*京都へ*

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 京都で過ごした時間は、本当にあっという間だ。

 ゆかりの場所を小松と共に訪ねるのは、本当に楽しかった。

 小松とふたりで、自分達が過ごした場所と、似たところを探すのが楽しかった。

 同じ世界の過去ではない。

 だから同じ場所でないことは、ゆきにもちゃんと解ってはいる。

 だが、それでも、似た場所であり、同じ名前がついた場所。

 何処かでクロスオーバーしていることなのだろう。

 だからこそ、小松と共に訪ねる意味があるのだと、ゆきは思った。

 異世界でふたりでデートをした場所も、思い出の場所も歩いて回った。

 本当に充実した時間だった。

 いつまでも続いて欲しいと思いながらも、それが叶わないことも知っている。

 続かないからこそ、きっと幸せで楽しい気分が味わえるような気がした。

 京都は勿論都会ではあるが、良い意味で穏やかな時間が残っている。

 ゆきの奥深くに訴えてくれる、静けさややすらぎが滲んでいる。

 ゆきが生活をしている喧騒から離れているのも良い。

 この町にいると、不思議と落ち着くのが解った。

「落ち着く場所に行こうか。少し、静かになりたいね」

「はい」

 小松は、静かになれる場所である、枯山水の庭が素敵な寺へと連れていってくれた。

「庭を見ながら座禅を組んで、瞑想を行えるんだよ。いつも頭を忙しく動かしているからね。からっぽにして、ゆっくりするのも必要でしょ?」

「有り難うございます」

 小松の気遣いを嬉しく思いながら、ゆきは静かに座禅に取り組むことにした。

 頭をからっぽにして無になる。

 きっとリセットするのには有効な手立てなのだろう。

 日頃、かなり忙しくしているから、このような機会はとても素晴らしいと、ゆきは思った。

 ゆきはあぐらを組むと、背筋を伸ばし、何も考えずに、ただ空や風と、木々と、一体になっている気持ちになった。

 とても静かで穏やかだ。

 ゆきはひたすら無になる。

 白を感じた。

 帰ってからも、このような時間を定期的に持つ必要があるのではないかと、ゆきは感じていた。

 瞑想をとく合図に、手が叩かれる。

 ゆきはハッと現実に戻された。

 落ち着いた環境で無心になるのも大切なのだと、ゆきは思う。

 座禅会を終えて、小松とふたりで手を繋いで、京都の町を歩いて行く。

 頭のなかが澄んでいて、より小松を感じられるような気がして幸せだった。

「何だか幸せな気分です」

「私も久し振りに座禅を組んで、頭のなかがすっきりした。整理できたから、スッキリと仕事が出来そうだよ」

「帯刀さんは、本当に仕事がお好きなんですね」

 ゆきがくすりと笑いながら言うと、小松はフッと笑みを唇に湛えた。

「自分の限界に常に挑戦出来る機会だからね」

 小松は清々しく言う。

 清廉という名前に相応しい表情だと、ゆきは思った。

「ゆき、今日はのんびりしようか。明日にはまた日常に戻って行くからね」

「はい」

 この貴重な時間を大切にしようと思う。

 小松とふたりで過ごす時間は、何処を取っても宝物のような時間のだから。

 ホテルに戻ったあと、小松とふたりで京懐石を食べにいく。

 八寸など見た目も味も上品な美味しさを堪能する。

 その上、ライトアップされた庭も素晴らしかった。

 ゆきはじっと庭を見つめずにはいられないほどだ。

「京都の最後の夜に、最高の時間を有り難うございます。とても嬉しいです」

 ゆきが穏やかに話すと、小松もまた柔らかな幸せが滲んだ笑みを浮かべた。

「今回は良い旅だったよ」

 小松は、ふたりきりであることを良いことに、ゆきをのんびりと抱き寄せてくれた。

 小松に穏やかに抱き締められると、ゆきはほわほわとした幸せに満たされる。

 こんなにも甘い幸せを言葉でどのように現せば良いのだろうかと思わずにはいられない。

 ゆきにはほわりとした幸せを感じた。

「綺麗ですね、お庭」

「そうだね」

 返事をしながら、小松は何処か上の空だ。庭のことなど少しも気には止めていないように思えた。

「お庭はお好きではないですか?」

「いや。庭よりも夢中になれるものが他にあるでしょ?」

「え?」

「例えば、私のすぐ近くに……。とかね」

 小松はくすりと笑うと、ゆきの瞳を見つめた。

「それより、君は私よりも庭の方が夢中なの?」

「それは」

 急に話を振られてしまい、ゆきはドキドキしてしまう。

 小松は拗ねるように、ほんのりと怒るような表情をしている。

 ゆきがどうして良いかが解らなくて少しオロオロとしていると、小松は意地悪に笑った。

「冗談だよ。庭を堪能しようか」

 小松は、ゆきの背中を優しく包み込むように、抱き締めてくる。

 こうして抱き締められると、ドキドキし過ぎて、庭を観賞なんて出来ない。落ち着かないぐらいに、ゆきは小松を意識してしまった。

「こうして庭を見るのは最高だね。庭がいつも以上に素晴らしいものだと感じるよ」

「そうですね」

 ギュッと手を握り締められて、ゆきは庭観賞どころでは、なくなっていた。

「……暫く、こうしていても構わないかな?」

「はい……」

 小松と静かに庭を眺める。

 しかもしっかりと温もりを感じるなかで。

 ドキドキしていた鼓動が、甘く落ち着いてゆく。

 ゆきは幸せの甘さに満たされながら、ゆっくりと目を閉じた。

 心のなかでも見事な緑を感じずにはいられない。

 庭の緑を胸に思いきり吸い込んだ。

 こうしていると心が清々しく幸せに満ちてゆくのを感じていた。

 

 食事のあと料亭から出て、駅からほど近いホテルに戻り、京都の旅の最後の夜の残りを過ごすのだ。

 手を繋いで路地裏をほんの少しだけ歩く。

 今の時間だけ、まるで時間が巻き戻ったような気がした。

 穏やかな気持ちになる。

 何も話さなくても、何も考えなくても構わない。

 そんな夜。

 沈黙も会話だと、誰かが言ったが、まさにそんな言葉が相応しい夜だった。

 京都の夜景は、優しい。

「有り難うございました。最高に素敵な夜でしたよ」

「それは良かった」

 小松は穏やかに呟くと、夜空を見上げた。

 今回の京の旅は、ゆきに素晴らしき想いを授けてくれた。

 また、前を向いて頑張れる。

 そう感じずにはいられなかった。

「今回の旅は素晴らしかったです」

「それは良かった。これからも来よう。毎年、ずっと……」

「はい」

 しっかりと結ばれた約束。

 約束は守られるためにある。



マエ モドル