前編
小松が、最近、ゆきを全く構ってはくれなくなってしまった。 素っ気なくて、泣きたくなる。 どうしてこんなにも冷たいのだろうかと、ゆきは苦しくなる。 嫌いになったのだろうか。 ゆきが余りにもなにも出来ないから。 余りにも甘えているから。 小松に呆れられてもしょうがないことをしているという、自覚は誰よりも有るつもりだ。 だから、離れたいと思われたのかもしれない。 京の薩摩藩邸に行っても、全く取り合っては貰えない。 何度行っても、何をしても、会えないのだ。 ぼんやりと薩摩藩邸の周りをちょろちょろと歩くのが、ゆきの日課になってしまった。 今日もまた会えなかった。 泣きそうになる。 いくら薩摩藩邸の武士に声を掛けても、素っ気ない態度は同じで、通しては貰えなかった。 好きでしょうがない。 好き過ぎて、小松のことしか考えられない。 ゆきは胸が苦しくてしょうがなくて、食事をすることも出来なくなった。 まるで病気になってしまったのではないかと思うぐらいで、力が入らなくなる。 神子として、力を使いフル回転で働きながら、小松のところに通う。 せめて顔を見たいとすら、思ってしまう。 だが、それがたたってしまったのか、ゆきは起きられなくなってしまった。 ゆきがそばに行くと、小松はあからさまに嫌がる。 いやがられるのを解っているのに通い、しかも、神子として認めて貰いたくて、ゆきは根を詰めて頑張りすぎたのかもしれない。 そんなことを繰り返しているうちに、ゆきの身体は蝕まれていたようだった。 起き上がることが出来ないからか、今日は休むようにと命令をされてしまった。 ゆきは宿の布団の中でじっとする。 こうしていることしか、今は出来ない。 だが、ひとりで静かにしていると、ゆきは小松のことしか考えられなくなって、かえって苦しくなってしまった。 じっと小松のことだけを考える。 嫌われているのは解っているのに、どうして想いを振り切ることが出来ないのだろうか。 ゆきはため息を吐かずにはいられなかった。 いつもならば、ゆきが訪ねてきたと報告があるというのに、今日はいつまで経ってもない。 「……諦めたのか……」 ゆきの命を守るために、自ら遠ざけたというのに、こうして訪ねて来ないとなると、落ち着かない。 今までずっと来ていたから、それがピタリと来なくなるというのは、何かあったのではないかと、逆に心配になってしまう。 小松は仕事が手につかないと感じてしまう。 何も出来ない。 明日もゆきが来なかったら、探りを入れなければならないと思わずにはいられない。 自ら望んだことだというのに、どうしてこのような気持ちになってしまうのだろうか。 今までは、冷静沈着で対応することが出来たというのに、今はそれが出来ない。 小松はため息を吐かずにはいられなくなる。 自分が自分でなくなる。 こんな感覚は、今まで経験したことがなかったというのに。 小松はどうして良いのかが解らない。 また、ため息を吐きながら、天井を見た。 一日を無駄にしてしまったとゆきは強く感じる。 明日にはまた活動を再開しなければならない。 だが、薩摩藩邸にはもう行かないほうが良いのかもしれないと、ゆきは思う。 嫌われているのだからしょうがない。 今までは、蓮水ゆき個人として、薩摩藩邸を訪れていた。 今は、龍神の神子としての働きが重要だ。 だからこそ、ゆきは明日には起き上がらなければならないと感じていた。 だが、なかなか起き上がることが出来ない。 こんなにも体力を奪われていたのだろうか。 想いが通じなくて、気力が削られたのは確かだが、それであるがゆえに、体力も削られている。 このようなことが起こるなんて、ゆきは思ってもみないことだった。 明日も起き上がれるのだろうか。 そんな不安が過る。 一日を無駄にしてしまい、皆に迷惑をかけていると言うのに。 ゆきは、自分の不甲斐なさに泣きそうになっていた。 もう3日、ゆきが来ない。 小松は限界に近いのではないかと自分で感じてしまうぐらいに、苛立ちを覚えている。 ゆきに逢いたい。 逢いたくてたまらない。 小松は、ゆきの笑顔を思い出して堪らなくなった。 こんなにも苦しい想いを更に抱くことになるなんて思ってもみなかった。 ゆきに逢いたい。 今更、逢いに行けるのだろうか。 そんなことをつい考えてしまう。 「御家老、客人でございます。福地桜智殿でございますが……」 「桜智? 通して」 小松は些かの不安を感じながら、桜智を通す。 桜智がわざわざやってくる。 ゆきに何かあったのだろうか。 そればかりをつい考えてしまう。 そのせいか、胸騒ぎが止まらず、気分が悪かった。 「お邪魔するよ」 「どうぞ。桜智、用件は何?」 小松はわざとさらりと話すと、桜智を見つめた。 「今日は私個人として、話に来たよ。龍神の神子としてではなく、ゆきちゃん個人のことだよ」 「それがどうしたの?」 小松はわざとそっけなく言う。 「……ゆきちゃんが、寝たままだ」 小松は胸騒ぎが止まらず、眉を潜めた。 「……それがどうしたの?」 「起き上がれないようなんだ、どんなに頑張っても。このまま衰弱するんじゃないかって、皆、心配をしている。だから、見舞いに行ってあげて欲しいんだ。他の八葉は皆、見舞いに行ったんだけれどね。それでも良くならないのは、私たち八葉の力が足りないんじゃないかと思ってね」 「……気が向いたら行くことにするよ。用件はそれだけ?桜智」 小松はわざと気がないように言ったが、内心は気になってしょうがない。 ゆきが寝込んでいる。 離れてしまっても、こうして生命の危機になるのであれば、側に置いたほうが良い。 小松は逡巡する。 「……用件がそれだけなら失礼するよ。仕事がたまっているからね……」 小松は奥の部屋に入ると、ため息を吐く。 覚悟は決まった。 側に置く。 それだけだ。 小松は桜智が消えたことを確認すると、宿に向かう準備をする。 見舞いなんて生温い。 ここに連れて帰る。 それだけだ。 小松は直ぐにかごの準備をする。 愛しい者を迎えるために。 ゆきが、消えてなくなる。それ以上に辛いことなんて、他にはないから。 小松は素早く準備を終えると、ゆきがいる宿へと向かった。 |