手を繋ぐ。 ただそれだけなのに、ドキドキが止まらない。 あの綺麗で大きな手に包まれるだけで、ゆきの鼓動は激しく高まる。 たまにしか手を繋ぐ機会はないけれども、それでもゆきは幸せだ。 大好きなひとと一緒にいる。 手を繋ぐということ。 それだけで、気持ちが甘く高まってゆくのを感じる。 ゆきは甘い感情を持て余すように、大好きなひとを遠くから見つめた。 「妻になりなさい」 もし、その言葉が、心からのものであるのであれば、頷けるかもしれない。 だが、愛しているとは言えないと言われている以上は、頷けない。 そんなシンプルなことなのだ。 ゆきが気にしていることは。 だからこそ、切なくなる。 苦しくなる。 ゆきにとっては、苦しい気持ちが渦巻く。 小松は、ゆきが神子でなくなったら、「妻になりなさい」だなんて、戯言は言わないのかもしれない。 恐らく、言わないだろう。 そんなことばかりを考えてしまうからか、最近、小松を避けてしまう。 平田殿には逢いたい。 本当は、小松のそばにいたい。 だが、傷つきたくない、そんな想いが、蓮水ゆきとして、渦巻いている。 神子としての想い。 そして、蓮水ゆきとしての想い。 責任とひとりの女性としての想いが強く渦巻いて、ゆきは切なくも、苦しい気持ちになるばかりだ。 ゆきはなるべく小松から離れるようにして、歩いていた。 今日も、怨霊の浄化が終わった。 疲労は相当なもので、かなりくらくらする。 気持ちが悪くて、ゆきは苦しくて堪らなかった。 薩摩藩邸の近くを通り掛かる。 小松とはここでお別れだ。 小松も執務があるのだから、致し方がない。 ゆきは、離れて歩いているくせに、こうして小松と別れる瞬間が、一番苦しくて、辛い。 ならば、一緒にいたいと甘えれば良いのに、そういう訳にはなかなかいかない。 小松とこれ以上一緒にいたら、本当に妻にして貰いたくなる。 傍にいたいというワガママでいっぱいになってしまう。 ゆきはそれが嫌で堪らない。 どうしてこんなに苦しいんだろうか。 恋がこんなにも辛くて苦しいものだなんて、知らなかった。 恋というのは、いつも幸せを運んでくれるものだと、ゆきは思っていたからだ。 だが、命を懸けた本当の恋は、苦しみが付き物なのだということを、ゆきは初めて知った。 疲れた。 リンドウ邸までは、まだまだある。 後、一度ぐらいは、怨霊を浄化させることが出来る筈だ。 後は、ひたすら休めば良い。 「この世界に、栄養ドリンクがあると良いのに……」 ゆきはついうっかり呟いてしまった。 「ゆき、辛いのですか?」 瞬は、いち早く気づき、ゆきを見た。 「あ、だ、大丈夫だよ。瞬兄、心配かけてごめんね……」 ゆきは慌てて笑顔になる。 だが、瞬の厳しい視線は止めない。 「顔色がかなり悪いです。目の下にはクマが出来ています。休まれたほうが良いです」 「大丈夫だよ。あ、にゃんこ!」 ゆきは誤魔化すように言うと、近くにいる野良猫に寄っていく。 「可愛いね。平田さんは、どうしているかなあ……」 ゆきがひとりごちていると、白檀の麗しい薫りがして驚く。 「そんなにも平田殿に会いたければ、来ると良いよ。ここからは、かなり近いから」 小松はさらりと言うと、ゆきの手を強く掴んだ。 「君は少し休んだほうが良い。薩摩藩邸ならば、ここから近いし、のんびりと出来る筈だよ。来なさい」 小松はピシャリと言うと、ゆきの意見など聞かずに、さくさくと歩き始める。 「ゆきくんを借りるよ。君たちは先に帰って。きちんと送り届けるから。戻るより、薩摩藩邸で休ませるほうが、合理的でしょ?」 小松は静かに呟くと、そのままゆきを連れて、藩邸へと入っていった。 ゆきは、強引に押しきられるように、薩摩藩邸へと入る。 小松はしっかりとゆきの手をしっかりと握り締めてくれる。 小松の手の温もりを感じながら、ゆきはこの上ない安心感とドキドキ感を覚えた。 華やいだ感情と言っても良いのかもしれない。 「ゆき、君はどうしてそんなに無理をするの?君が無理をすれば、すれるほど、八葉たち、しいては君が救いたい世界にも、悪い影響があることが分からない?君がしていることは、非合理的だということだよ」 小松は突き放したように言いながらも、手を優しくしっかりと握り締めてくれる。 安心する。 一番大好きなひとに守られているようで。 手を繋ぐだけで、小松の優しさや温かさが、感じられる。 ごく素直に手を繋ぐことが出来たら良いのにと、ゆきは思わずにはいられない。 大好きな小松。 純粋な恋情は一方通行。 こうして手を繋ぐだけで、恋の密度が濃くなる。 「少し休んでいきなさい。見ていられないからね、君は……。どうしてそんなにも無理をするの?」 小松は本当に心から心配してくれている。 それがゆきには嬉しい。 だが、同時に、叶うことがない恋を思い出させ、辛かった。 「神子殿がお休みになるから、寝床を用意してあげて。平田殿は、あ、着いてきたね……」 小松の姿を見つけるなり、平田殿は駆け出してきてくれる。直ぐにゆきを見つけてくれて平田殿は、ゆきの脚に刷り寄ってきた。 「平田さん、こんにちは」 平田殿は、喉をごろごろと鳴らしながら、平田殿は甘えてくれる。 「平田殿を独占しても良いよ。温めて貰いなさい」 「はい」 平田殿と一緒にいれば、温かな気持ちになる。 ゆきは思わず笑顔になった。 「小松さんは?」 「私は執務があるからね。君がきちんと休んでいることを確認したら、仕事に戻るよ」 「有り難うございます」 ゆきは、小松のさりげない優しさに、泣きそうになる。 こうして優しくされると、小松をもっと好きになってしまうではないか。 寝床が用意されて、ゆきはそこに横になる。平田殿も横にちんまりと丸くなる。 「ほら、眠りなさい」 いざ眠ろうとしても、なかなか眠れない。 ゆきはじっと小松を見つめてしまう。 「どうしたの?眠れないの?」 「……はい、眠れないです……」 「そう。しょうがないね」 小松は呆れるように溜め息を吐いたかと思うと、いきなり手を握り締めてきた。 「……!!!」 ゆきが驚いていると、小松はくすりと微笑んでゆきを見つめる。 「こうして、誰かの温もりを感じていたら、直ぐに眠れるでしょ?」 「……小松さん……」 小松の気遣いが嬉しくて、ゆきは泣きそうになる。 ゆっくりと目を閉じると、不思議と安心してくる。 小松の温もりに幸せを感じながら、眠りに落ちる。 手を繋ぐこと。 それは一番愛を感じられる方法。
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