後編
連理の枝を小松と見つめているだけで、ゆきはときめきを感じずにはいられない。 大好きな人と見る連理の枝程、ロマンティックで幸せな恋になると思わずにはいられなかった。 ゆきは連理の枝に、小松との恋が上手くゆくようにと強く祈る。 こんなに祈ってどうするのだと言われてしまうだろうと思うぐらいに、ゆきはしっかりと祈った。 すると喉で笑う小松の声が聞こえる。 「そんなにしっかりと永く祈るなんて、君は余程叶えたい願いのようだね」 呆れているような口調なのに、小松は何処か優しい。 「……ねぇ、何を祈っていたの?」 小松がゆきの耳元でわざと甘く囁いてくる。 その声がロマンティックで、甘くて、イジワルなものだから、ゆきは耳朶が真っ赤になるぐらいにドキドキしてしまった。 「そ、それは」 焦るようにゆきが言うと、小松は余計にからかうように微笑んで見つめる。 「ゆき、連理の枝の前でこんなにも熱心に祈っているということは、恋の願いって考えても良いのかな?」 解っているくせに、どうしてこんなにからかってくるのだろうか。甘いからかいに、ゆきはドキドキせずにはいられない。 小さくなって隠れてしまいたい。 そんなことすら考えてしまう。 「こ、小松さんなら、どんな願いをするんですか? 小松さんも、祈っていたじゃないですか?」 からかわれたから、ゆきは真っ赤になりながら、小松に同じ質問を返した。 すると小松は、一瞬ではあるが、目の周りをほんのりと赤らめる。 真っ直ぐ小松を見つめると、一瞬、視線を外されてしまった。 「連理の枝なんて、祈ることは決まっているでしょ」 ゆきは、小松もまた同じ願いを持っていたら良いのにと思わずにはいられない。 お互いにずっと一緒にいられるようにと、祈ってくれたら良いのに。 ゆきは小松の手をしっかりと握り締める。 「小松さんと、こうして一緒にいられたら、こんなにも嬉しいことはないのにって、そんなことを思ってました」 「ゆき……」 恥ずかしいとは思ったが、ゆきは素直に自分の気持ちを伝えた。 本当に、小松のそばにはずっといたいと思っているから。 すると、誰もいないからとばかりに、小松はいきなりゆきを抱き締めてきた。 「ゆき……、私ばかりが一緒にいたいと思っていたよ。君が同じ気持ちでいてくれるのは嬉しいよ」 小松に抱き締められると、お香のとても良い香りがした。 ゆきはつい深呼吸をして、その香りを総て吸収してしまいたくなった。 こうしてお互いにしっかりと抱き合っているだけで、幸せだった。 小松の顔がゆっくりと近付いてくる。 唇を重ねられて、ゆきは少し硬い感触がある小松の唇を受け入れる。 キスってこんなにも特別なものなのだろうかと、ゆきは感じずにはいられない。 大好きなひととのキスは、やっぱり特別なのだ。 しかも連理の枝の前でキスをするなんて、こんなにもロマンティックなことはない。 きっと一緒にいたいという想いは、必ず叶うから。 唇が離れた後で、小松はゆきを更に抱きすくめる。 「……こうしてふたりで一緒にいることはきっと叶う。私はそう思うよ」 「有り難うございます、小松さん。嬉しいです。私も、やっぱり小松さんのそばにいたいですから……」 恥ずかしさを何とか沈めながら、ゆきは素直に呟いた。 「さあ、ゆき、少し散歩をしよう。ふたりでまだいられるからね」 「はい、有り難うございます。小松さん」 小松に手を取られて、エスコートされるようにして、境内を歩く。 時折、ゆきと小松を見つめる視線を感じる。 噂話をしている者も見受けられる。 「小松さん、私たちのことを噂しているひとたちがいますよ」 「噂をしたかったら、勝手に噂をすれば良いと思うよ」 「どうして?」 「噂は言いたいやつに言わせておけば良いと思うからね。それに君とのことが広がったほうが都合が良いからね」 「どうして都合が良いんですか?」 「今回みたいに変な縁談を断ることが出来るからね」 「そうです……ね」 縁談を断る為だけのだしにされるのは、やはり嫌だ。 好きだからだしに使って貰えるのならば、こんなに嬉しいことはないというのに。 ゆきの胸がチクリと痛む。 急に暗い顔をしたゆきの顔を、小松は覗きこんできた。 「どうしたの?」 小松がいつもの表情のままだから、ゆきは泣きそうになる。 「私は大好きだから小松さんに、断る理由に使われても構わないのに……」 自分でも感情的になっているのは解っている。だが、そうならざるをえないぐらいに、小松のことが好きなのだ。 「……君は……」 小松は呆れるような溜め息を吐きながらも、何処か嬉しそうな響きを声に滲ませた。 「そんなことを言われると、本当に君を離せなくなってしまうよ……」 小松はゆきをギュッと抱き締めると、そのまま離さない。 「私も君だから、こんなことを頼んだのに過ぎないんだから……」 小松は苦しげに言うと、ゆきに再び唇を重ねてきた。 「解らないの!? くちづけをするということは、それだけで、君のことが好きだという意味なんだよ? それを勘違いしないで欲しい」 「……小松さん……」 小松からの思いがけない告白に、ゆきはドキドキするのと同時に、泣きたくなるぐらいに嬉しくなった。 小松にそれだけ愛されているのだということを、感じられるから。 ゆきは、ただギュッと小松を抱き締めた。 「有り難う、小松さん……。大好き……」 「ゆき……」 小松はゆきを抱き締め返した後、その手を取った。 「折角だから、もう少しふたりで楽しもうよ、ゆき」 「はい。私も折角、こんなにも綺麗にして頂いたので、もう少し楽しみたいです」 「じゃあ、御手洗団子でも食べに行こうよ」 「はい」 手を繋いで、ふたりは御手洗団子の元祖だと言われている茶屋に入り、団子とお茶を注文した。 京の団子は、串に四つの団子が刺してあり、ゆきは得した気分になり、つい笑顔になった。 ニンマリと笑わずにはいられない。 ゆきがニコニコしながら団子を食べていると、小松は柔らかな微笑みを浮かべてじっと見つめてくる。 小松に優しくて甘い笑みを浮かべられたら、ゆきはドキドキが止まらなくなる。 耳朶までつい真っ赤になってしまう。 「良い顔をするね、ゆき、私の文化も食べると良いよ」 「有り難うございます」 小松はゆきに御手洗団子を差し出してくれる。甘い優しさに、ゆきはドキドキしてしまう。 御手洗団子を受け取ってゆきは食べる。先ほど食べた御手洗団子よりもずっと美味しくて、ゆきはきっと小松から貰った物だからではないかと思った。 本当に美味しくて、つい笑顔になる。 「美味しそうに食べるね、君は。君と一緒に何かを食べると、何でも美味しそうに見えるよ」 小松はご機嫌に言うと、空を見上げた。 小松はまるで心を解放されたように、本当に幸せな表情をする。 ゆきは小松とふたりで、清々しい時間が過ごせるのが幸せでしょうがなかった。 結局はデートごっこは、夕方まで続き、ふたりで手を繋いで藩邸へと向かう。 「有り難うございました。とても楽しかったです」 「私もだよ。また、行こうよ」 「はい」 小松との幸せなひとときが再びやってくると信じながら、ゆきは藩邸へと向かう。 温かな幸せで満たされて、今はもうこれ以上の幸せは要らないのではないかと思った。 |