*新たな誓い*

前編


 小松はかなり多忙を極めている。

 新しい時代の、新しい国作りの為に、奔走している。

 ゆきもその傍らに寄り添っている。

 なるべくそばにいて欲しいという、小松の希望があるからだ。

 本来、小松のような地位の男は、正妻を本宅に住まわせるのが習わしのようだが、新しい時代であることもあり、ゆきは、小松の赴く先に、ついて行く。

 今は、新しい国作り制度を安定させるために、大坂に来ている。

 ゆきの知るところの、廃藩置県を行ったからだ。

 大坂は、京や江戸と並ぶ重要な場所であるから、小松にその場所を託されたこともあった。

 小松の仕事は、大坂を安定させるために、地域の長として様々な政治的決断と動きをする、府事管理だ。

 今で言うと、知事のような仕事なのだろう。

 そう考えると、小松はやはり凄い男なのだと思う。

 これが終れば、小松は海軍の整備にいよいよ着手しなければならない。

 本当に、新しい時代を切り開いていくということは、並々ならぬ努力がいるのだと、ゆきは改めて思った。

 傍らで見ていて、小松のために自分が出来ることはないのかと、ゆきは探さずにはいられない。

 政治的な表舞台に立つことは、ゆきにはもうない。

 もちろん、そのつもりもないからだ。

 

 今夜も小松は遅くまで仕事をしてから、帰宅した。

 ゆきは、小松を真っ先に玄関先まで迎えにいった。

「おかえりなさい、帯刀さん」

「ただいま、ゆき」

 小松はホッとしたように優しい笑みを浮かべる。ゆきの気持ちもホッとする。

 だが、小松がこのまま倒れてしまったらどうしようかとも思う。

「小松さん、お食事出来ていますよ。ゆっくりされて下さい」

「有り難う」

「お疲れではないですか?」

 ゆきは心配のあまりに、泣きそうな表情を浮かべてしまう。

 本当に小松が心配でしょうがない。

「大丈夫だから、そんなに心配しないの。君がいるだけで、随分と気持ちが楽だからね」

 小松は甘く笑うと、ゆきの手を握り締めてくれた。

 ふたりで食事が用意されている居間に向かう。

 ゆきは既に食べてしまったので、小松が食べるのを見るだけだ。

 小松と住んでいる場所は、政府から支給された住宅だ。

 きちんと奉公人もいる。

 仮住まいにしては立派なところだった。

 大坂の阿波座。

 そこが何処かは皆目検討はつかないが、河口の近くで、小松が仕事に通うには、良いところだった。

 小松が食事をするのを、ゆきは付き合う。この時間が、大好きだ。

「ゆき、仕事で神戸に行くから、一緒に来なさい」

「はい!」

 こちらの神戸も素敵だと聞いている。ゆきは楽しみの余りに、つい笑顔になった。

「後、二ヶ月後に、江戸に戻ることになったから。今度は海軍を整えなければならないからね」

「はい」

 本当になんて忙しいのだろうかと、ゆきは思う。

 小松が身体を壊してしまわないかと、本気で思った。

「無理をされないで下さい」

「大丈夫だよ。君の世界にいた、私よりも、ずっと頑強だからね。心配しないの」

「はい」

 ゆきが、余りにも心配そうな顔をするからか、小松は困ったような笑みを浮かべた。

「君は本当にしょうがないぐらいに可愛いね」

「え……?」

 小松はいきなり抱き寄せると、ゆきを強く抱き締めてくる。

 そのまま甘くキスをされて、ゆきはドキドキして、真っ赤になった。

 甘い感覚に、ゆきは胸がせりあがってしまうぐらいに、ドキドキしてしまった。

 呼吸が難しい。

 小松は、ゆきの反応を楽しむかのようにクスリと笑ったあと、ふわりと抱き締めてきた。

 甘くて緊張し過ぎて、どうして良いのかが分からない。

「本当にいつまで経っても、君の反応は初々しいね。一生どころか、永遠に飽きることはないんだろうね」

 小松はどこまでも幸せなように呟いた。本当に楽しそうで、もちろん、ゆきも楽しくなってしまう。

 こんなに幸せなことは他にはないのではないかと、思わずにはいられない。

「……さてと、君とたっぷり甘い時間を過ごさせて貰わないとね……」

 小松は楽しそうに少し危険な甘さで囁くと、もう一度、ゆきの鼻の頭に唇を寄せた。

 その甘さに、ゆきは更にドキドキせずには、いられなかった。

 

 風呂が終わり、白い寝間着に袖を通すと、ゆきはいつも甘い感覚に襲われる。

 ゆきにとっては、最も甘い緊張が走り抜ける瞬間なのだ。

 寝具は二組用意されているが、いつも一組の寝具を使って、一緒に眠る。

 こうして、小松の最もそばにいられるからこそ、ゆきはときめかずには、いられなかった。

 そして、どのように過酷な移動があっても、頑張れる。

 ゆきにとっては、小松さえいればそれで良いのだ。

 それ以上の幸せはない。

 小松と、心で、そして身体で愛し合うことが、ゆきにとっては、何よりも幸せな時間だった。

「……帯刀さん、余り無理はしないで下さいね」

「本当に心配性だね、君は……。大丈夫だから、そんなに気にしないの。良いね」

「はい」

「君とこうしてふたりでいられることが、私には一番の幸せなんだからね」

「はい。私もですよ。帯刀さんと一緒にいることが、一番の幸せなんですよ」

「それは、私もそう感じているよ」

 小松は唇をゆっくりと合わせてくる。甘いキスに、ゆきは再び酔いしれていた。

 

 翌朝、ゆきは、小松と一緒に神戸に向かった。

 移動時間を短くしたいと、小松は移動手段に船を使った。

 小松だからこそ、出来る移動手段なのだろうと、ゆきは思った。

 徒歩で行くよりも、ずっとずっと早い。

 それにとても快適だ。

 気持ちが良くて、ゆきは船が好きだ。

 江戸から大坂に移動する時も、船に乗った。これもまた素敵だった。

 帰りも船旅になるかと思うと、かなりワクワクしていた。

 いよいよ神戸に船が着く。

 まるでちょっとした新婚旅行のような気分で、ゆきは嬉しかった。

 小松が手を取ってくれ、ゆきはゆっくりと、神戸の町に降り立った。

 神戸は、横浜のように、異国のような発展が始まっている。

「ゆき、どうしても連れて行きたい場所があるから楽しみにしていて」

「はい。有り難うございます」

 ゆきは、そこがどこなのだろうと、本当に楽しみながら待つことにした。

 小松が連れていってくれる場所。

 そこはきっと素敵な場所に違いない。

 ゆきはそう確信を持っていた。

 甘い、甘い経験を楽しみにしながら、期待に胸を弾ませて、ゆきは神戸の町に降り立った。



モドル ツギ