*愛あれば*


 こんなにひとりの人間に執着するなんて、小松には思ってみないことだった。

 ひとりの女性に、切ないぐらいに恋い焦がれて、しかも苦しいぐらいに求めてしまう。

 自分がそれなりに求める女性は、いつも手に入れてきた。

 今まではずっとそうだったのだ。

 だが、ゆきだけは違う。

 手に入れようとしても、いつも交わされてしまう。

 いつも、ゆきは小松の思い通りにはなってくれない。

 ゆきは、届きそうで届かない。そんな存在だ。

 ゆきを抱き締めたい。

 自分のそばにおきたい。

 そんな感情を、今まで誰かに抱いたことなどなかった。

 女性をそばにおきたいと思っても、それは戯れで、直ぐに用なしになることぐらいは、小松にも解っていることだった。

 だが、ゆきは違う。

 ゆきを手に入れたら、きっと離せなくなるに違いないと、小松は思う。

 切ないぐらいに重くて、しかも甘い想い。

 最初は、ゆきはなかなか手に入らないから、手に入れたくなると思っていた。だが、それは違っていたようで、本当に好きだからこそ、手に入れたいと思っていることに気がついた。

 それに気づいてからは、誰にも渡したくなくなった。

 常に自分のそばに置いておきたい。

 自分の目の届くところに置いて離したくないと、小松は強く思った。

 愛しているから、誰のものにもなって欲しくない。

 独占欲が強くなり、小松を深く苦しめた。

 ゆきを愛している。

 だからこそ、誰にも指一本触れさせたくなかった。

 

 最近、小松を視線で追っている。

 小松が視線に入る度に、ゆきは胸が苦しくなる。

 胸が苦しくなるくせに、ゆきは小松が欲しくて欲しくてしょうがなくなる。

 こんなにも胸が痛いぐらいに誰かを愛しいと思うなんて。

 ゆきには未知の経験だった。

 愛している。

 誰よりも大事に思っている。

 だが、手を伸ばしても届かない地位にあるひとだ。

 ゆきの世界ならば、政治を司るひとは、かなり身近にはなっているけれども、この時空ならば、それはとんでもないぐらいの地位のひとであることぐらい、解っている。

 だからこそ、遠いひとだと感じてしまうのだ。

 しかも、相手とは違う時空だ。

 本来ならば交わってはならない相手だからこそ、ゆきは余計に辛い恋だと思っていた。

 明日は、いよいよ決戦。

 天海とあいまみえるのだ。

 これが終われば、小松への想いは振り切らなければならないのだ。

 それが解っているからこそ、ゆきは涙が出るぐらいに辛かったのだ。

 ゆきは、小松を愛していると想いながらも、このままお別れなのだろうと、漠然と考えていた。

 ひとりで縁に座り込んで、ゆきは深々と積もる雪を見ていた。

 同じ名前だからか、ゆきは雪が大好きだ。

 真っ白の天からの贈り物は、穢れもなく、なんて美しいのだろうかと、思わずにはいられない。

「……どうしたの? そんなところでぼんやりとしていて……。君は合理的ではないことをしているんだね?」

 いつものように冷たい声が聴こえてくる。

 ゆきは胸が重くて、苦しくて、どうしようもない。

 なのにこの声をもっとしっかりと、聴いてみたくなる。

 顔を上げると、そこには怪訝そうな眼差しで見つめてくる、小松がいた。

「いつまでもそんなところにいると、風邪を引いてしまうよ……。早く部屋に戻りなよ。今夜はぐっすりと眠れないと、明日に影響が出るよ」

「ありがとうございます。雪がきれいで、つい見入っていました。あと少しだけ、雪を見ていたいので、ここに居ます。風邪を引かない程度にですが……」

 ゆきが笑顔を向けると、小松は静かに横に腰を下ろしてきた。

「小松さん、風邪を引きますよ?」

「少しぐらいなら大丈夫でしょ? 君をちゃんと監視しないと、いけないからね。それに、君に風邪を引かれたら、困るからね。君の具合が悪くなると、明日は行けないからね。天海と対峙出来なくなったら、それはそれで困るからね」

 小松の事務的な言葉に、ゆきは少しばかりの寂しさを感じながら、元気なく笑った。

「そうですね」

 いよいよ明日なのだ。

 このまま離れたくない。

 明日は、とうとう、想いを遂げられる日なのに、それがいつまでも来なかったら良いのにと、つい思ってしまう。

 狡い。

 本音では恋心を優先させてしまう自分が、ゆきは情けなく思っていた。

 辛い。

 だが、そんなことを言葉で表現出来るハズはなかった。

「闇の中にある雪は綺麗ですね。輝いていて、照らしてくれているようですね」

「雪灯りという言葉があるぐらいだからね……。確かに美しい……」

「はい」

 こうしてふたりで並ぶだけでもドキドキしてしまう。

 ずっとこうして並んでいられたら良いのにと、思わずにはいられない。

 ここから離れたくはなくて、つい、黙ったままで居座ってしまう。

 小松のそばに居たい。

 別れてしまう運命ならば、今だけでもそばにいたかった。

 言葉に出来ない恋情に、ゆきは胸が苦しくて、堪らなくなった。

 苦しい。

 だが、どうすれば上手く言葉に出来るのかが、ゆきには解らなかった。

「……ゆき、体調はどうなの?」

 小松の慈愛が滲んだ優しい声に、ゆきは思わず顔を上げる。

「……大丈夫です……。もう明日だけだから」

「確かに天海を倒せば、君の神子としての使命は全うされるからね」

 小松はクールに呟くと、空を見上げた。

「……ね、ゆき、総てが終わったら、君は帰るの?」

 まるで他人事のようにも、そうでないようにも聞こえた。

「……はい」

 今はそうしか答えられない。

 もし、小松が「帰るな」とその場で言ってくれたのならば、きっと帰らない。

「私の使命も、きみと同じように終わるよ。確実にね」

 小松は淡々と呟くと、そっとゆきの手を握り締めてきた。

 いきなりのことで、ゆきは驚いて目を丸くする。

 だが、嫌じゃない。

 ただドキドキとしてしまうだけだ。

 胸が激しいリズムで揺れる。

 このままずっと小松と手を繋いでいられたら、こんなにも素敵なことはないのに。

 泣きそうになる。

 ゆきはその想いを伝えるために、小松の手を握り締めた。

「どうしたの。きちんと言葉で伝えて貰わないと、解らないよ。私は君のそばにいたい。ゆき、君はどうなの?」

 小松はきっとゆきの気持ちを解っている。

 だからこそ、こうして甘く意地悪く囁いてくるのだ。

「ゆき、ちゃんと言わないと、私は解らないよ」

 小松に追い詰められる。

 ドキドキして、耳朶まで真っ赤にしながら、ゆきは俯く。

「……小松さんと一緒にいたいです……」

 ゆきの言葉に、小松は笑みを浮かべる。

「……分かった。おいで、こちらに」

 小松はそのまま立ち上がると、ゆきに立つように促す。

 そのまま、小松は静かに縁を歩く。

 ゆきはただついて行くことしか出来なかった。





モドル ツギ