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小松がゆきの世界に来てから、もうすぐ三年の月日が流れようとしている。 会社を立ち上げ、順調な経営を行い、今や経済界の寵児とすら呼ばれるようになっている。 その間、ゆきは小松と付き合いを少しずつ進めている。 とはいえ、こちらの世界では、ゆきはまだまだ子どもだから、小松と本当の意味で恋人同士になれたかといえば、そこまではいってはいない。 まだまだ、本当の意味での男女の付き合いには至ってはいないのだ。 それは恐らく、ゆきに気遣ってくれているからだ。 イジワルなこともあるけれど、それはあくまでもゆきをからかっているだけで、本当に優しくて心から愛してくれている。 それは嬉しいけれども、もう少しで良いから、ひとりの女性として扱って欲しいと思ってしまう。 大学の授業が終わり、ゆきはスキップをしたいと思うほど嬉しく思いながら、小松の会社に向かっていた。 週末のデートはいつも楽しみだ。 夜景を見たりして、とびきりのロマンティックをくれるのだ。 ゆきは今日はどんなに素敵なデートになるかと思いながら、小松の会社に向かった。 受付の女性に声を掛けると、直ぐに社長室に通された。 ゆきは顔パスで社長室に入れて貰えるのは、嬉しい。 社長室のドアをノックすると、小松の冷たくて甘い声が響く。 「ゆきです」 「ゆき、入って」 社長室に入ると、小松は相変わらずテキパキと合理的に仕事をこなしていた。 その横には、見慣れない美しい大人の女性がいた。 メイクもきちんとしていて、ハイヒールもよく似合ってとても綺麗だ。 「では宜しくお願いします、小松様」 「解りました」 女性は小松に挨拶をした後、チラリとゆきを見て微笑んだ後、社長室から出ていった。 余りにも美しくて大人の女性で、ゆきは思わずじっと見送ってしまう。 「ゆき、座って少し待っていて。直ぐに仕事が終わるから」 「あ、は、はい」 言われた通りに椅子に腰掛けて、ゆきは小松の仕事ぶりを見つめた。 異世界でも、この世界でも、本当によく働くひとだと思う。 その働きぶりにも隙はない。 仕事を手早く済ませてゆく小松を見るのはとても好きではあるが、その一方で、ゆきは複雑な気持ちにもなる。 まるで自分だけが取り残されているような気持ちになるのだ。 小松がこの世界に早々に順応してしまい、溶け込んでゆく速度と、ゆきが大人になる速度が余りに違い過ぎるのではないかと思ってしまうから。 取り残されている。 そう感じる。 しかも先程のような、キャリアウーマンの美しい女性がそばにいるとなると余計にそう思ってしまう。 「お待たせ、仕事は終わったよ」 小松に声を掛けられて、ゆきはハッとして我に戻った。 「あ、はいっ」 ゆきが慌てて返事をすると、小松は一瞬、目をスッと怪訝そうに細めた。 「どうしたの?」 「何でもないですよ。ついぼんやりとしていただけですから」 ゆきが誤魔化すように笑ったとしても、小松には通じないのは解ってはいるが、ついゆきは誤魔化し笑いをしてしまう。 「さあ行こうか。今日の仕事はこれまでだからね」 「はい」 小松に手をしっかりと握り締められると、そのまま社長室を出る。 小松が車内であからさまに手を握ってくるのはとても珍しいのだ。 まるでゆきを離さないと言うばかりに、しっかりと手を握り締めてくれた。 ゆきはそのまま駐車場まで向かい、小松の車に乗せられる。 無駄のないハイブリッドカー。 小松にはピッタリの車であるのは間違いない。 静かに車が出ると、会社という名のカテゴリーから出ることを、ゆきはホッとしていた。 小松は、カジュアルな和食レストランに連れて行ってくれた。 「和食は落ち着くね、やっぱり。堅苦しくないところも、このレストランが気に入っている理由だよ」 「はい、気軽に和食が楽しめるのは良いですね」 「海外出張の時に、やっぱり和食が恋しくなってしまうからね」 「そうですね。私も留学をしていた時は、和食が何度も恋しくなりました」 ゆきはにっこりと微笑むと、小松と一緒に和食を楽しむ。 素材も良くて、美味しく楽しく食べることが出来る。 ゆきは目の前にいる愛するひとをじっと見つめる。 ゆきの愛するひとは、大人の落ち着きと甘いイジワルさが同居している、とても魅力的な男性だ。 ゆきはずっと夢中になっている。 それゆえに不安になるのだ。 ゆきが魅力的だと考えている相手は、勿論、誰が見ても魅力的である可能性はかなり高いのだ。 だからこそ、本当に自分で良いのかと思ってしまう。 小松をチラチラ見てはときめいている女性は、美しい大人の女性が多いのではないかと、ゆきは思わずにはいられない。 だからこそ余計に惨めな気持ちになってしまうのだ。 ゆきがこんなにも切ない気持ちを抱いているなんて、小松は知っているのだろうか。 ゆきがぼんやりとしていると、小松がいきなり手を握り締めてきた。 「ゆき、どうしたの? 今日はさっきからずっとぼんやりとしているよ。君は元々、よくぼんやりしているけれど、今日はかなり酷いのは気のせいではないよね?」 小松の口調がいつにも増して冷たくなっている。 ゆきは上手く言葉を返せなかった。 小松が言っていることは、何処を取っても、とても正しいことだったから。 「……ごめんなさい。今日は疲れているのかな。いつもよりもぼんやりとしているみたいです」 ゆきは再び誤魔化すように笑った後、デザートに出ている和菓子を頬張った。 だが小松の表情はほんのりと強張ったままだ。 不機嫌だといっても良かった。 どうしてこんなにも不機嫌なのかが分からなくて、ゆきはついビクリとしてしまう。 子供とでも思っているのだろうか。 子供と思われているのが今のゆきには一番痛いことを、小松は解っているのだろうか。 ゆきはぼんやりとそんなことを思っていた。 デザートが終わると、小松はゆきの手を強引に取って歩き出した。 あからさまに苛々として、怒っているのは明白だ。 しかもいつもとは違って、手は乱暴に握られている。 それでも嫌だと思えないのは、きっとそれだけ小松のことが好きだからだろう。 ゆきはただ小松に総てを任せてゆく。 車に乗せられると、いきなり抱き締められた。 そのまま唇を乱暴に重ねられて、ゆきは息が出来なくなる。 小松の舌が荒々しい獣のように口腔内に入り込んできたかと思うと、くまなく愛撫をしてくる。 ゆきの呼吸すらも支配してしまうのではないかと思うぐらいに、激しくくちづけられて、ゆきの頭はくらくらした。 いつもならばもう少しソフトにキスをしてくれるというのに、今日に限っては、小松はかなり激しいといっても良かった。 ゆきは鼓動が激しさを増して、心臓が飛び出してしまうのではないかと思った。 小松に抱き付かなければ、溺れてしまうのではないか。 そんな危惧すら感じてしまった。 ゆきは小松を抱き締めたまま、理性が蕩けてゆくのを感じていた。 ようやくキスから解放されて、ゆきはぼんやりとしながら息を乱している。 「どうしたの!? 今日は他のことばかり考えているんじゃない? 私のことよりも大切なことは何?」 いつもは落ち着いた大人の小松が、珍しく心を乱している。 ゆきは怒らせてしまったことを後悔しながら、小松に本当のことを言う。 「子供の私は小松さんに相応しくないんじゃないかって……」 その瞬間、ゆきは更に激しく抱き締められた。 |