*大切なひと*

後編


「君は、薩摩藩邸に行く。私のそばで養生しなさい」

 小松はゆきに言い聞かせるように言うと、柔らかくふわりと抱き締めた。

 ゆきは最初だけは驚いているようだったが、直ぐに甘えるように小松に抱きついてきた。

 ギュッと抱きついてくるゆきが愛しくてしょうがない。

 ゆきを壊したくなるぐらいに、いや、壊せないぐらいに愛しい。

 甘えるように、愛を請うように抱き締めてくるゆきが、とても可愛くてたまらない。

 本当に。

 離したくない。

 側に置かないようにして、危険から守ろうとしていた。

 だが、傍からは決して離してはいけなかったのだ。

 小松はしみじみと感じながら、ゆきを抱き締めた。

 

 小松がこの上なく優しく抱き締めてくれている。

 着物からはとても良い香りがする。

 ゆきはそれを胸一杯に吸い込んだ。

 こうしているととても安心する。

 ゆきは、何度となく小松の香りを吸い込んだ。

 こんなにも素敵な香りは他にはない。

 胸を焦がすようなロマンティックな香りの持ち主は、小松以外には考えられない。

 ずっとこうして抱き締められていたい。

 小松に抱き締められるだけで、ゆきは元気がチャージをされてゆくような気持ちになった。

 暫く、こうしていたら元気になれる。

 小松に嫌われてはいないことが、明確に解ったのだから。

 それだけで幸せだ。

「……小松さんに、嫌われていなくて良かったです」

 ゆきはホッと嬉しい気持ちを声に乗せた。

「そんなわけがないでしょ。安心しなさい」

「はい、有り難うございます。これで元気になれそうです。どうも有り難うございます。小松さんが側にいて下さっていたら、大丈夫ですから。直ぐに元気になれますから」

 ゆきは小松の胸から顔を上げると、素直な笑顔を向ける。

 小松がいれば、それだけで頑張れるから。

「ゆき、君って子は、どうしてそんなに無邪気に言うの?」

 一瞬、小松が苛々したように見えたが、直ぐにそれを訂正したくなった。

 小松の唇が、ゆきの唇に触れたのだ。

 これにはゆきも驚いてしまった。

「……あ、あのっ!?」

 真っ赤になりながら小松を見ると、あくまでクールな表情が滲んでくる。

「……こ、小松さんっ」

 ゆきが焦るように言うと、それを楽しそうに見る小松がいる。

「……私ばかりが一方的に好きではないことは、君の笑顔を見れば解るからね」

 小松に言われて、ゆきは恥ずかしくて、俯くことしか出来ない。

 ずっと体調が優れなかったのに、小松に会った瞬間に、どんどん良くなって行くなんて。

「……小松さんに嫌われてはいないことが、解ったから、何だか元気が出てきたんですよ」

 ゆきははにかみながら言うと、小松を見た。

 小松こそゆきにとっては、最高の特効薬だ。

 これほどまでに、素晴らしい薬は他にはない。

「……よく、解ったよ。君に良かれと思ってやったことが、結局は、良くなかったということだね……。そばにいるほうが良いのであれば、そばにいるよ。それが、私の本当に望むことだから……。ゆき、君はどうなの?」

「私も側にいます。それだけです」

 ゆきが呟くと、小松は抱き締めてくれた。

 こうして二人で抱き合うだけで、なんて幸せなのだろうかと、ゆきは思わずにはいられない。

「……薩摩藩邸でゆっくりしなさい。連れて帰るよ。良いね?」

 小松の凛とした優しい言葉に、ゆきはただ頷いた。

 

 ゆきが、承知をしてくれた。

 それだけで小松は嬉しくてしょうがない。

 自分のやり方が間違っていたと言うことを、改めて想い知らされたような気がした。

 ゆきは、静かに小松に抱かれている。

 そばにいることで、リスクは大きいかと言われたら、そうではないと、今なら思える。

 ゆきのそばにいる。

 離さない。

 離れてはいけない二人なのだと言うことを、小松はひしひしと感じずにはいられなかった。

「……ゆき、支度を整えなさい。直ぐにでも行こうか」

「はい。有り難うございます」

 ゆきは静かに呟くと、もう一度だけ、甘えるように抱きついてきた。

 その柔らかな愛しい者を、小松はいつまでも守らなければならないと、強く感じていた。

 

 ゆきの体調を回復させるため。

 この理由で他の八葉たちを納得させて、小松はゆきを薩摩藩邸へと連れて帰る。

 籠に乗せて、ゆきを丁寧に扱った。

 小松はゆきの手をギュッと握り締めながら、薩摩藩邸へと移動する。

「直ぐに良くなると思います。有り難うございます」

「焦らなくて良いとは、言えない処が苦しいけれどもね」

「なるべく早く回復するように頑張りますね」

「そうしてくれると助かるね」

 小松は坦々と呟きながらも、ゆきの手をギュッと握り締めずにはいられなかった。

 誰よりも大事な者を守る。

 そのためには、そばに置くのが一番だということに、小松はようやく気が付いた。

 離れていれば、守ることが出来ないことや、想定外の危険がある可能性があることを、小松は気付いた。

「なにも気にせずに、ゆっくりしなさい。良いね?」

「有り難うございます」

 ゆきの顔色が随分と良くなっている。

 このままだと、回復も早いだろう。

 そばにいること。

 それがふたりにとっては、最高の形だということがようやく解った。

 小松は、もう二度と離れないと誓った。

「ゆき、早く治して、悲願を達成しよう」

「達成されたらどうされるのですか?」

 ゆきの直球に、小松はフッと微笑む。

 大義を成したら、表舞台からは去るつもりでいる。

 同時に、自由に動くことが出来ればと、思わずにはいられない。

 それと愛するものと一緒に生きられたなら。

「……そうだね。本当に望む人生を、大切なひとと一緒に生きられたなら良いね……」

 穏やかにゆきと一緒に人生を生きてみたい。

 小松はそう思わずにはいられない。

 真っ直ぐと小松はゆきを見つめる。

「それが誰かは君が一番知っていると、思うけれどね」

 小松はわざとゆきに考えさせるように言うと、そっとまろやかな頬に口付ける。

 ゆきは驚いて、真っ赤な顔をして、目をキョロキョロさせていた。

 とても可愛くて、小松はもう一度頬に口付ける。

「……忘れないで。このようなことをするのは、君にだけ……だからね……」

 ありったけの愛を込めて。

 愛するたったひとりの女性へと口付ける。

 大切なひと。

 小松はこれからも全力で、守って行くことを心に誓った。




マエ モドル