*未来へ*


 愛する人は重いものを抱えている。

 それを放すことが出来ないことは、ゆきにはわかっている。

 だからこそ、少しでもその重さを取ってあげたいと思う。

 少しでもその重さを共有出来ないかと思う。

 すべてが終われば、離ればなれになってしまうのだろうか。

 ゆきは、小松の背中を見つめながら、ずっと見つめられたら良いのにと思う。

 この背中に、いつも護られてきた。

 物理的だけではない。あらゆる面で、小松がゆきをしっかりと護ってくれているのは、明白だ。

 小松のそばで、今度はどうしたら支えることが出来るだろうか。

 ゆきはそればかりを考える。

 小松を支えられたら、恩返しも出来ると思っていた。

 

「ゆき、余り無理はしないようにね。あと、少しで総ては終わるのだからね……」

 小松に言われると、本当に後少しなのだと、ゆきは思った。

 ということは、ゆきが小松と一緒にいられるのも、後、少しだということになる。

 それを思うと、ゆきは、益々小松とは離れがたいと思った。

「小松さんは、総てが終わったら、どうされたいと思いますか?」

「……私?隠居でもしようと思っているよ。新しい時代には、私のような特権階級の人間はいらないんだよ。もっと自由に様々な優秀な者たちが、活躍をしたほうが良いからね」

 小松は、ずっとそう考えていたからか、あっさりと言う。

 自分の地位も立場も、何も未練はなさそうだった。

 それがゆきには信じられなく映る。

 新しい世の中を作るために尽力を尽くしているというのに、小松は新しい世の中を更に築いて行こうとは、思わないのだろうか。

 それにそんなことをすれば、周りは黙っていないだろう。

 それぐらいに、誰もが小松を頼っている。

 そして、新しい世の中を一緒になって作ろうと思っている。

 あの薩摩をひとつにまとめて、藩をあげて、その組織力を使って、この新しい世の中を作る機運を作ったのは、他ならぬ小松だ。

 幕府から煙たがられている、龍馬や桂を京都の私邸で匿い、そのうえ、長年、敵対をしていた長州と手さえ組んだ。

 総ては新しい時代、世の中を作る作るための、小松帯刀の手腕であったのに。

「もったいないですよ、小松さん。だって、小松さんは新しい世の中にするために、土台作りに奔走したんですから」

「ゆき、私の仕事は土台作りだよ。それが、今、終わろうとしている。私は、既に色々と根回しをしているよ。一線を退いてからのね」

「あ、あの、一線を退いたら、どうされるんですか?」

「さあ。貿易だとか、やってみたいとは思っているけれどね……」

 小松ははぐらかすように言うと、クスリと微笑む。

 小松は、総てを終えれば、本当に一線から退くのだろうか。かなりもったいないと、ゆきは思った。

「じゃあ、ゆきくん、君は、総てが終わったら、何がしたいの?」

「私は……」

 ゆきは言葉を濁す。

 答えなんて本当はもう出ているのだ。

 小松のそばにいたい。

 ただ、それだけなのだ。

 小松のそばにいられるなら、ゆきはそれで構わない。

 その背中をずっと見つめていたい。

 小松の背中に護られ続けていたから、今度はその背中を護りたい。

 そのようなことを、今は、言えるはずはない。

 それに、そばにいることを、小松が快く思わないかもしれないのだ。

 それは嫌だ。

「君もどうしようかと決めているのかな、本当は……」

「まだ、そこまでは」

「そう」

 それは事実だ。

 どうしたいか。

 ただ、小松のそばにいたい。

 それだけなのだから。

 ゆきは、小松に曖昧な笑みを浮かべるしか出来なかった。

「本当は決めていても、曖昧になるかもしれないからね……。まあ、これは私の持論だから、気にしなくても良いよ」

 お互いにはぐらかす。

 はぐらかされているのを知っているから、はぐらかすのだ。

「今は、将来のことで思い悩み続けるというわけにはいかないからね。とにかく、この後のことを考えるのは、棚上げにして、目の前のことに全力を尽くそうか」

「はい」

 もう、答えは出さなければならない。

 そのことを分かっているから、棚上げしたい。

 離れたくない。

 だが、それを言葉に出来ない。

 お互いによくわかっているからこそ、今は、今のことしか考えたくなかった。

「ゆきくん、もう少し一緒にいられるかな?」

「はい、勿論です!」

 赦される限りは、小松と一緒にいたい。

 この感情がどのような意味を持つか、気づいている。

 愛している。

 それがどのような感情であるかを、ずっと知らなかった。

 今ならわかる。

 小松を愛する気持ちであるということを。

 小松を愛している。

 それをようやく認められた。

 その感情が分からないままで、小松と離ればなれになるよりは、余程良いとゆきは思う。

 ただふたりでいるだけ。

 だが、それがかけがえのない幸せを生む。

 どこに行くのかあてもないのに、ふたりで散歩をする。

 小松と一緒にいるのが嬉しくて、ついつい浮かれてしまう。

 何でもないところで、つい躓いてしまった。

 「おっと。君は、相変わらず抜けているね」

 小松はくすりと笑うと、ゆきの手をギュッと握り締める。まるでもう離さないと言っているかのようだ。

 その強さに、ゆきは思わず息を乱す。

「ゆきくん、君はずっとこうしていなければいけないようだね」

 小松はフッと笑うと、ゆきの手が離れないように、しっかりと結んだ。

 離れたくない。

 手を放したくない。

 ゆきは鼓動を激しくさせながら、小松を見上げた。

 小松と目が合う。その瞬間に、小松の顔がゆっくりと近づいてきて、そのまま唇を重ねられる。

 甘い出来事はほんのわずかな時間で、ゆきは目を丸くした。

「……ずっとこの手を離さない方法を考えてみようか……」

 小松の艶やかな声が耳に響く。

 もし、そのような方法があるならば喜んで、受け入れたい。

「はい。そのような方法があるなら」

 ゆきはが頷くと、小松は手を結んだまま抱き締めてくれる。

「きっとあるよ……。だって、私たちが出逢ったことが、奇蹟でしょう?」

「はい、信じます」

「奇蹟は準備をすれば、必ず起こるのだからね。だから大丈夫。その準備はもうできているよ……」

 奇跡的に出逢ったふたり。

 だからこそ、奇跡がきっと起こるに、違いない。

 そう思わずにはいられなかった。




 マエ