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小松が目の前にいる。 しかも、いつも以上に冷たくて険悪な表情をしている。 これにはゆきは目を見開いて、ただ呆然と見つめるしかなかった。 小松がこうしてゆきの大学までやって来ることはなかった。 しかもこんなにも怒りを滲ませた小松は初めてなのかもしれない。 ゆきは、小松の怒りを感じて、その場から動くことが出来なかった。 ただ呆然としてしまう。 「……ゆき、随分と待ったよ」 小松はかなりイライラしている。 こんなにもイライラしている小松を見るのは、かなり久し振りだった。 最近、小松への一方的なメールを止めたから、約束も何もしてはいないのだが、かなり以前に約束をしたのかと、ゆきは思い出そうとして首を捻った。 しかし、何も思い浮かばなかった。 「……ゆき、来なさい」 小松は強い調子で言うと、人目を気にすることなく、ゆきの腕をいきなり強く取った。 「……え、こ、小松さんっ!!」 ゆきが戸惑うのも構わないとばかりに、小松はぐんぐんと腕を引っ張ってゆく。 こんなにも切迫感のある小松を見たことはなくて、ゆきは驚きを隠せない。 そのまま小松の車に強引に乗せられる。 ゆきは、なされるがままで、これからどうなるかすらも分からなかった。 車に乗り込むと、いきなり発車する。 小松の横顔を見つめると、怒っているのがよく解る。 どうして此ほどまでに怒っているのが、ゆきには理解出来なかった。 ずっとほったらかしにされていたのは、ゆきのほうだというのに。 何度もメールを送っても、返事をくれなかったのは、小松のほうなのに。 どうして怒るのかが、分からない。 ゆきは段々理不尽ではないかと、腹が立ってきた。 ゆきが同じように怒るのならともかくだ。 「……小松さん、約束もしていないですし、小松さんが一方的に怒る意味が分かりません」 ゆきがキッパリと言い切ると、小松は更に不機嫌な顔をする。 こんなにいわれのない怒りをぶつけられると、ゆきも切なくなる。 「……何度も、メールをしても、返事をくれなかったのは、小松さんです。小松さんに電話をしてもお忙しいからと思って、電話もなかなか出来なかった……。せめて、メールの返事を頂けたらって何度も思いました。そのうち、メールも一方的にしても、迷惑だろうと思って、止めたんですよ……」 ゆきは話していて、切なくなるは、腹が立ってしまうやらで、泣きそうになった。 「……小松さんは、大人で綺麗な女の人に会えても、私には会う時間はないのかなって思いましたし……。そうだったら、それも仕方がないのかなって、思いましたが……」 ゆきは自分で話していて、情けなくなってきた。 声が揺れる。 一方的に言うと、涙がこぼれ落ちてくる。 こんなに泣きそうになるなんて、思ってもなかった。 チラリと横を見ると、小松は呆れ返るような顔をしている。 それが何だか小憎たらしくなる。 「……降ろして下さい……」 ゆきが唇を噛み締めると、小松はステアリングを持たない手で、手をギュッと握り締めてきた。 「君を降ろすわけがないでしょ!?」 小松は魅力的な声で、意地悪に呟く。 本当に小松はどこまで意地が悪いのだろう。 ゆきは泣きたくなる。 この意地悪なひとのことを、まだまだ好きなのは事実なのだからしょうがない。 大好きで堪らないのだから、しょうがない。 ゆきは小松に手を握られると、安心感とときめきが同時にやってくるのだ。 だからイジワルだろうが、小松からは離れることは出来ないのだ。 これ以上のイジワルをされたら、それこそ泣き出してしまうだろう。 だが、離れられないだなんて、よほど好きなのだろうと、自分自身で呆れ果ててしまうのだ。 「ゆき、今日は何か予定はあるの?」 「今さら訊くのですか?」 「そうだよ。だけど、私は今日、君を離す気は全くないからね……。君に大切な予定があろうがね。私の用が最優先だから」 小松はゆきの手をしっかりと握りしめる。 これほどまでに強く手を握り締められると、ゆきは小松に心から求められているのではないかと、錯覚してしまう。 「大切な用は男なんですか?」 「私の家に来れば解るよ。今は、それしか言えないよ」 「今も二人きりですから、お伝え頂いても構わないかと思います」 ゆきがわざと慇懃に言っても、小松には全く通じなかった。 「ここでは、私よりも君が嫌だと思うよ。私の家が最適だよ」 小松はそれ以上は何も言わずに、運転に集中してゆく。 ゆきは話しかけても、もう、小松の自宅に到着するまでは、何も話しては頂けないと思い、黙っていた。 見なれた風景になり、ゆきは小松の自宅が近いことに気付いた。 小松が運転するハイブリッドカーが、静かに駐車場に入った。 車が停まると、ゆきは車から出されて、いきなり手をきつく握られた。 「行くよ、ゆき」 小松はゆきをそのまま自宅へと、引っ張っていった。 家に入るまで、小松は全く無言だった。 本当に機嫌の悪いひとのようだ。 実際に、かなり機嫌が悪いのは、確かだとゆきは思った。 小松の自宅に入ると、ゆきはいきなり抱き上げられた。 「え、え、あ、あのっ! 小松さんっ!?」 ゆきが戸惑うことも気にせずに、小松はリビングへと向かう。 明らかにいつもの小松とは違っていた。 小松は、ゆきを腕から下ろしてソファに座らせる。 その横に小松が腰を掛けた。 「君と一緒にいると、私はドSになるのは間違いない。責任を取ってくれるの?」 小松は冷たくて意地悪な目付きでゆきを睨み付けると、いきなり抱きすくめてくる。 責任と言われても、こちらこそ取って貰いたいとすら、ゆきは思った。 「……責任って……」 別れて欲しいということだろうか。 それだったら、泣きそうなぐらいに辛い。 ゆきは涙目で、小松を見上げる。 すると、いきなり深い角度でキスをされる。 舌を深く入れられて、水音を大きく立てられるようなキスをされる。 舌を絡めて、何度も口腔内を愛撫されて、ゆきは頭の中が痺れてきた。 深く熱いキスに、ゆきは我を忘れそうになる。 何度も角度を借りてキスをされて、ゆきはキスだけで躰が蕩けてしまうかと思った。 小松がくれるキス以外は考えられない。 ゆきは無意識に、愛する小松を抱きしめていた。 息が出来なくなるぐらいまで激しくキスをされた後、ゆきはぼんやりとした顔を小松の硬くて広い胸に埋めることしか出来なかった。 「……ゆき、解ってる? これだけじゃ、足りないな……。君がもっともっと欲しい……。解るよね? この意味?」 小松は甘い媚薬のような声で囁いてくる。 意味は解るし、ゆきはこの媚薬に溺れたくなる。 だけど危険だ。 このまま溺れてしまえば、小松に本心を訊けなくなってしまう。それは嫌だ。 小松が額に優しいキスをしてくる。 この優しさは反則だ。 ゆきはどんどん流される自分に気付く。 小松に抱き上げられ、瞼にキスを受けると、もう逆らうことなんて出来やしなかった。
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