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「どうして私が、着替えなければならないの!?」 小松が困惑をしながら言うと、使用人たちは楽しそうに微笑んだ。 「それだけ、神子様が美しいということですよ。神子様だけが白無垢姿というのは、とても勿体ないですから」 しらっと使用人に言われて、小松は一瞬、固まってしたう。 ゆきはそれほどまでに美しいということなのだろう。 最初は、着せ替え人形のような感覚で衣裳を用意しただけだというのに、ゆきは想像を越えるほどに美しいということなのだろう。 小松は余計に、自分以外の男とゆきを、寄り添わせたくはないと思ってしまった。 こんなにも切ない想いは他にはないから。 なら、自分がゆきに寄り添えば良いのだ。 小松はそれを強く思った。 「……分かったよ……。裃に着替えるよ……。全く、君たちは、私と神子殿を、ひな人形か何かと勘違いしているね」 小松はゆきに寄り添える嬉しさを押し殺すと、わざと溜め息を吐いた。 「…私たちは着せ替え人形ではないよ……」 「まあ、最初に神子様を着せ替え人形にしたのは、ご家老ではございませんか?」 くすくすと笑いながら言われてしまい、小松はわざと不機嫌なふりをする。 「さあ、とっとと着替えるよ。こんな押し問答は合理的ではないからね。着替えれば良いんでしょ」 小松はクールにわざとらしく言うと、裃に着替えることにした。 これも最高の想い出になるだろう。 ゆきと紡いだ最高の想い出に。 小松は、些か甘い幸せな緊張を抱きながら、裃に着替えにいった。 「神子様、少々お待ち下さいませね。ご家老がおめしかえに行かれていますから」 「はい」 おめしかえ。 小松まで着替えて、どうするのだというのだろうか。 ゆきは何が起こっているのかが分からなくて、小首を傾げた。 「小松さんまで着替えるなんて、何かあったのですか?」 「神子様が、余りにもお美しいからですわ。お綺麗なので、つい、私たちは同じように整えたご家老とご一緒のところが拝見したかったんですよ。素晴らしいのに決まっていますから」 ウキウキしながら言う女性に、ゆきはプレッシャーを感じてしまう。 ついドキドキして、どうして良いのかが分からなくなる。 小松が素晴らしいのは解っているから、釣り合うのは難しいのではないかと、思った。 「きっとお二人は見事なまでにお似合いですわよ」 「有難うございます。だけど、小松さんは素晴らしいから……」 ゆきはつい切ない本音を呟いてしまう。 小松は本当に素敵だから、果たして隣にいても良いのかと、思ってしまう。 恋には鈍感だと小松には思われているが、本当は誰よりも恋には臆病で、どうして良いのかが分からないだけなのだ。 ゆきはそれが切なくて苦しい。 どうして良いのかが、分からない。 今も素晴らしい小松と寄り添うには、不相応なのではないかと思わずにはいられない。 不安と期待とときめき。 そんな複雑な気持ちが、ゆきの中に渦巻いていた。 見劣りすると言われたらどうしようか。 そんなことばかりをゆきは考えてしまう。 「神子様、本当にお綺麗なんだから、そんなに自信無さげな態度にならなくても、大丈夫ですよ。あなた様は本当にお綺麗ですから」 「有難うございます」 「あなた様がご家老にふさわしいか、ではなくて、ご家老があなた様に相応しいかどうが、問題ではございませんか?」 背中を押して貰えたような気がする。 ゆきは笑顔になると、背筋をまっすぐ伸ばして、堂々と小松を待つことにした。 小松は裃に着替えた後、妙に緊張してしまった。 ゆきが素晴らしく綺麗なのは解っているから、ふたり揃ってしっくりときたら良いのにと願わずにはいられない。 