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毎日、夜遅くまで、働いている。 結婚してからずっとこのような生活が続いている。 ゆきは、小松を毎晩、遅くまで待つ。 それはもう、生活の一部になってしまっている。 ゆきは学生で小松は社会人。 それゆえのすれ違いをなくすために、ずっとお互いにそばにいるために、ふたりは晴れて結婚をした。 学生と主婦業を両立する。 なかなか骨が折れることではあるが、ゆきにとっては、楽しい両立だった。 「帯刀さん、遅いな……」 ゆきは溜め息を吐きながら、時計を見る。 もう23時だ。 仕事の一貫での飲み会やパーティは、もうしょうがないと思っている。 小松が、それだけ重責を担っているのだから。 以前の時空でも、小松は大藩の家老だった。 今もそれと変わらないほどの重責を担っている。 家族や生計がかかっているひとたちを引き受ける。 それは多くの命を預かることと同じだということを、小松は誰よりもよく分かっているのだ。 だからこそ、ゆきは小松の仕事への真摯な取り組みを、とても尊敬していた。 だからこそ、ゆきは、小松が仕事漬けであろうが、何も言わないのだ。 そして、仕事をしている小松が、好きだということもあった。 じっと時計を見ながら、ゆきは心配してしまう。 こんなにもワーカーホリックで良いのだろうかと。 それがとても精神的にきつい。 「身体を壊しちゃうよね……」 小松が身体を壊すのが、ゆきには一番切ない。 妻として、夫の健康をきちんとコントロール出来ていないような気がするから。 ゆきは時計を見つめながら、ついうとうととしてしまう。 眠らないようにと、いくら頑張っても、やはり疲れには勝てない。 ゆきはいつのまにか、眠りに落ちていた。 今夜もまた遅くなってしまった。 ゆきが寂しがっていないかと、小松はそればかりが気になってしまう。 ふたりのすれ違いをなくすために、もっとそばにいるために結婚をしたはずなのに、小松の仕事が忙しすぎて、結局は、ゆきに寂しい思いをさせてしまっている。 早めに帰れるように、休日を一緒に過ごせるようにと頑張るが、結局は遅くなってしまう。 小松はゆきに、詫びの気持ちを伝えたくて、出先でお土産を買った。 ゆきに似合うピアス。 名前通りの雪の結晶がキラキラと輝いている、とてもピュアなピアスだ。 小松は幸せな気分で、それを眺める。 ほっこりとした優しい気持ちになれる。ピアス。 ゆきが着けてくれれば、とてもよく似合うだろう。 ずっと見つめていたくなるかもしれない。 それぐらいに素敵なピアスだ。 ゆきがそれをつけている姿を想像するだけで、小松はとても幸せな気持ちになれた。 こんなにも幸せな気持ちが他にあるのだろうかと、思うぐらいだ。 小松は、今夜も遅くなってしまったことを悔やみながら、ゆきの待つ自宅へと向かう。 早く抱き締めたかった。 早くキスをしたかった。 ゆきを抱き締め、自分だけのものだということを、実感することが何よりも幸せだ。 小松はほわほわとした気持ちで、幸せな気分に浸りながら、つい笑顔になった。 小松の辞書に、“ほわほわ”だなんて言葉は、全く見つからないものだった。 だが、今は、ゆきのお陰で、優しい幸せも実感出来るようになった。 それには本当に感謝している。 これ以上ないぐらいに。 小松は、家に待つ幸せを抱き締めるために、家路を急いだ。 自宅にようやくたどり着き、小松はセキュリティを解除して、そっと部屋のなかに入る。 すると、ダイニングテーブルに、突っ伏して眠っている、パジャマ姿のゆきを見つけた。 本当に幸せそうに目を閉じている。 寝顔は本当に幼くて、可愛らしかった。 いつも待たなくて良いと言っている。 ゆきも大学生で多忙なことは解っているのだから。 ゆきはきちんとそれを守ってくれているが、たまにこうして待ってくれている。 待っている日は、午前中に講義がないか、或いは休みの前日だ。 小松に心理的な負担を与えないためにしてくれているのだろう。 それはとても有り難い。 ちゃんと眠るだけにして、小松が罪悪感なども感じないように、配慮してくれている。 それが嬉しいし、幸せだ。 「……ただいま、ゆき。有り難う……」 小松は甘い声でそっと囁くと、ゆきの頬に口付ける。 ゆきの幸せそうな表情に、小松はつい笑顔になる。 そのまま、華奢な身体を抱き上げると、ベッドへと運ぶ。 柔らかくてふかふかとしたゆきの身体に、小松はこのまま抱き締めて眠りたい衝動にかられた。 だが、それはやるべきではないことぐらい、小松は誰よりも解っている。だからこそ、欲望を何とか立ち切るように努力をした。 小松は、つい笑みが、唇と眼差しを綻ばせるのを感じながら、小さなゆきの手に、雪の結晶ピアスが入った、小さな箱を握らせる。 小松はフッと笑った後、後ろ髪を引かれる思いで、バスルームへと向かった。 雨の音がする。 いつのまにか、雨が降り始めたのだろうか。 ゆきはそんなことを考えながら、ゆっくりと目を開けた。 すると手のひらに角ばった感触を覚えた。 「……あ……」 よくみると、小さな白い箱で、ジュエリーが入っているようだった。 「……帯刀さん……」 雨だと思っていたのは、シャワーの音だった。 ゆきは身体をゆっくりと起こす。 するとシャワーの音も消えた。 直ぐにドライヤーの音が聞こえて、小松が帰ってきているのだということが、解った。 小松が寝室に戻ってくるまで、おとなしく待つことにした。 直ぐに小松が寝室にやってきた。 「帯刀さん、おかえりなさい」 「起きたの?」 「はい」 ゆきが返事をすると、小松は僅かに微笑んでくれた。 「帯刀さん、これ有り難うございます」 ゆきはにっこりと笑いながら、小松に箱を見せた。 「開けて良いよ。中身は大したことないけれど」 「有り難うございます」 ゆきは、子供のように興奮しながら、箱を開けた。 するとそこには、雪の結晶がモチーフのピアスが入っていた。 ピュアにキラキラと輝いていて、とても綺麗だ。 ゆきは、ついうっとりと見つめた。 「有り難うございます」 「着けようか?君が着けた姿を見たい」 「はい、お願いします」 小松は微笑みながら頷くと、ベッドに腰掛けて、ゆきをそっと引き寄せた。 そして、丁寧にピアスを着けてくれる。 ピアスを着けるというのは、なんてドキドキする官能的な行為なのだろうか。 甘い緊張で、ゆきは一気に目が覚めてしまった。 「はい、おしまい」 「有り難うございます」 ピアスが揺れてとても素敵だ。 「綺麗だね。君によく似合っているよ」 「……帯刀さん……」 小松はフッと笑うと、ゆきを抱き寄せる。 そのまま甘く唇を重ねてくる。 甘くてどんな果実よりも素敵な味がする。 幸せに満たされた。 そのまま小松にベッドへと寝かされる。 ふたりだけの幸せで大切な時間が始まる。
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