*愛するということ*


 小松に本当に愛されているのかが、不安になることがある。

 この世界にやってきてくれた、ゆきの最愛のひと。

 持ち前の冷静さと行動力で会社を立ち上げて、一流に手が届くまでに成長させてしまった。

 相変わらずの手腕で、ゆきは驚かずにはいられない。

 小松が、会社を合理的に運営をして大きくしている間、ゆきは自分が何をしていたかを振り返る。

 ただ学生をして、成人しただけではないかと、ゆきは思った。全く何もしていない。自分でも情けなくなってしまうぐらいに。

 ゆきは小松に対しても、何もしていないのではないかと、思う。

 小松はゆきを、時には意地悪に、時には優しく、愛してくれる。

 それを少しも返せていない自分に気づいてしまう。

 こんなにも不甲斐ない恋人だと、小松が愛想を尽かしてしまうのはしょうがないと思った。

 ゆきは不安で堪らなくなる。

 こんなにも苦しい。

 だが、ゆき自身がどうして良いのかが分からなかった。

 どうすれば、小松に再び愛されるのかと、そればかりを考えてしまう。

 

 小松からの連絡がない。

 忙しいからだとは思ってはいる。

 ゆきからは、しつこくない程度にはメールをしている。

 本当は、毎日でもメールをしたいけれども、そうすると、小松に迷惑がかかるのではないかと思って、しないようにしている。

 逢いたい。

  だが、メールの返事はないし、かといって会社に押し掛けることも出来ない。

 ゆきは、もう連絡をしたくないぐらいに、愛想を尽かされてしまったのではないかと、思ってしまう。

 ひとりでいても、悶々としてしまう。

 小松に恋をして、ひとを愛する本当の意味を知って、大人の女性にして貰った。

 ずっと一緒にいて、人生を供に歩むひとと思っていた。

 だが、最近、小松と過ごす時間が減って、未来がそんなに明るくはないのではないかと、ゆきは思わずにはいられない。

 なるべく気にしないでおこう。

 連絡がないことも、小松のことも。

 一方的なメールももう送信しなくても構わないのではないかと、ゆきは思う。

 そのほうが、小松には迷惑がかからないだろう。

 ゆきはそんなことばかりを、ぼんやりと考えてしまっていた。

 

 特に予定はないから、ゆきは大学の友人と買い物に来ていた。

 ゆきには少し背伸びをしている街を闊歩するのも楽しい。

 大人で知的な女性が似合う街。

 ゆきは歩いているだけで、幸せな気持ちになる。

 この街には、小松の会社がある。

 ゆきにとっては、緊張する空間だ。

 この町を歩いていたら、小松に出逢えるだろうか。

 小松にほんの一目で良いから、ゆきは逢いたいと思っていた。

 忙しくしているのだろうか。

 それとも、体調が悪いのだろうか。

 町に出るだけでも、小松のことばかりを考えてしまう。

 ゆきは、小松が近くにいると考えるだけで、視線で愛しいひとを探してしまう。

 「わあ!やっぱり素敵な大人の女性と男性のカップルが多いね。憧れてしまう!」

 まだまだ大学生も、恋に恋する時期だ。

 友人がロマンティックな恋に憧れているのを、ほほえましく思いながら、ゆきは視線を向けた。

 その視線の向こうには、小松と見慣れない美しく知的な女性が、仲睦まじく寄り添うように歩いているのが見えた。

 ゆきは、胸が締め付けられて息が出来なくなる。

 苦しくて、どうして良いのかが分からなかった。

 息が出来ないから、総てが止まってしまったのではないかと、ゆきは思ってしまう。

 小松と女性は素晴らしいぐらいにピッタリだ。

 ふたりは寄り添うために、生まれてきたのではないかと思うぐらいに、互いのピースがピッタリとはまった。

 ゆきの居場所なんて、何処にもないぐらいに。

 最初から小松の隣は、彼女が約束されていたのではないかと思うぐらいに。

 本当に、ふたりはピッタリ過ぎるぐらいにピッタリとはまっていた。

 だから、最近、小松からは全くアクションがなかったのだろう。

 自分からは連絡をしないようにしていたのかもしれない。

 ゆきは、その事実をしっかりと受け入れなければならないと、思う。

 大好きなひとを、自分に縛り付けることなんて、ゆきには出来なかった。

 だから解放してあげよう。

 そんなことを考える。

 昔の自分なら、かなりのワガママな娘であったから、受け入れることは出来なかった。

 だが、今は違う。

 ゆきも、様々な試練を乗り越えて、強くなり、心も広くなった。

 なにも出来なかったワガママな部分は、鳴りを潜めている。

 だからこそ、ゆきは、こうして小松の変化を受け入れなければならないと、自分自身に言い聞かせることが出来た。

 ゆきはふたりを切ない気持ちで受け入れることにした。

 

「ゆき、どうしたの?」

 友人が、ゆきの変化に気づいたのか、声を掛けてきた。

「大丈夫だよ。知り合いに似ているって考えてただけなの」

「知り合い?」

「人違いだよ」

「そうなんだ」

 話題はそこで終わり、友人たちとゆきは、また、明るい話題にシフトしてゆく。

 友人の前でわざと笑うのは慣れているから、ゆきは難なくやり過ごすことが出来た。

 

 家に帰り、部屋でひとりになると、ゆきは溜め息を大きく吐いた。

 何だか気持ちが重くて、次に何もする気が起こらなかった。

 ゆきはただ静かに、部屋で籠ってしまう。

 小松と美しい女性の影が、瞼の裏に焼き付いて離れない。

 苦しい。

 だが、こんなことで、弱くなっては駄目だ。

 ゆきは、一人きりであることを良いことに、声を圧し殺して泣いた。

 こうして泣けば、誰にも迷惑を掛けることはないだろうから。

 ゆきはそれだけを胸に、小さな声で泣く。

 泣いても、泣いても、気持ちが治まるはずはなくて、ゆきは目が腫れ上がるぐらいまで、泣き続けた。

 携帯電話をみても、相変わらず小松からの連絡はまるでなく、ゆきは重苦しい気持ちになった。

 そんなものなのだ。

 小松の気持ちは、もう、自分にはない。

 ゆきはそれだけは覚ると、小松に自分からはもう連絡をしないことを、決めた。

 本当に用があるのならば、恐らくは小松からの連絡があるだろうから。

 本当に鬱陶しいと思っているのであれば、小松は連絡をしては来ないだろう。

 ゆきはそう思って、自分からは連絡をするのを、やめてしまった。

 

 小松と連絡を絶ってから、間も無く2週間が経過する。

 その間に、小松からの連絡は一切ない。

 ゆきは、もう自分たちの恋は、終わってしまったのだということを、理解した。

 大好きで大好きでたまらなかったひとだから、諦めるのは大変だし、初めて様々な恋情を教えてくれたひとだから、傷は中々深い。

 次の恋はまだまだ難しかった。

 だから今は、友人たちと、青春を、大学生活を楽しむことにする。

 時間が流れれば、少しずつ、気持ちが落ち着いてくるだろうから。

 ゆきはそれだけを思った。

 

 今日は友人たちとお茶をして帰ろうかと思っている。

 ゆきが楽しくおしゃべりをしながら、キャンパスの門を、潜ろうとした時だった。

「ゆき!!!」

 名前を呼ばれて前を見ると、そこには小松がいた。

 





モドル ツギ