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だいたい、イジワルな恋人を世界で一番愛してしまった時から、背伸びをしている自覚はある。 大好きなひとがこの世界にやって来てくれたことが、ゆきにとっては幸せで、愛し、愛されていることを肌で感じられた出来事であるけれども、やはりまだ、不安は付きまとう。 大好きなひとは、本当に素敵で魅力的で、これ以上ないのではないかと思うぐらいに素晴らしいと思う。 大人で魅力的な女性が放っておかないだろう。 それぐらいに素敵なのだ。 だから、ゆきは時折、自信がなくなってしまうのだ。 大好きなひとがもっと魅力的なひとに心を奪われてしまったとしたら。 ゆきにとっては、それが最も重いことなのだ。 確かにこの世界には、ゆきのために、新しい自分を自由に選択するために、来てくれた。 それは心から感謝している。 この世界に来て、大好きなひとは、瞬く間に自らの力で居場所を確保し、地に足をつけてしまった。 だから余計に、この時空で、他に好きなひとが出来るのではないかと、不安になってしまうのだ。 本当に泣きそうな気分だ。 だが、しょうがないのだ。 大好きなひとはそれだけ素晴らしいひとなのだから。 ゆきは自分に言い聞かせるしかないと思ってしまう。 複雑な気持ちなのは、とみに自信がないからかもしれなかった。 小松とは、最近、全くと言って良いほどに、デートをしてはいなかった。 ゆきはまだ大学生、小松は社会人なのだからしょうがない。 ゆきが時間があったとしても、会社を経営している小松は忙しくて全く時間がない。 だからこそ、ゆきは切なくなる。 逢えないことは理解しているつもりではある。 だが、あくまで頭で理解をしているだけなのだ。 あくまで頭でだ。 感情はといわれてしまえば、全く理解をしていないと言っても良い。 本当にそんなレベルなのだ。 メールや電話を、毎日のようにやり取りをしているが、それでも足りない。 やはり逢って話がしたい。 逢って抱き締めたい、抱き締められたい。 そんな想いが、悶々と胸を支配する。 ゆきは溜め息すら吐いてしまう有り様だ。 今日は折角の休みなのに、小松には逢えない。 それがつまらないし、重い。 いつものようにサイドアップにはせずに、髪を無造作に下ろして、白いパーカーにショートパンツなんて、カジュアルなスタイルにして、ゆきは近所のコンビニにおやつを買いにいった。 休日のデートの約束を意識して、ドキドキしながら待つ余りに、友達との約束を殆ど入れていない有り様だった。 休みの当日に、小松から連絡があるかもしれないと、つい考えてしまうからだ。 だから休日はつい携帯電話を意識してしまう。 いつでも誘われたいから。 だが、小松が当日にゆきを誘うということはなかった。 それがやはり苦しいのだ。 もう、当日に小松から誘われることなんてないだろうと、ゆきは半ば諦めて、今日は思いきりカジュアルにしていた。 足元なんてモコモコブーツだ。 ゆきがコンビニから自宅に向かって歩いていると、ハイブリットカーにもたれ掛かっている小松を見つけた。 思わず立ち止まってしまう。 やはり小松は、非の打ち所がないぐらいに素敵だ。 「ゆき、買い物?」 小松が透明感のある艶やかな声で、ゆきに声を掛けてきた。 「おやつを買いに。新作のチョコレートですけれど」 「秋だからね」 小松はスマートにさらりと言うと、ゆきをじっと真っ直ぐ見つめてくる。 ドキドキし過ぎて、どうして良いかが解らない。 ゆきは動けなくなってしまった。 「時間はある?」 「はい」 「じゃあ、今からふたりで出掛けよう。おいで」 小松はゆきにサッと手を差し伸べてくれる。これを取らない手はないではないか。 まるでお姫様にでもなったような気分で、ゆきはしっかりと小松の手を取った。 ギュッと強く握り締められると、胸がきゅんと鳴るぐらいに甘い気持ちになる。 ロマンティックで、ゆきはついうっとりと見つめてしまう。 「さあ、どうぞ。昼食は?」 「まだです」 「だったら、ちょうど良いでしょ。チョコレートなんて、後からいくらでも食べられるから」 「はい」 小松は車のドアを開けると、ゆきを紳士らしくエスコートしてくれた。 小松の前だと、お姫様のような気持ちになれるのと同時に、切なくも卑屈な気持ちにもなる。ちゃんと釣り合いが取れているのかどうかと、つい考えてしまうからだ。 車に乗り込むと、自分のカジュアルさに、恥ずかしくなってしまう。 ゆきはつい小さくなってしまう。 「急にで申し訳ないね。仕事が立て込んでいて、なかなか時間が取れなかったからね。今日はゆっくり出来るよ」 「有り難うございます。帯刀さんと久し振りにご一緒出来て嬉しいです」 「それは良かった」 ゆきは素直に嬉しさを笑顔で表現をする。すると小松もまた笑顔で返してくれた。 それが嬉しい。 ついゆきも笑顔で返してしまう。 小松の笑顔を見るだけで、ゆきはとっておきの幸せを感じることが出来た。 「何処か行きたいところはある?」 「そうですね。落ち着いた和を感じられる所が良いです」 「そう。だったら、鎌倉でも行こうか?」 「嬉しいです!」 本当は何処だって良い。小松と一緒にいられるのならば。 小松はフッと微笑むと、ステアリングを握り締めた。 小松とデートなんて久し振りだから、ゆきはつい幸せなドキドキを感じてしまう。 小松の横顔を見つめているだけで、本当に幸せだ。 ゆきはつい笑顔になった。 鎌倉に入ると、湘南の海が見えてきた。 とてもキラキラしていて美しく、ゆきはつい子供のような笑顔を浮かべた。 本当に幸せだ。 小松といるだけで幸せな気分になれる。 ゆきは本当に小松が大好きでしょうがないことに気付いた。 車は静かに、立派な日本家屋にはいって行く。 見ているだけで、敷居が高そうだ。 車はゆっくりと駐車スペースに入った。 「さ、着いたよ。ゆき。ここの料理はなかなかだよ」 「有り難うございます」 小松は車から素早く降りると、助手席側のドアを開けてくれる。 「どうぞ」 「あ、有り難うございます……」 小松にエスコートをされて車を降り立つ。 するとすぐに家屋から店のものが出てくる。 ゆきを見るなり、値踏みをするような視線を向けてきた。 ゆきは、今更ながら、自分が普段着過ぎる格好をしていることに気付く。 小松とも、この店とも、釣り合わなくて、ゆきは気後れしてしまった。 |