「え、え、た、高杉さんっ!」 ゆきが戸惑うのも構わずに、高杉はゆきを藩邸の外へと引っ張ってゆく。 ゆきは切なそうなのにとても甘くて艶のある表情を浮かべながら、高杉についてゆく。 高杉がゆきの小さな手を握りしめると、ギュッと握り返してくれる。 それが愛しくて、高杉はそのまま華奢な躰を抱きすくめたくなった。 愛しさに歯止めが利かなくなる。 ゆきを見つめているだけで、このまま連れて何処かへ逃げたくなる。 「高杉さん、何処に行くのですか?」 「散歩」 「散歩!」 ゆきは驚いたように目を見開いたが、高杉にはそれしか思い付かなかった。 「お前は俺と散歩をする。ただそれだけだ」 「はい」 先程までの切なくて哀しそうな表情はどこ吹く風で、ゆきは嬉しそうに笑っている。 そんな顔をされると、高杉は胸が高まってゆくのを感じた。 まるで初めて恋を知った初々しい若者のようにしか見えない。 いや、本当の恋をしたのは、これが初めてなのかもしれない。 高杉はそれに気付いて戦いてしまう。 まさか。 この年にして、初めてちゃんとした恋が出来るなんて、思ってもみなかったのだ。 戦きながらも、恋を知って良かったとも思う。 高杉はてれくさくなり、目の縁を真っ赤にさせながら、ゆきをまともに見られなくなった。 しかも、ゆきを離したくはないからと、こんなにもしっかりと手を繋いでいるのだ。 こんな風にしたのは、ゆきが初めてかもしれない。 照れ臭い。 だが、ゆきとは手を離したくはない。 「高杉さん、見てください、花嫁さんですよ」 ゆきは立ち止まると、その咲きを見つめる。 高杉も同じ方向を見つめると、そこには白無垢を着た、美しい花嫁があるいて。 ゆきと同じ年齢ぐらいの花嫁だ。 ゆきはうっとりと憧れるように花嫁を見つめている。 高杉は、花嫁よりも、それを見つめるゆきの横顔を見つめていた。 さぞかしゆきの白無垢姿は美しいことだろう。 高杉はつい想像してしまい、うっかり照れてしまう。 ゆきの白無垢姿の横には、自分がいたいと、高杉は痛切に願った。 白無垢姿のゆきは、自分だけのものにしたいと、高杉は思わずにはいられない。 独占欲が心の奥底から沸き上がってきた。 ゆきを自分だけの花嫁にしたい。 願い事はそれだけだ。 「ゆき、白無垢が好きなのか?」 「何色にも染まっていないてすから、本当に綺麗でしょう?」 「……いつか、着たいのか……?」 高杉が優しく落ち着いた眼差しでゆきを見つめながら言うと、愛しい神子は耳までまっかになっていた。 「……そ、それは、いつか……大好きなひとと……」 ゆきが全身が真っ赤になりながら、可愛らしく呟く。 ゆきの大好きなひと。 それが自分であれば良いのにと、高杉は思わずにはいられない。 ゆきの白無垢はが今見たい。 高杉にはそんな衝動に駈られてしまう。 高杉はゆきの手を更に強く握り締める。 「……ゆき、白無垢が着たいのなら、着いてこい」 「……あ、えっ!?」 ゆきは困惑しながらも、高杉についてゆく。 ゆきを自分だけのものにしたい。 ゆきに自分の子どもができたら、こんなにも嬉しいことはない。想像するだけで、高杉はほんのりと目の回りを紅くしてしまう。 総てをなし終えた暁には、ゆきと子どもと一緒に暮らすのも悪くないと思った。 命があるのであれば……。 |