*あこがれの白無垢*


 京の小松邸はとてもバタバタとしている。

 小松の側用人である、

 じいや格が一生懸命、小松に迫っている。

「帯刀様!今度こそは、縁談を受け入れて頂きますぞ!薩摩の殿もご憂慮しておられまする!お世継ぎのこともございますし!」

 相変わらず、小松の縁談のことしか考えていないじいやに、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「……だから、今は、大儀を成さなければならないから、縁談なんて、後回しだと言っているでしょ。じい、何度言ったら解るんだ」

 今や趣味と化している、じいやの縁談持ち込みに、小松は溜め息をつかずにはいられない。

「帯刀様、じいの目の黒いうちに、お世継ぎを見せて、じいを安心させて下さいませ」

 じいやは、よよと泣き崩れるが、小松は呆れ果てるように溜め息を吐いた。

「泣き落としは、私には通じないよ」

 さらりと小松が言うと、じいやは顔を上げた。

「やはり、通じますまいか……」

「……当たり前だよ。お前もバカだね……」

 小松はやれやれとばかりに、じいやを袖にして、執務を取るために部屋へと向かう。

「帯刀様!じいは、じいは、諦めませんぞ!」

「はい、はい。暇だね、お前も」

 毎朝の挨拶のように起こっていると、流石の小松もげんなりとしてしまう。

 大願が為った暁は、下野しようと思っているのだから、世継ぎなど関係はないと、小松は思っている。

 家は大事ではあるけれども、家柄だけで個人の能力を判断しない社会は、終わらさなければならないと、小松自身が強く思っているから、もう世継ぎは関係ない。

 子どもを設けるならば、今は愛するものとの間が良いと思っている。

 そこまで思ったところで、小松はハッとする。

 脳裏にゆきの顔が浮かんだからだ。

 ゆきとならば、子どもが欲しい。

 一生の契りを結んでも構わないと、小松は思ってしまう。

 ここまで考えて、小松ははずかしくなって、つい目の回りを赤らめた。

 今は、大願を成すことが大事だというのに、ゆきのことをつい考えてしまうなんて。

 確かに、ゆきとの絆は日に日に深まっている。

 ゆきが自分を助けるために、時空を遡ってきてくれたことも分かっている。

 だからこそ、余計に、大願を成した後の、甘くて明るい未来を想像してしまうのかもしれない。

「……帯刀様」

「何、しつこいよ、じい。縁談は受けないって言っているはずだよ」

「いえ、神子殿が……」

 じいやの言葉に、小松のハッと我に還って、振り返る。

 すると、ゆきが複雑な表情を浮かべてこちらを見ていた。

「小松さん、こんにちは。お忙しいですか?」

 恐縮気味に言いながら、小首を傾げてこちらを見ている。

 その姿がまた可愛らしい。

「忙しくないよ。一緒に外に出ようか、ゆきくん」

 小松はゆきの手を強引に取ると、屋敷の外へと素早く出た。

「執務は良かったのですか?」

「ああ。じいやから逃げられて良かったよ。そういう意味では、ゆきくん、君は私の救世主なのかもしれないけれど」

 小松がわざとすましたように言うと、ゆきはくすりと笑った。

「救世主……?」

「サトウくんのようには言えないけれど、まさにそうかもしれないね」

 小松は薄く笑いながら、ゆきを見つめる。

「じいやに縁談のことで色々と言われてね。私は少なくとも大儀を成すまでは、結婚する気なんてないのにね。だから、助かったよ」

 小松がゆきを見ると、ホッとしたようなしないような、複雑な表情を浮かべていた。

「小松さん、外に出られたのは、何か用事があるからですか?」

「いいや。君こそ用があって、僕のところに来たんじゃないの?」

「え、あ、あの、小松さんとお話がしたいなって、思っていただけで……」

 ゆきがはにかみながら言うのが可愛くて、つい笑顔になる。

 最初は、世間知らずの女だと思っていた。

 だが、そんなことはないのだと、知れば、知るほど思うようになった。

 いつも笑っているのに、芯のある強さがある女であることを知った。

 神子である自覚が芽生えて、ゆきは強くなっている。

 それを小松は好ましく思っている。

 本当に強いからこそ、ゆきは、小松を救うためだけに、この時空に戻ってきてくれたのだろう。

 命を懸けてまで。

 恐らく、ゆきのみぞ知る、前の運命では、自分は死んでいたのだろう。

 だからこそ、ゆきに救って貰った命を大切にしなければならないと思う。

 一度なくなってしまった命だからこそ、何でも出来るように思えた。

「お互いに、何もないのなら、散歩でもしようか」

「はい」

 小松の提案が嬉しかったらしく、ゆきは笑顔で頷いてくれた。

 こんな微笑みひとつですら可愛いと思ってしまうなんて、余程、ゆきを愛しく思っているのだと、小松は認めざるを得なかった。

 ふたりで何の目的もなく、ぶらぶらするのも、また良いものであるということを、小松は肌で感じる。

「うわあ、花嫁さんですよ!綺麗ですね」

 白無垢に身を包んだ美しい花嫁が、ゆっくりと歩いている。

 ゆきはうっとりと、まるで憧れるかのように、じっと見つめている。

 ゆきの表情を見ていると本当に綺麗で、白無垢を自分のために帰せたいとすら思った。

 ゆきならさぞかし似合うことだろう。

 素晴らしい花嫁になるだろう。

 そう考えるだけで、小松の胸はまだ恋をしたばかりの者のように、ときめいていた。

「……ゆきくん、白無垢が着たいの?」

 小松はゆきに真っ直ぐ言うと、目の前の少女は耳朶まで真っ赤にさせた。

 素直に恥ずかしがって、はにかんだ様子が可愛くて賞がなかった。

 重症だと思う。

 とことんまで、叶わないぐらいに好きだ。

「……女の子ですから……」

 ゆきがはにかみながら答える横顔が、とても大人びて色っぽくて、小松はドキリとした。

 こんなに艶のある表情が出来るのかと思うだけで、胸が切なく痛くなる。

 ゆきの様々な側面や、顔を見逃していたのではないかと、小松は思った。

 勿体無いことをしたと同時に、もっともっとゆきのことを知りたいと思った。

  それに、ゆきが白無垢を着たら、さぞかし美しいことだろう。

 きっと見惚れてしまい、一生、離したくはないと思うに違いない。

 誰にも渡したくはない。

 ゆきは自分が貰う。

 小松は強く思わずにはいられない。

 ゆきをそばにおいて、自由で合理的で、かつ安らぎのある人生を過ごしたい。

 小松は強く思いながら、ゆきだけを見つめた。

 自分のためだけに、ゆきに白無垢を着せたいと、小松は強く思った。

「……ゆきくん、じゃあ、君も白無垢を着ると良い」

 小松は鋭さを秘めた短剣のやらような声で、深く呟く。

 すると、ゆきは耳まで真っ赤にさせながら、潤んだ瞳を小松に向けてきた。

 艶やかさと初々しさがある、魅惑的な表情に、小松は益々恋情が高まるのを感じる。

 離せない。

 ならば、いっそ、今。

 小松はゆきの手をギュッと握りしめると、そのまま足早に引っ張ってゆく。

「……小松さんっ……!?」

 ゆきが戸惑うのも構わずに、小松は感情に任せて連れて行く。

「着いてきて。悪いようにはしないから……」

 小松の言葉に、ゆきは素直に従ってくれた。





モドル ツギ