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白無垢を着せるだなんて。 こんなことを言われて、ドキドキしない女の子はいない。 しかも、それが大好きな人ならば尚更だ。 ゆきは幸せなドキドキを心地好く感じながら、小松の後を着いていく。 小松の紋付き袴姿は、うっとりするぐらいに素晴らしいだろう。 想像するだけで、ゆきはドキドキが止まらない。 その横に白無垢姿でいられたら、こんなにもロマンティックなことはない。 ゆきは想像するだけでドキドキしながら、ずっと小松を見つめていた。 小松はただ先だけを見つめて、ゆきを見ようとはしない。 だが、握りしめてくれた手の温もりと力が、小松が本気であることを教えてくれた。 ドキドキしながらも、本当に楽しい瞬間で、ゆきはつい笑顔になった。 小松は大棚の呉服店に顔をだした。 屋号を見て、ゆきは懐かしく感じる。 ゆきの世界にあるデパートと全く同じ名前だったから。 「これは、これは、小松様!」 店主がいそいそと店の奥から出てくる。 ゆきは、小松が相当なお得意様であることを知った。 「彼女に合う白無垢を直ぐに用意をして届けて。急遽、必要になったからね」 「かしこまりました」 まさか白無垢の注文が入り、しかも直ぐに配達だなんて、店主はかなり驚いたようだった。 「では頼んだよ」 小松はとても事務的に言うと、呉服店から出た。 「ゆき、私の屋敷に戻るから、着いてきて」 「は、はいっ」 ゆきが返事をすると、小松はさらにはしっかりと手を握りしめてきてくれた。 ふたりでかなり速いスピードで歩いてゆく。 小松に引っ張られながら歩いていると、ほんのりと小松のものになったような気持ちになり、ゆきは嬉しかった。 もう少し、小松にきつく手を握られても構わないと思う。 それぐらいにゆきはときめいていた。 小松とゆきが手を繋いで屋敷入ると、その姿をみたじいやが、驚きの余りに目を丸くした。 「帯刀様っ!いかがされましたか!」 「離れを使うよ。呉服店から荷物がきたら、そこに入れて。それと、着付けと化粧が出来る者を呼んで」 「かしこまりました」 じいやは何が起こったのか、分からないらしく、とにかくやるべきことをやらなければならないとばかりに、急いで準備に行ってしまった。 それをゆきはただ見つめることしか出来なかった。 「ゆき、行くよ」 「は、はいっ」 ゆきは小松に手を引かれて、そのまま離れへと向かう。 いよいよ白無垢を着る。 まさか、白無垢を着ることになるなんて、ゆきは思ってもみなかった。 だが、小松の前で白無垢になれるのが、ゆきはときめく幸せを感じた。 小松に手を引かれて離れにむかう。 こうしていると、小松と結婚するのではないかと、夢を見ても良いのではないかと、ゆきは思った。 これはあくまで“ごっこ遊び”であることは、ゆきにも解っている。 だから然り気無く切ないのかもしれない。 「さ、君のご要望におこたえするよ、ゆきくん」 「ありがとうございます」 これが本物であったら良かったのに。なんて思っても、叶えられないことぐらいは、ゆきが一番解っている。 離れに入ると、呉服店から多くの荷物が運び込まれて、ゆきは驚く。 花嫁支度はかなりかかってしまうことを目の当たりにして、恐縮してしまう。 「……ごめんなさい、小松さん、こんなに凄いこと……」 「日頃、君は頑張っているんだから、これぐらいは構わないと思うけれどね、私は」 受け入れることが当然のように言ってくれるのは嬉しいけれども、悪いような気がした。 だが、小松の横で白無垢姿になりたいという思いには勝てなくて、ゆきは結局、白無垢わ、着せてもらうことになった。 「さて、きれいにさせて頂きますわ…」 かなりわくわくしているのか、着付けをしてくれる女性は楽しそうにてぐすねを引いて待ってくれている。 ゆきの覚悟も決まった。 「お願いします」 「はい、分かりました。神子様、宜しくお願いします」 「では私は仕事に戻るから、準備が終わったら、呼んで。神子殿の“馬子にも衣裳”ぶりを拝見するよ」 小松はまるで見世物を楽しみにするように言うと、執務に行ってしまった。 ゆきはまるで着せ替え人形にでもなったような気分になりながら、白無垢に袖を通す。 魂が愛するひとのために、ピュアになるようなそんな気持ちになる。 神聖な気持ちで、こころごと引き締まるような気分だ。 愛するひとのために、美しくなる。 なんて素晴らしいことなのだろうかと、ゆきは思わずにはいられない。 ゆきは胸がかきみだされるのを感じながら、綺麗になるためにその身を委せていった。 ゆきが、白無垢に袖を通す。 なんて素晴らしく、甘美なことなのだろうかと、小松は想う。 楽しみで楽しみでしょうがなくて、緊張する余りに、執務に手がつかない。 ゆきには戯れだなんて言ったが、本当はそんなことは思ってはいない。 ねがわくば、白無垢姿のゆきを一人占めにしたいのだ。 だが、それはとても難しいことは解っている。 それでも、ゆきを自分のものにしたくてしょうがなかった。 何だか落ち着かない。 早くゆきの白無垢姿が見たくてしょうがない。 少しも呼びに来ないから、かえってイライラしてしまった。 刻を確かめると、少しも時間が経過していないのが分かる。 本当に見たくて、見たくて堪らない。 小松は、こんなにも誰かに執着をして、求めるのは初めてだと悟った。 どんどん花嫁姿になってゆく。 化粧を施されると、本当に綺麗な花嫁にしてもらった気持ちになり、まるで晴れの日を迎えたようだ。 ただ、小松のためだけに綺麗になりたい。 それだけだ。 大好きな人に、心から綺麗だと思って貰いたい。 ゆきはただ純粋にそう思った。 小松にとっては本当の意味で、気紛れなのだろう。 だが、ゆきは真剣に綺麗になりたかった。 「……まあ!神子様、本当にお美しいですわ!帯刀様が、あなた様をお選びになったのは分かりますわ!」 使用人の女性は、ゆきを絶賛してくれる。 小松も同じように絶賛してくれたら、嬉しいのに。 ゆきは見果てぬ夢を思いながら、眩しく思っていた。 「……帯刀様にも、裃をお召し頂いたほうが良いのではないかと思いますわ!お二人が並ばれたら、素晴らしくお似合いだと思いますからね」 「ありがとうございます」 ここまで言って貰えると、恥ずかしさと喜びが滲んでくる。 「神子様も、そう思われませんか?!」 「……出来たら、私も……、小松さんの裃姿が見たいです……」 ゆきがハニカミながら言うと、使用人は嬉しそうに大きく頷く。 「では、ご手配しませんといけませんわね!」 まるで雛人形を準備するかのように、使用人たちは嬉しそうにパタパタと動き始めた。 小松が執務をしているふりをしていると、使用人が呼びに来る。 いよいよだと思い、小松はつい笑顔になった。 「帯刀様も、お着替え下さいませ」 使用人の言葉に、小松は目を丸くした。 |