*愛あれば*


 大きな小松の手のひらに包まれると、自分の手がとても小さくて、心許ないのが解る。

 同時に、小松の手のひらはなんて大きくて安心できるのだろうかと、ゆきは思わずにはいられない。

 この手のひらに包まれるだけで、ドキドキと安堵が同時にやってくる。

 その感覚が、なんて幸せなのだろうかと、思わずにはいられない。

 ゆきは幸せでしょうがないと思う。

 だが、この幸せが刹那なものであることは、解っている。

 今、この瞬間は幸せだから、その気持ちを大切にしようと、思わずにはいられなかった。

 寒い廊下を通り抜けて、小松の部屋へと向かう。

 緊張が高まってくるのが、ゆきにも解る。

 緊張するあまりに、上手く考えることが出来なかった。

 ゆきは深呼吸をしながら、小松を見上げる。

 相変わらずクールな横顔で、とても余裕があって落ち着いて見える。

 それに比べて、自分はなんて余裕がないのだろうかと、ゆきは思わずにはいられない。

 大人の男性の余裕なのだろうか。

 ゆきは、小松を頼りになる大人だと思うのと同時に、余裕があるのが少しばかり憎らしかった。

 小松は自室の前で立ち止まると、障子戸を静かに開けてくれた。

「先にお入り、ゆき」

「はい」

 然り気無くレディファーストなのは、外国にも目を向けている小松だからこそだろう。

 ゆきは緊張し過ぎて躰を硬くしながら、部屋に入る。

 小松もその後に続いた。

 閉ざされた空間で、小松と完全にふたりきりになった。

 心臓が震えてしまうぐらいに緊張してしまう。

 ゆきはどうして良いかが解らなくて、視線をおろおろさせた。

「ゆき、ぼんやりとしないで、座ったら?」

「は、はい」

 ゆきは言われた通りに、ちんまりと正座をする。

 小松とふたりきりでいられるのは嬉しいのに、緊張し過ぎてどうして良いのかがもうひとつ理解できない。

 嬉し過ぎると緊張してしまうのだと、ゆきは改めて思わずにはいられなかった。

「……どうしたの?緊張しているね」

「あ、あの、こうして、小松さんとふたりきりでいるのは嬉しいんですけれど……、嬉し過ぎて緊張してしまいます……。何だか、変ですね……」

 ゆきはなんとか笑おうとしたが、声は震えてしまうし、笑いも苦いものになる。

 ゆきは、それがなんとも切ないと思ってしまう。

「ゆき……」

 小松はフッと柔らかな笑みを浮かべると、ゆきを優しく包み込むようにふわりと抱き締めてくれた。

 とても優しい、愛情が滲んだ抱擁に、ゆきは躰から力を抜く。

 こうして抱き締められているとホッとする。

 同時に愛されていることを実感することが出来て、ゆきは幸せだった。

 抱き締められているだけで、ゆきは躰から力が抜けて、リラックスしてくる。

 小松とこのままずっと抱き合えていたら良いのに。

 白檀のお香の香りが不思議と懐かしく、また、安堵と華やいだ緊張を与えてくれる。

 ずっと間近でこの香りを感じていられたら良いのにと、ゆきは思わずにはいられなかった。

 ゆきは小松を強く抱き締める。

 すると小松もまた、抱き返してくれた。

 このひととずっと一緒にいたい。

 それは許されることなのだろうか。

 ゆきは切ない想いをしっかりと抱いて、小松の胸に顔を埋めた。

 雪が深々と降る音だけが聞こえて、後は静かだ。

 ゆきはこの静けさに、小松への恋心を投影させる。

 ずっとこうしていたい。

 そばにいたい。

 それを口にするには、憚れてしまうような気持ちだから、ゆきはあえて想いを投影した。

 抱き合っていると、小松も同じように思ってくれているのが感じられる。

 ゆきはそれが嬉しくて、小松に甘えるように更に躰を密着させた。

「……ゆき……」

 かすれて甘く艶やかになった小松の魅力的な声で、名前を呼ばれる。

 そこにはたっぷりの愛情が感じられ、ゆきは泣きそうになった。

 涙が滲むぐらいに幸せだなんて、なかなか経験出来ないことだ。

 ゆきは自分は本当に幸福者だと、感じずにはいられなかった。

 小松に名前を呼ばれて、ゆきは顔を上げる。

 顔を上げると、小松が顔の角度を変えて、ゆっくりとゆきに近付いてきた。

 そのまま触れるだけの優しいキスが唇に送られる。

 触れるだけのキスに、ありったけの愛が込められている。

 ほんの一瞬、触れるだけなのに、沢山の愛情が滲んでいて、ゆきはもっとその愛情を感じたくなった。

「……ゆき、愛している……」

 声に出して伝えてくれた愛の言葉を受け取り、ゆきはポロポロと嬉し涙を溢した。

 こうして大好きで大好きでしょうがなくて、自分の感情をコントロール出来ないぐらいに大好きなひとからの愛の言葉は、何よりも価値があった。

「……私も、小松さんのことが大好きです……」

 いつもなら緊張し過ぎて上手く言えない言葉だけれど、今ならば素直に言える。

 小松は嬉しそうにゆきに笑みを浮かべると、もう一度唇を近づけてきた。

 今度は、先程よりももっともっと角度が深い大人のキスだ。

 深く唇を重ねられて、何度も何度もキスをする。

 キスだけで、頭の芯が痺れてくるのではないかと思うぐらいに、何度も何度も唇を重ねた。

 ゆきはドキドキし過ぎてしまい更にその上をゆく甘い震えを感じてしまう。

 だが、それは決して不快な感覚ではなかった。

 むしろ、甘くて素敵な感覚で、ゆきはうっとりとしてしまう。

 まるで花園にいて、ふわふわと柔らかな絨毯の上を歩いているような感覚だ。

 しっかりと抱き合い、お互いの燃え盛る情熱を伝えるように口づける。

 酸欠になりそうだなんて、そんなことは関係ない。何度も唇を重ねる。

 唇を重ねる甘い水音に、ゆきは感情を高めてゆく。

 小松が欲しい。

 欲しくて堪らない。

 小松の総てを知りたいと、ゆきは思わずにはいられない。

 総てを知るには、具体的にはどうしてよいのかは分からない。

 だが、本能では解る。

 小松をどのように愛せば良いのかを。

 ゆきが潤んだ瞳で小松を見つめると、ギュッ抱きすくめられる。

「ゆき……、君を愛しく思うよ……。人と離れたくないと思ったのは、君が初めてだから……」

 小松は心を揺さぶるような甘い感情を滲ませながら呟く。

 これ以上ないぐらいの想いに、ゆきは総てを受け止めてあげたいと思う。

 小松の総てを受け入れて、受け止めたいと思う。

 だけど、それを言葉でどう表現して良いのかが分からない。

 ゆきはただ潤んだ瞳を向ける。

 それだけで想いが伝わったのか、小松はゆきのフェイスラインを撫で付ける。

「……後悔はさせないから……」

「……はい」

 ゆきは、小松をギュッと抱き返して、その想いを伝えた。





マエ モドル ツギ