こんなことを思うのは、ゆきが相手だからだ。 ゆき以外には思わないことだ。 支度の後ゆきの所に行くのに、ひどく緊張してしまう。 ゆきが素晴らしく綺麗なのは解っている。 それを見るのを、とても楽しみにしているは、事実だ。 ゆきと一緒にいることを楽しみにしながらも、自信がないのは、きっとそれだけゆきのことを愛しているのだろう。 小松は背筋をまっすぐ伸ばして、ゆきのところに向かった。 ゆきがいる間に静かに入る。 すると、ゆきが眩いばかりの美しい白無垢姿で立っているのが見えた。 そこだけが、後光が射しているように見える。 本当に綺麗で、小松はただ見つめることしか出来ないぐらいに美しかった。 魂の総てを捧げても良いのにと思うぐらいに、ゆきは美しかった。 「……ゆき……」 名前を呼ぶと、ゆきは愛らしい笑顔で、小松を見つめた。 花のような笑顔が可愛くて、ゆきをそのまま抱きすくめたくなった。 小松が手をさしのべると、ゆきはそっと手を重ねてくれる。 なんて可愛いのだろうかと、小松は思わずにはいられない。 本当に可愛くて、美しい。 完璧だと思う。 小松にとっては、ゆきは完璧だった。 ただじっと見つめるだけでは飽きたらなくて、更に触れて、抱き締めたいと思ってしまった。 ゆきの手を取ると、まわりにいた小松の部下や屋敷の者がうっとりと見つめているのが、分かる。 ゆきだけではなく、ふたりに対してだ。 ゆきは柔らかく微笑みながらも、泣きそうになっている。 誰にも見せたくない美しさだ。 自分だけのものにしたいと、ゆきは思わずにはいられなかった。 小松がしっかりと手を取ってエスコートをしてくれている。 こんなに素晴らしいことは他にはないのではないかと思ってしまう。 「ゆき、庭に出るよ。ここだと落ち着かないから……」 「……はい」 皆に見られているのは、ほんのりと恥ずかしい。 ゆきは、小松に手を引かれながら、庭へと出る。 こうしていると、本当に結婚式を挙げたのではないかと、ゆきは思わずにはいられない。 ふたりで庭に出て、ゆきは改めて、小松を見上げた。 小松は、心臓がタンブリングするぐらいに素敵で、ゆきは真っ赤になりながら見つめることしか出来なかった。 こうして、結婚衣裳で、ふたりで庭に出るだけで、幸せだ。 幸せすぎてどうにかなりそうだ。 ゆきが、小松をじっと見つめると、クールな眼差しが返ってきた。 「どうかしたの?こんなに私を見つめて」 「……あ、あの、小松さん、裃も似合っているなって……」 「……武士だからね。ゆき、君も悪くはないと思うよ……」 悪くはない。 それは小松の誉め言葉であることを、ゆきは知っているから、嬉しかった。 小松は言った後で、ほんのりと瞳の周りを紅くしている。 それがかわいかった。 「小松さんとこうしていられることが、私は幸せです」 「……ゆき、私も、幸せだよ」 小松も同じように幸せでいてくれることが、ゆきはウレシくてしょうがない。 小松の言葉に、ゆきは泣きそうになってしまった。 「……ゆき、泣かないの」 「嬉しいんですよ……」 ゆきが涙ぐみながら笑うと、小松も困ったように笑った。 「ここは不味いね。木の後ろに隠れてしまおう」 小松はゆきの手を取ると、そのまま木の後ろに隠れた。 「ここならば、誰も見ていないよ」 小松はそう言うと、涙を拭ってくれるものだと思っていた。 だが、そのまま顔を近づけてきたかと思うと、唇を重ねてきた。 花嫁衣裳でのキス。 ロマンティックで厳かなキス。 幸せなキスの後、ふたりはじっと見つめあう。 「……いつか……」 小松はそれだけを言うと、ゆきにキスをする。 いつか。 それは本物の結婚式に違いない。 ゆきはそれを確信しながら、小松を抱き締めていた。 幸せな未来像ごと。 |