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薩摩の小松に保護されている。 それは、刃向かうものなど誰もいないということだ。 この世界では。 小松帯刀を敵にしたい者など、この時空には存在しないということだ。 僅かな阿呆以外は。 ゆきにとっては強力な後ろ楯になると同時に、薩摩のものだということを、言わしめることになるのだ。 ゆきは、今、小松帯刀の庇護を受けている。それもかなり手厚く。 誰もが、小松の妾になったのだと、噂をしている。 そんな事実はないというのに。 「ゆき様、宜しいでしょうか?」 小松が着けてくれたお世話係の女性が声を掛けてくる。 「どうぞ」 ゆきが声を掛けると、女性がそっと入ってきた。 「失礼致します。ゆき様、お殿様より、お召しかえをするようにと伺っております」 「はい」 着替えなくても大丈夫だとゆきは思うのだが、言われた通りに着替えることにする。 今は、小松帯刀の庇護を受けているのだから。 「こちらにお召しかえ下さいませ」 女性が見せてくれたのは、かなり立派な着物だった。 綺麗で華麗な着物だ。 「……そんな……。立派過ぎます」 「いえ。ゆき様には相応しいお着物でございますよ。本当に美しいですわ。よくお似合いになられるかと思いますわ」 小松の用意するものが上質であるというのは、疑わない事実だ。 ゆきが気後れしているのを尻目に、女性はテキパキと準備を始めた。 「ゆき様、さあ、お着替え下さいませ。小松家に相応しい格好をして頂きますから」 「……はい……」 ゆきは返事をしながら、小松家に相応しい格好というのは、一体、どのようなものなのだろうかと、ただただ考えた。 まるで人形にでもなったような気分になりながら、ゆきは着物を半ば強制的に着替えさせられた。 髪は今の長さで出来る限り、纏められる。 綺麗な着物はまるでお姫様のようにうっとりとしてしまう。 だが気分が何処か沈んでしまう。 「まあ!本当にお美しいですわ!」 賞賛されても、ゆきは手放しでは喜べなかった。 もやもやとした感情には、逆らえない。 「有り難うございます」 曖昧にしか笑えない。 ゆきは溜め息を吐いた。 「では、殿がいらっしゃるところに参りましょう」 「はい」 ゆきは女性に連れられて、小松のいる場所に向かう。 まるで婚礼前のような気分だった。 「殿様、ゆき様をお連れ致しました」 「中に入って」 小松に促されて、ゆきはゆっくりと部屋に入った。 すると小松はゆっくりと振り返る。 「ご苦労だったね。有り難う」 小松が声をかけると、女性は頭を静かに下げてその場を辞した。 二人きりになると、小松は眼鏡の奥に光る眼をスッと細める。 値踏みをされているようにしか、ゆきには見えない。 緊張し過ぎて、身体を固くさせてしまう。 「……悪くはないね。龍神の神子殿」 「……小松さん……」 ゆきは緊張しながら、小松を見つめてしまう。ドキドキし過ぎて、喉がからからになってしまう。 小松には綺麗だと思われたい。 これはゆきの切ない恋心だ。 甘くて苦しく、切ないぐらいに美しい感情だ。 ゆきが僅かに震えていると、小松の綺麗な指先がそっと頬に触れる。 「……そんなに怖がらないで」 「……緊張しているだけです……」 「緊張しなくても大丈夫だよ。私は、君が小松の家に相応しいと思って見ていただけだよ」 小松はいつものように、落ち着きと冷たさが滲んだ声で呟くと、フッと僅かに笑う。 「君は、もう私の庇護にある。だから、何も心配しなくても、大丈夫だよ。大丈夫だから」 小松はゆきの頭をそっと撫でる。 「……小松さん、私を妾にするのですか?」 ゆきの率直な問いに、小松は不快そうに目を細めた。 「どうしてそう思うの?」 「そのような噂を耳にしてしまって……」 小松に責められているような気分にはなり、ゆきは思わず俯いてしまった。 「ゆきくん、私は君を“妾”になんて、思ってはいないよ。正式に迎えるつもりでいるよ。私の妻としてね」 小松は硝子のような無機質に冷たく煌めいた声で、淡々と呟く。 本当にクールで、ドキドキするようなことを呟かれているのに、ロマンティックを感じなかった。 「ゆきくん、君は私のものだよ。それだけは忘れないで」 「小松さん……」 小松はそっとゆきを抱き寄せる。 声の冷たさとは裏腹に、小松の抱擁はとても情熱的で、ゆきはようやく心を少しだけ緩めた。 「ゆき、君は龍神の神子ではあるけれど、その前に、私の、小松帯刀の妻であることを忘れないで」 「はい……」 小松はゆきの顔を両手で優しく包み込むと、そっと顔を近づけてくる。 愛しているひとだから、大切に思っているひとだから、こうして小松の家に言われるままにやって来た。 言いなりになっているのは、わかっている。 だが、そうせずにはいられないぐらいに、小松に恋をしている。 小松を愛しているのだ。 だから、こうして抱き締められても、キスをしても、ゆきは幸せと切なさのふたつを感じる。 小松の唇がゆっくりと近づいてくる。 唇が触れあった瞬間に、ゆきは満たされた甘い幸せと、切ない想いを同時に味わった。 薩摩に利用されているかもしれない。 だが、そんなことはどうでも良いぐらいに小松のことが好きだった。 キスの後、小松は更にゆきを強く抱き締めてくれる。 「……ゆき、総てが終わったら、私は下野するつもりでいる。君が着いてきたいと思えば、着いてきてくれて良い。君には着いてきて欲しいとは思うけれどね。だから、それまでは、君は私の肩書きをおおいに利用すれば良い。私は君の肩書きをそれまでは大いに利用させて貰うよ……」 小松は静かに呟きながらも、ゆきに想いを伝えてくれる。 冷たく見えるのに、本当は誰よりも熱い気持ちを持っていることを、ゆきは解っている。 だから信じて受け入れる。 ゆきの気持ちは決まっている。 小松とずっと一緒にいる。 本当にそれだけなのだ。 「ずっとついてゆきます……」 「有り難う、それでこそ、私の妻だ……」 小松に、“妻”だと、認めて貰えるのは嬉しい。 不安に思うこれからのこと。 だが、小松とならば、乗り越えてゆけるような気がした。 小松はゆきの唇にもう一度誓いのキスをくれる。 ふたりで、困難を乗り越えられる。 その喜びは代えがたいものだった。 |