*白無垢しぐれ*


 ゆきを一人占めにしたい。

 そんな気持ちが強かったからこそ、白無垢を着せたいと思ったのかもしれない。

 桂の知人がやっている、貸衣裳家へと、高杉は向かう。

 化粧なども総て手配をしてくれるから、ゆきを綺麗な花嫁行列変身させることが、出来るだろう。

 ゆきの白無垢姿は、一度きちんと見ておきたかった。

 この眼にしっかりと焼き付けておけば、いつでも思い出すことが出来る。

 ゆきとは、いずれは離れ離れにならなければならないことは、解っている。

 だからこそ、それがあっても、幸せな姿をいつまでも心に焼き付けていられるように。

 高杉はゆきをこの瞬間に、しあわせな姿で閉じ込めておきたかった。

 

 高杉の前で白無垢姿になる。

 緊張してしまうが、とても幸せだ。

  だが、高杉は綺麗だと言ってくれるだろうか。ゆきにはそれだけが不安だ。

 ゆきは高杉の横顔を見る。

 相変わらずのポーカーフェイスだ。

 何を考えているのかが、全く分からない。

 だが、少なくとも楽しみにしてくれているなら良いのに。

 ゆきは切ない恋心をやんわりと滲ませた瞳で、高杉を見上げた。

「もうすぐだ」

「はい」

 高杉がギュッと手を握りしめてくれる。

 そこから、優しさが感じられて、ゆきはつい微笑んだ。

 白無垢は、そのひとの色に染められたいという、花嫁の心を表したもの。

 それを高杉の目の前で着られるのだから、幸せだ。

 本当なら、高杉色に染められたい。

 だがきっと、それはハードルが高い。

 高杉とこれからもずっと一緒にいたいが、それがむつかしい以上、この瞬間だけでも良いから、高杉色に染まりたかった。

 高杉が入った店は、瀟洒で美しい大きな店だった。

 ゆきは何だか着物のブティックにでも来たような気持ちになり、楽しくなる。

「高杉様、お待ちしておりました。さあ、こちらにお越し下さいませ」

 店主はわざわざ姿を見せると、高杉を迎え入れてくれる。

 高杉が行く先を、ゆきはただ着いていった。

「ようこそ、高杉様。こちらの方が白無垢をお召しになるんですね」

 ゆきを見つめて、女性たちがにっこりと笑ってやってくる。

 ゆきが戸惑うのも構わずに、女性たちは奥の部屋へとゆきを連れて行く。

「私たちで、化粧と着付けをさせていただきますよ

「ありがとうございます」

 ゆきは礼を言うと、お任せすることにした。

 これ程までに歓待して貰えると、きっと素晴らしくしてもらえると思えた。

「高杉さん、行ってきますね」

「ああ。後でな」

 高杉がクールに見送ってくれるのを、笑顔で受けとると、ゆきは白無垢の着付けに入った。

 かなり緊張してしまう。

 高杉と結婚しないにも関わらず。

 結婚式なんてどれほど緊張してしまうのだろうか、想像出来ないぐらいだ。

「さて、あなた様を最高に綺麗にさせて戴きますね」

「ありがとうございます。お願いします」

 ゆきが頭を下げると、女性は恐縮してしまう。

「本当に綺麗にするのが楽しみになるぐらいですよ」

「私も楽しみです」

 ゆきが笑顔を向けて言うと、女性は腕によりをかけて、ゆきを綺麗にしてくれた。

 白無垢というのは、本当に重い衣裳だったが、そんなことが気にならなくなる

 ゆきは着付けが進む度に、心が澄んでゆくような気がした。

 化粧も独特な和風にされる。

 だが、その姿も、透明感があり、ゆきは嬉しかった。

 清らかな雰囲気で、高杉の前に立つことが出来る。

 高杉には、いつまでも清らかな自分を、見て欲しい。

 その想いを、ゆきは白無垢姿に籠める。

「まあ!なんて綺麗な花嫁さんでしょう」

 使用人にゆきを心から誉めたら、照れてくさい。

「ありがとうございます」

 ゆきは嬉しさのあまり、鳴きそうにはりながらも笑顔になった。

 

