*京都へ*


 ずっと楽しみにしていた、おばんざいの朝食を食べながら、ゆきは何度も小松を見つめてしまう。

 恥ずかしいのだが、ずっと小松を見つめていたい。

 ゆきは強く感じる。

 小松を見つめているだけで、ゆきは充たされた幸せに思わず微笑んでしまう。

 目の前で、静かに食事をしているひとが、世界でゆきを一番よく分かっているひと。

 ゆきの愛するひと。

 それだけで、ゆきは飛び上がりたくなるぐらいに幸福だ。

「どうしたの? さっきから、私ばかりを見つめていて……。そんなに見つめられると、落ち着かないでしょ?」

 小松は溜め息を吐いて、呆れながら呟いた。

「……ご、ごめんなさい」

「君は本当にしょうがないね」

 小松は溜め息を吐いて、ゆきを見た。

 小松の綺麗な指先が、ゆきの頬に伸びてくる。

「ゆき、そんな瞳で、私ばかりを見つめていると、君を益々、離したくはなくなるでしょ?まあ、離す気は、全くないけれどね」

 小松はクスリと官能的に笑うと、ゆきの頬のラインを緩やかに撫でた。

 然り気無い仕種なのに、ゆきのドキドキは止まらない。

「ゆき、ほら、早く食べてしまわなければね。宿を出なければならないからね。ゆっくりと今日も観光をするからね」

「はい」

 今日は、薩摩藩邸跡や、二条城などを見て回ることにしているのだ。

「さあ、しっかりと食べて力をつけようか」

「はい」

 ゆきは、食事に集中しようとするが、目の前の小松にときめき過ぎて、それどころではない。

 小松はクールに食事を淡々と進めていた。

 結ばれた愛するひとと一緒に食事をする。

 本当に幸せ過ぎる。

 幸せが溢れて、ゆきはこれ以上のものはないのではないかと、思わずにはいられなかった。

 これから毎日、小松と朝食を共にしたい。

 小松と朝食の食卓を囲むと言うのは、幸せの象徴なのだと、ゆきは強く実感した。

 これからもずっと小松と朝食を共にしたい。

 出来たら毎日。

 そんなことを言ったら逆プロポーズになってしまう。

 考えるだけで、ゆきは恥ずかしくて、何も言えなかった。

 

 食事の後。

 二人はのんびりと宿を後にする。

 今夜は、京都駅近くのホテルに泊まることになっている。

 荷物はホテルに運んで貰えるように手配をしておいた。

「さてと、今日も色々と見て回ろうか」

「はい」

 ゆきは、小松にしっかりと手を繋がれる。

 小松の大きな手が、とても素敵だ。

 まだ、お腹の奥に小松の熱を感じている。つい数時間前までは、ひとつになって、しっかりと、結ばれていた。

 そのせいか、歩き方もどこか覚束なくなってしまうのだ。

「どうしたの? ずいぶんと歩き方が、可笑しいけれど?」

 小松は理由を分かっているくせに、意地悪にも、訊いてくる。

 ゆきは甘く拗ねながら、わざと小松にそっぽを向いた。

「知りません。小松さんがその理由を一番よくご存じだと思いますけれど」

「……そう? 私は、君の身体が……一番、よく分かっているとは、思っているけれどね」

「知りません」

 ゆきが真っ赤になる様子を、小松はとことんまで楽しんでいるようで、その態度に、益々拗ねてしまった。

「ね、ご機嫌は直してくれないの?お姫様。だから、こうして手をしっかりと繋いでいるのだけれど」

「……あ」

 小松は、いつもよりも、よりゆきのペースにあわせて歩いてくれている。

 きっと、ゆきがいつも以上に躓き易いからだろう。

「ほら、先ずは二条城に行くよ」

「はい」

 先ずはタクシーを使って二条城に向かう。

 今日の観光は、色々な所に行くために、タクシーを利用することにした。

 ただ気ままな旅だから、その都度、タクシーを拾うことにした。

 

 かつて泊まったこともある、二条城。

 ゆきの世界には、天海はいないだろうが、その面影を二条城に感じる。

 ゆきにはとても優しかったひと。

 神様だから、ひとという表現は可笑しいかもしれないが、ゆきにはそれがしっくりときた。

 鶯張りの廊下を歩きながら、ゆきは深呼吸をする。

 天海が本当にすぐ近くにいるのではないかと、ゆきは思わずにはいられない。

 ゆきのために捕らえられた神様。

 ゆきは何度もそれを考えては切ない気持ちになっていた。

「……ゆき」

 小松に名前を呼ばれて、手をギュッと思いきり強く握り締められる。

 その瞬間、ゆきは、我に還った。

「……帯刀さん……」

「ゆき。君が何を考えていたかは解るけれど、私以外の男のことを考えるのは、許さないよ」

 冷たい刃のような声で言うと、小松は更に手を強く握り締めてくる。

「行くよ。次に。時間がおしいからね」

 小松はキッパリと言うと、ゆきを連れて二条城を後にする。

 あの頃と色褪せはするが、変わらない二条城。

 時空が違うから重ね合わせることは出来ないが、とても懐かしかった。

 小松はただゆきの手をしっかりと握り締めて、無言のまま歩く。

 嫉妬?

 そんなものとは無縁に見えるのに、見せてくれた小松を可愛いと思った。

「懐かしいと思いました。違うとは思いますが、あの世界の未来に思えて。私は、あの世界に呼ばれなければ、帯刀さんと逢うことはなかったんだなあと思うと、行って良かったって、考えていました」

 ゆきが素直な気持ちを伝えると、小松はいきなり手を更に強く握り締めてくる。

「君は全く……。本当にここが往来でなければ、そのまま激情に任せてしまうところだよ」

 小松の情熱的な言葉に、ゆきは嬉しくて頬をうっすらと赤らめた。

「さあ、次は薩摩藩邸に行こうか。その後、ゆっくりと食事を取ろうか……」

「はい」

 二条城から今度は薩摩藩邸へと向かう。

 薩摩藩邸跡は私立大学になっていて、いかに敷地が広かったかということを、思い知らされてしまった。

「本当に広かったんですね、お屋敷。私には帯刀さんのお仕事姿とにゃんこの印象しかないです」

「全く、君は何を見ていたの……」

 小松は苦笑いを浮かべたかと思うと、ゆきを真っ直ぐ見つめる。

「君が見ていたのは、私だけ……ということだね」

 小松に指摘されて、ゆきは真っ赤になる。恥ずかしくてしょうがない。

「ゆき、今回の旅行は実り多いものになったね。また、来よう」

「近いうちに?」

「近いうちに」

 ふたりは顔を見合わせて微笑みあう。

「約束、だから」

「そうだね。約束しよう」

 京都に再び旅をする。

 素敵な約束に、ゆきは幸せな気持ちになっていた。



マエ モドル ツギ