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小松はそればかりが気になる。 自分だけの前で、紅を引いてくれるだろうか。 果たして紅を引いた姿を見せてくれるだろうか。 そればかりが気になって、今はしょうがない。 ゆきが京紅を引いた姿は、とても清らかな華やかさを醸し出して、さぞかし美しいことだろう。 想像するだけで、小松は自分がときめいてしまうことに、驚いてしまう。 それだけ、ゆきのことを愛しく思っているのだ。 誰よりも美しい姿でそばにいて欲しいと思っているのだ。 ゆきをもっと美しくしたい。 ゆきをもっと華やかに美しくしたいと、思わずにはいられない。 ゆきをずっとそばにおいておけたらと、つい考えてしまった。 出来ることならば。 願わくば。 それが難しいことであることは、小松にも充分に分かってはいる。 だが、なかなか諦めきられなかった。 ゆきは、京紅と手鏡を気に入って、小松にだけ、紅をさした姿を見せてくれるだろうか。 そうなれば、きっと、自分の想いを抑えられないだろう。 きっと離せなくなる。 離せなくなったらどうなるのか。 それは簡単に予想が出来る。 ゆきを独り占めして、閉じ込めたくなるかもしれない。 いや、もう、閉じ込めることなんて出来ないぐらいに、ゆきのことを愛してしまっている。 「……私はこれからどうするのかな……」 小松は自嘲ぎみに笑うと、目を閉じた。 翌朝、ゆきはいつもよりもかなり早くに目覚めた。 頭がスッキリする。 とても心地が良い。 きっと素晴らしく素敵なことがあったからだろう。 ゆきは体調もすこぶる良く、笑顔になる自分を感じた。 こんなにも幸せなことが他にあるのだろうかと、つい考えてしまうぐらいに、充実した時間だった。 ゆきは顔を洗い、髪をといて身支度をする。 手鏡を覗いて、水をつけた紅筆を使って、綺麗に丁寧を心掛けながら、紅を引いた。 大好きな人のために綺麗になりたい。 その気持ちが、自分を後押ししてくれているような、そんな気持ちになる。 とてもすがすがしい気分だ。 ゆきはつい笑顔になる自分を感じずにはいられない。 素敵な気持ちに、心がほわほわとした気分になった。 ゆきは、綺麗に紅を引いた後、早く小松に会いたくなった。 ゆきはそっと部屋から出る。 廊下を小松を探して歩いていると、やはり庭先で薙刀の鍛練をしている小松を見つけた。 真剣に薙刀を振るっている小松をじっと見つめるだけで、ゆきの気持ちは甘く乱される。 ドキドキし過ぎて、ゆきは喉がからからになるのを感じる。 気持ちが華やぐ。 汗を流しながら鍛練をする小松はとても綺麗で、ゆきはついうっとりと見つめてしまう。 なんて綺麗なのだろうかとじっと見つめずにはいられない。 ゆきは、まるで芸術品を見つめるように、じっと見つめる。 小松は、清廉という名前の通りに、まるで澄んだ河の流れのように、美しい筋で薙刀を振るっていた。 ふたりだけの大切な空間のように思える。 この世界には、小松と自分しかいないのではないかと、思わずにはいられない。 ゆきは、ふたりだけの密接した空間のように思えて、とても満たされた気持ちだった。 ふと小松が薙刀を振るうのを止めて、汗を拭いながら振り返る。 まるで美しい映像を見ているようで、ゆきは思わず息を呑んだ。 一瞬、じっと見つめられたような気がした。 特に唇をじっくりと見つめられたような気がする。 ゆきは思わず心臓が竦み上がるぐらいにドキリとした。 「どうしたの、こんなに早起きをして……」 小松は相変わらず冷たい。 いや、いつもよりも更に冷たいかもしれない。 ゆきは気持ちが重々しく感じられた。 「……あの、目が覚めてしまって……」 「そう……。私は、下働きの手伝いをすると思ったけれどね」 ゆきは唇を噛む。 優しかったり、冷たかったり。 最近の小松はとてもおかしい。 こちらが切なくなるぐらいだ。 「……それとも、紅をつけて、君は誰かに会いにゆくつもりなの?」 京紅なんてつけるんじゃなかったと、ゆきは今更ながら後悔をしてしまう。 とても苦しい。 「紅は取ります……。小松さんに折角、頂いたものだけれど、もうさしません……。小松さんに見せたかっただけだけれど、もう取ります」 もう二度と、小松から贈られた京紅を使わない。 誰の前でも、小松の前でも京紅はささない。 ゆきは固く誓う。 ゆきが踵を返した時だった。 「待ちなさい」 小松がいきなりゆきのか細い手首を掴んでくる。 余りにもの力の強さに、ゆきは驚いてしまった。 「……小松さん……」 「……その紅は、私以外の前ではつけないで。私の前なら構わない……」 小松はあからさまに、独占欲を滲ませるように呟く。 ゆきは息を飲むほどに驚いた。 「……あ、あの、それは……」 小松は、どのように思っているのだろうか。 ゆきは不安になる。 「……今すぐ、紅は取りなさい。もうすぐ朝食だ。皆が起きてくる……」 小松はいきなり、ゆきを自分の腕の中に引き寄せてくる。 その力強さにゆきは驚いてしまった。 いきなり抱き締められて、ゆきはどうしたら良いのかが解らずに、小松の顔を思わず見上げた。 すると冷たい表情を滲ませる。なのに、瞳は切なくて華やかだ。 とても魅力的な瞳に、ゆきは思わず引き込まれる。 小松は艶やかな大人の男の眼差しをゆきに向けてくる。 緊張が激しくなり、ゆきはどうして良いのかが分からない。 だが、決して嫌ではなかった。 むしろ、このまま支配されても良いと、一瞬間、思った。 小松はゆきを抱き寄せてきたかと思うと、顔を近づけてくる。 唇を近づけてくる。 次の瞬間、紅を拭うように、荒々しく唇を重ねられた。 「……!!!」 ゆきは一瞬、心臓が止まってしまうのではないかと思った。 はじめてのキス。 相手は、ずっと気になっている小松清廉帯刀。 ゆきの唇から、京紅を総て拭い去るように、小松は激しく乱暴に口付ける。 痛みと切なさがゆきを苦しめる。 夢見ていたキスは、ロマンティックでも、なんでもなかった。 激しいキスに涙が滲む。 ゆきはこんなキスがファーストキスだなんて、思いたくはない。 もっとロマンティックなものを想像していたのに、ゆきは胸が切なく痛んだ。 なのに拒否できない。 そんな自分が、ゆきは嫌でしょうがなかった。 |