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そんな者は、一生現れないだろうと思う。 個人的に守りたいと思う相手ではあるが。 職務とは全く関係なくだ。 勿論、自分の部下は守りたいとは思う。 だが、小松帯刀個人で、誰かを守りたいと思ったことは、なかった。 なのに。 そのような相手に出逢ってしまった。 もう出逢うことはないと、ずっと思っていたというのに。 目の前にいるのは、鈍感なまだ幼さを残す人形のような少女。 このような子供に振り回されるなんて、今まで思ってもみなかった。 子供の癖に、世の中のことなど何も分かっていないのに、ただ世界を救いたいという一心だけで、命をかけている。 馬鹿げていると思う。 なのに惹かれる。 惹かれずにはいられない。 手をさしのべたいと思う。 そんな感情に小松は弄ばれている。 ゆきの背中ばかりを目で追う。 その心許ない背中を、抱き締めてやりたくなる。 だが、何とか持ちこたえる。 ゆきを守りたい。自分の命に代えても。 そんな強い想いがあるからか、小松はゆきを守るためならば、厳しくもなれた。 優しくするだけでは、相手を守ることは出来ないのだから。 たとえゆきから嫌われたとしても、小松は守るためならば、どのようなことでもするのだから。 小松はゆきの背中を守るように見つめる。 この少女だけは、何としても守ってみせると、小松は強く思った。 小松は自分に対しては、かなり厳しい。 本当に厳しすぎて、泣きたくなることもある。 だが、冷静に突き詰めて考えれば、いつもゆきのために考えてくれているのだ。 それはとても感謝していた。 だからこそ、どんなにも冷たくされても、耐えることが出来る。 出逢った頃は、なんて冷たいひとなのだろうかと思った。 利益だけを追求するなんて、なんて嫌なひとだと思った。 実際に、嫌味野郎だとも思った。 だが、それも背景を冷静に見れば、納得がいった。 小松個人には全くといって良いほどに、なんの利もなかった。 周りの人間に利が回るように、常に綿密に考えたうえで行動していることに気づいた。 真実の目で小松を見ることが出来るようになってから、ゆきは、いつしか好きになっていた。 このひとならば一緒にいても、きっと大丈夫だと。 このひとにならば、着いていっても構わないと。 だが自分達が住む世界の違う人間であることはわかっている。 世界を救う。 世界を変える。 その大義が為った時に、離れなければならない相手であることも、充分過ぎるほどに分かっている。 だからこそ切なくて、辛いのだ。 愛してはいけない相手。 恋をしてはいけない相手。 それが分かっている。 だが、同じ時間を刻むことが出来る今、この瞬間だけでも、恋をしたい。 ゆきは強く思うようになった。 怨霊の浄化が終わり、ゆきはひといき吐きたくなった。 身体が怠くて重い。 ずっしりと自分にのしかかるような気分になる。 だが、これぐらいでは、闘いを止めてはならないのだ。 まだまだ浄化すべき怨霊は沢山あるのだから。 「さあ、先を急ぎましょう。まだまだ浄化しなければならないですから」 ゆきは努めて明るく振る舞った。 体調が悪いことを、決して覚られてはならない。 誤魔化すのに笑顔というのは、なんて便利なツールなのだろうか。 ゆきはそれを身を持って感じていた。 先を急ぐために早足になると、ゆきは足首に違和感を覚えた。 激痛とまではいかないが、確かに痛みはある。息が出来ないくらいの痛みではないので、何とかなるような気がした。 大丈夫、大丈夫。 きっと大丈夫。 自分自身にゆきは言い聞かせるしかない。 今までもずっとこうして乗り越えてきたのだから。大丈夫だ。ダメなはずはない。 ゆきは足首に走る痛みに息を呑みながらも、何とかそれを乗り越えようとした。 八葉には誤魔化せる。 大丈夫。 誤魔化せない相手がいるとするならば、それは医師である瞬と、鋭い小松だと、ゆきは思った。 ゆきの横で守ってくれている瞬と、ゆきの背後で守ってくれている小松。 どちらも気付く位置にいる。 ゆきは、それでも誤魔化そうと、心に決めていた。 とことんまで誤魔化してやろうと、ゆきは心に決めていた。 「……神子殿」 改めるようにして、小松に声を掛けられて、ゆきは内心ビックリした。 胸が竦み上がるほどにドキドキしてしまう。 「そんなに慌ててどうするの。昼時だよ、そろそろ。握り飯も早く食べないと痛むよ。少し休憩してからでも、遅くはならないでしょ?」 小松はうんざりするかのように、少し冷徹な声で呟いた。 ゆきは改めて気づいて、空を見上げる。 この世界では、時計を見て時間を確認するわけではなく、空を見上げて時間の推移を計ることが多い。 確かに太陽は昼時の位置を示していた。 それに、宿で用意してもらったおにぎりもある。 休憩するのが自然だろう。 小松の申し出には、ゆきは一瞬、肝を冷やしたが、直ぐに申し出を納得することが出来た。 「そうですね。休憩しましょうか」 「近くに小川があるからちょうど良いよ。そこに行こう」 「はい」 ゆきは頷きながら、何を焦っているのだろうかと、自分に言い聞かせた。 焦る必要なんて全くないのに。 近くの小川の川原にに着いて、そこでおにぎりで昼食を取った。 ここで休憩を取ることが出来て、助かったというのが、ゆきの本音だった。 痛みが先程に比べて、かなり強くなっている。 涙が滲んでしまう。 それぐらいに痛い。 ゆきがおにぎりを食べ終わるタイミングで、小松が然り気無くやって来た。 「ゆきくん、あちらに冷たくて気持ちが良い場所があるよ。行こう」 小松はいきなりゆきの手を取る。 一瞬、ドキリとしたが、ゆきは小松にそのまま強引に、何処か優しく立ち上がらされた。 そのまま手を引かれて、少しだけ上流に移動する。 「ここに座りなさい」 岩の上に座らされると、小松は冷徹にゆきを見た。 「足を冷やしなさい。痛いんでしょ?」 小松の何処か突き放すような声に、ゆきはこのひとはお見通しなのだと思った。 このひとには誤魔化しはきかない。 ゆきは強くそれを感じた。 観念するしかない。 ゆきは小松をまともに見られないまま、溜め息を吐いた。 |