*うたかたの琥珀*

23


 ゆきは、贈った京紅と手鏡を、気に入ってくれたのだろうか。

 小松はそればかりが気になる。

 自分だけの前で、紅を引いてくれるだろうか。

 果たして紅を引いた姿を見せてくれるだろうか。

 そればかりが気になって、今はしょうがない。

 ゆきが京紅を引いた姿は、とても清らかな華やかさを醸し出して、さぞかし美しいことだろう。

 想像するだけで、小松は自分がときめいてしまうことに、驚いてしまう。

 それだけ、ゆきのことを愛しく思っているのだ。

 誰よりも美しい姿でそばにいて欲しいと思っているのだ。

 ゆきをもっと美しくしたい。

 ゆきをもっと華やかに美しくしたいと、思わずにはいられない。

 ゆきをずっとそばにおいておけたらと、つい考えてしまった。

 出来ることならば。

 願わくば。

 それが難しいことであることは、小松にも充分に分かってはいる。

 だが、なかなか諦めきられなかった。

 ゆきは、京紅と手鏡を気に入って、小松にだけ、紅をさした姿を見せてくれるだろうか。

 そうなれば、きっと、自分の想いを抑えられないだろう。

 きっと離せなくなる。

 離せなくなったらどうなるのか。

 それは簡単に予想が出来る。

 ゆきを独り占めして、閉じ込めたくなるかもしれない。

 いや、もう、閉じ込めることなんて出来ないぐらいに、ゆきのことを愛してしまっている。

「……私はこれからどうするのかな……」

 小松は自嘲ぎみに笑うと、目を閉じた。

 

 翌朝、ゆきはいつもよりもかなり早くに目覚めた。

 頭がスッキリする。

 とても心地が良い。

 きっと素晴らしく素敵なことがあったからだろう。

 ゆきは体調もすこぶる良く、笑顔になる自分を感じた。

 こんなにも幸せなことが他にあるのだろうかと、つい考えてしまうぐらいに、充実した時間だった。

 ゆきは顔を洗い、髪をといて身支度をする。

 手鏡を覗いて、水をつけた紅筆を使って、綺麗に丁寧を心掛けながら、紅を引いた。

 大好きな人のために綺麗になりたい。

 その気持ちが、自分を後押ししてくれているような、そんな気持ちになる。

 とてもすがすがしい気分だ。

 ゆきはつい笑顔になる自分を感じずにはいられない。

 素敵な気持ちに、心がほわほわとした気分になった。

 ゆきは、綺麗に紅を引いた後、早く小松に会いたくなった。

 ゆきはそっと部屋から出る。

 廊下を小松を探して歩いていると、やはり庭先で薙刀の鍛練をしている小松を見つけた。

 真剣に薙刀を振るっている小松をじっと見つめるだけで、ゆきの気持ちは甘く乱される。

 ドキドキし過ぎて、ゆきは喉がからからになるのを感じる。

 気持ちが華やぐ。

 汗を流しながら鍛練をする小松はとても綺麗で、ゆきはついうっとりと見つめてしまう。

 なんて綺麗なのだろうかとじっと見つめずにはいられない。

 ゆきは、まるで芸術品を見つめるように、じっと見つめる。

 小松は、清廉という名前の通りに、まるで澄んだ河の流れのように、美しい筋で薙刀を振るっていた。

 ふたりだけの大切な空間のように思える。

 この世界には、小松と自分しかいないのではないかと、思わずにはいられない。

 ゆきは、ふたりだけの密接した空間のように思えて、とても満たされた気持ちだった。

 ふと小松が薙刀を振るうのを止めて、汗を拭いながら振り返る。

 まるで美しい映像を見ているようで、ゆきは思わず息を呑んだ。

 一瞬、じっと見つめられたような気がした。

 特に唇をじっくりと見つめられたような気がする。

 ゆきは思わず心臓が竦み上がるぐらいにドキリとした。

「どうしたの、こんなに早起きをして……」

 小松は相変わらず冷たい。

 いや、いつもよりも更に冷たいかもしれない。

 ゆきは気持ちが重々しく感じられた。

「……あの、目が覚めてしまって……」

「そう……。私は、下働きの手伝いをすると思ったけれどね」

 ゆきは唇を噛む。

 優しかったり、冷たかったり。

 最近の小松はとてもおかしい。

 こちらが切なくなるぐらいだ。

「……それとも、紅をつけて、君は誰かに会いにゆくつもりなの?」

 京紅なんてつけるんじゃなかったと、ゆきは今更ながら後悔をしてしまう。

 とても苦しい。

「紅は取ります……。小松さんに折角、頂いたものだけれど、もうさしません……。小松さんに見せたかっただけだけれど、もう取ります」

 もう二度と、小松から贈られた京紅を使わない。

 誰の前でも、小松の前でも京紅はささない。

 ゆきは固く誓う。

 ゆきが踵を返した時だった。

「待ちなさい」

 小松がいきなりゆきのか細い手首を掴んでくる。

 余りにもの力の強さに、ゆきは驚いてしまった。

「……小松さん……」

「……その紅は、私以外の前ではつけないで。私の前なら構わない……」

 小松はあからさまに、独占欲を滲ませるように呟く。

 ゆきは息を飲むほどに驚いた。

「……あ、あの、それは……」

 小松は、どのように思っているのだろうか。

 ゆきは不安になる。

「……今すぐ、紅は取りなさい。もうすぐ朝食だ。皆が起きてくる……」

 小松はいきなり、ゆきを自分の腕の中に引き寄せてくる。

 その力強さにゆきは驚いてしまった。

 いきなり抱き締められて、ゆきはどうしたら良いのかが解らずに、小松の顔を思わず見上げた。

 すると冷たい表情を滲ませる。なのに、瞳は切なくて華やかだ。

 とても魅力的な瞳に、ゆきは思わず引き込まれる。

 小松は艶やかな大人の男の眼差しをゆきに向けてくる。

 緊張が激しくなり、ゆきはどうして良いのかが分からない。

 だが、決して嫌ではなかった。

 むしろ、このまま支配されても良いと、一瞬間、思った。

 小松はゆきを抱き寄せてきたかと思うと、顔を近づけてくる。

 唇を近づけてくる。

 次の瞬間、紅を拭うように、荒々しく唇を重ねられた。

「……!!!」

 ゆきは一瞬、心臓が止まってしまうのではないかと思った。

 はじめてのキス。

 相手は、ずっと気になっている小松清廉帯刀。

 ゆきの唇から、京紅を総て拭い去るように、小松は激しく乱暴に口付ける。

 痛みと切なさがゆきを苦しめる。

 夢見ていたキスは、ロマンティックでも、なんでもなかった。

 激しいキスに涙が滲む。

 ゆきはこんなキスがファーストキスだなんて、思いたくはない。

 もっとロマンティックなものを想像していたのに、ゆきは胸が切なく痛んだ。

 なのに拒否できない。

 そんな自分が、ゆきは嫌でしょうがなかった。



マエ モドル ツギ