 ゆきの着替えを待ちながら、高杉は妙に緊張していた。

 結婚するわけではないのだが、それぐらいに緊張しているのは事実だ。

 こんなに甘くて興奮するぐらいに緊張するのは初めてだ。

 ゆきの白無垢姿はさぞかし美しいだろう。

 いつか。

 総てが終わり、時間が許されるのであれば、ずっと一緒にいたい。

 穏やかな時間を過ごすことが許されるのであれば、ゆきと二人で新しい時間を紡いでみたい。

 それが見果てぬ夢であることは、高杉が一番よく解っている事なのであるが。

 だから。

 泡沫でも良いから。

 春の桜のように儚くて良いから。

 高杉はゆきの花嫁姿を、自分だけのものにしたかった。

 こんなにも美しい一瞬を閉じ込めておきたかった。

 戯れなのてはなくて、ゆきを一瞬の幸せな光景の中に、閉じ込めておきたかった。

「高杉様、お支度が終わりましたよ」

 店のものの声がして、高杉はドキリとする。高杉は胸が少年のように高まるのを感じながら、ゆきを待つ。

 今までとは違う緊張に、高杉は落ち着かなくなる。

ゆきが武家の妻になる。

 異世界からやってきたゆきには、きっと想像は出来ないだろうが、高杉にとっては甘くて幸せな未来像だった。

 あの意思の強さならば、きっと立派に務めあげることが出来るだろう。

 武家の妻を。

 想像するだけで、高杉は緊張し過ぎて、どうにかなりそうだった。

 こんなことは、誰にも見せられないし、話せはしないのだが。

 ゆきが静静とこちらにやってくる。

 名前の通りに、真白の雪のように清らかな美しさを放っている。

 本当に美しくて、高杉は思わず見惚れてしまう。

 魂が吸い寄せられてしまうぐらいに。

「……高杉さん……」

 ゆきの表情はよく見えなかったが、はにかんだ華やかな美しさを放っている。

 本当に綺麗だ。

 このままゆきを連れて、何もかも捨ててふたりだけでひっそりと暮らすことが出来たら良いのに。

 だが、それはとても難しいこと。

 今はやるべきことをやらなければならない。

 だからこそ。

 このひとときを大切にしたいと、高杉は思わずにはいられない。

 本当に夢のように美しいゆきを、記憶の中に閉じ込めておこう。

 本当に綺麗なゆき。

 やがて、二人の運命は分かたれるのは解っているから。

 だからこそ、この瞬間を大切にしたいと、高杉は思う。

「……ゆき」

 高杉が手をさしのべると、ゆきは、幸せそうに笑いながら、その手をしっかりと取っ手くれる。

 ゆきを見つめると、大きな澄んだ瞳に涙を溜めている。

 美しすぎて、高杉は暫くは、ゆきしか見えなかった。

 じっと見られているのが照れ臭くて、高杉はここから離れなければならないと思う。

 この近くなら、神社もあるから、そちらに行けば良い。

 目立つことこの上ないが、それよりも、静かな場所で、ゆきを見つめたかった。

「ゆき、行くぞ」

「あ、は、はいっ」

 高杉はゆきの小さな手を思いきり握りしめると、貸衣裳屋から小走りで出た。

 神社は歩いて直ぐだ。

 高杉は一瞬だけ目立つのはしょうがないと思いながら、走る。

 このまま、連れ去りたい。

 ふたりだけでひっそりと暮らしたい。

 だが、その想いが叶わないことぐらいは、高杉が一番よく解っていた。

 

 高杉が無言のままで手を取って走っている。

 いつものように身軽なスタイルではないから、ゆきはオタオタとしながらも、ついて行く。

 ただついていこうと、決めていた。

 そのほうが幸せであることを、ゆきは解っていたから。

 もう少し。

 もう少し強く手を握って欲しいと思いながら。





マエ モドル ツギ