1
小松に本当に愛されているのかが、不安になることがある。 この世界にやってきてくれた、ゆきの最愛のひと。 持ち前の冷静さと行動力で会社を立ち上げて、一流に手が届くまでに成長させてしまった。 相変わらずの手腕で、ゆきは驚かずにはいられない。 小松が、会社を合理的に運営をして大きくしている間、ゆきは自分が何をしていたかを振り返る。 ただ学生をして、成人しただけではないかと、ゆきは思った。全く何もしていない。自分でも情けなくなってしまうぐらいに。 ゆきは小松に対しても、何もしていないのではないかと、思う。 小松はゆきを、時には意地悪に、時には優しく、愛してくれる。 それを少しも返せていない自分に気づいてしまう。 こんなにも不甲斐ない恋人だと、小松が愛想を尽かしてしまうのはしょうがないと思った。 ゆきは不安で堪らなくなる。 こんなにも苦しい。 だが、ゆき自身がどうして良いのかが分からなかった。 どうすれば、小松に再び愛されるのかと、そればかりを考えてしまう。 小松からの連絡がない。 忙しいからだとは思ってはいる。 ゆきからは、しつこくない程度にはメールをしている。 本当は、毎日でもメールをしたいけれども、そうすると、小松に迷惑がかかるのではないかと思って、しないようにしている。 逢いたい。 だが、メールの返事はないし、かといって会社に押し掛けることも出来ない。 ゆきは、もう連絡をしたくないぐらいに、愛想を尽かされてしまったのではないかと、思ってしまう。 ひとりでいても、悶々としてしまう。 小松に恋をして、ひとを愛する本当の意味を知って、大人の女性にして貰った。 ずっと一緒にいて、人生を供に歩むひとと思っていた。 だが、最近、小松と過ごす時間が減って、未来がそんなに明るくはないのではないかと、ゆきは思わずにはいられない。 なるべく気にしないでおこう。 連絡がないことも、小松のことも。 一方的なメールももう送信しなくても構わないのではないかと、ゆきは思う。 そのほうが、小松には迷惑がかからないだろう。 ゆきはそんなことばかりを、ぼんやりと考えてしまっていた。 特に予定はないから、ゆきは大学の友人と買い物に来ていた。 ゆきには少し背伸びをしている街を闊歩するのも楽しい。 大人で知的な女性が似合う街。 ゆきは歩いているだけで、幸せな気持ちになる。 この街には、小松の会社がある。 ゆきにとっては、緊張する空間だ。 この町を歩いていたら、小松に出逢えるだろうか。 小松にほんの一目で良いから、ゆきは逢いたいと思っていた。 忙しくしているのだろうか。 それとも、体調が悪いのだろうか。 町に出るだけでも、小松のことばかりを考えてしまう。 ゆきは、小松が近くにいると考えるだけで、視線で愛しいひとを探してしまう。 「わあ!やっぱり素敵な大人の女性と男性のカップルが多いね。憧れてしまう!」 まだまだ大学生も、恋に恋する時期だ。 友人がロマンティックな恋に憧れているのを、ほほえましく思いながら、ゆきは視線を向けた。 その視線の向こうには、小松と見慣れない美しく知的な女性が、仲睦まじく寄り添うように歩いているのが見えた。 ゆきは、胸が締め付けられて息が出来なくなる。 苦しくて、どうして良いのかが分からなかった。 息が出来ないから、総てが止まってしまったのではないかと、ゆきは思ってしまう。 小松と女性は素晴らしいぐらいにピッタリだ。 ふたりは寄り添うために、生まれてきたのではないかと思うぐらいに、互いのピースがピッタリとはまった。 ゆきの居場所なんて、何処にもないぐらいに。 最初から小松の隣は、彼女が約束されていたのではないかと思うぐらいに。 本当に、ふたりはピッタリ過ぎるぐらいにピッタリとはまっていた。 だから、最近、小松からは全くアクションがなかったのだろう。 自分からは連絡をしないようにしていたのかもしれない。 ゆきは、その事実をしっかりと受け入れなければならないと、思う。 大好きなひとを、自分に縛り付けることなんて、ゆきには出来なかった。 だから解放してあげよう。 そんなことを考える。 昔の自分なら、かなりのワガママな娘であったから、受け入れることは出来なかった。 だが、今は違う。 ゆきも、様々な試練を乗り越えて、強くなり、心も広くなった。 なにも出来なかったワガママな部分は、鳴りを潜めている。 だからこそ、ゆきは、こうして小松の変化を受け入れなければならないと、自分自身に言い聞かせることが出来た。 ゆきはふたりを切ない気持ちで受け入れることにした。 「ゆき、どうしたの?」 友人が、ゆきの変化に気づいたのか、声を掛けてきた。 「大丈夫だよ。知り合いに似ているって考えてただけなの」 「知り合い?」 「人違いだよ」 「そうなんだ」 話題はそこで終わり、友人たちとゆきは、また、明るい話題にシフトしてゆく。 友人の前でわざと笑うのは慣れているから、ゆきは難なくやり過ごすことが出来た。 家に帰り、部屋でひとりになると、ゆきは溜め息を大きく吐いた。 何だか気持ちが重くて、次に何もする気が起こらなかった。 ゆきはただ静かに、部屋で籠ってしまう。 小松と美しい女性の影が、瞼の裏に焼き付いて離れない。 苦しい。 だが、こんなことで、弱くなっては駄目だ。 ゆきは、一人きりであることを良いことに、声を圧し殺して泣いた。 こうして泣けば、誰にも迷惑を掛けることはないだろうから。 ゆきはそれだけを胸に、小さな声で泣く。 泣いても、泣いても、気持ちが治まるはずはなくて、ゆきは目が腫れ上がるぐらいまで、泣き続けた。 携帯電話をみても、相変わらず小松からの連絡はまるでなく、ゆきは重苦しい気持ちになった。 そんなものなのだ。 小松の気持ちは、もう、自分にはない。 ゆきはそれだけは覚ると、小松に自分からはもう連絡をしないことを、決めた。 本当に用があるのならば、恐らくは小松からの連絡があるだろうから。 本当に鬱陶しいと思っているのであれば、小松は連絡をしては来ないだろう。 ゆきはそう思って、自分からは連絡をするのを、やめてしまった。 小松と連絡を絶ってから、間も無く2週間が経過する。 その間に、小松からの連絡は一切ない。 ゆきは、もう自分たちの恋は、終わってしまったのだということを、理解した。 大好きで大好きでたまらなかったひとだから、諦めるのは大変だし、初めて様々な恋情を教えてくれたひとだから、傷は中々深い。 次の恋はまだまだ難しかった。 だから今は、友人たちと、青春を、大学生活を楽しむことにする。 時間が流れれば、少しずつ、気持ちが落ち着いてくるだろうから。 ゆきはそれだけを思った。 今日は友人たちとお茶をして帰ろうかと思っている。 ゆきが楽しくおしゃべりをしながら、キャンパスの門を、潜ろうとした時だった。 「ゆき!!!」 名前を呼ばれて前を見ると、そこには小松がいた。
|