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「どうぞ、私は急いでいないですからお先に」 「有り難う、恩に着るよ」 まさか自分自身に、ロマンス小説や、大昔のメロドラマのようなことが起こるとは、考えてはいなかった。 今、思えば、あれが本当の意味で運命であったと、ゆきは強く思っている。 あれ以上にドラマティックでロマンティックな出来事はなかった。 最近、両親が行っている事業が芳しくないことぐらいは、ゆきにも充分過ぎるぐらいに分かっている。 今までで、両親の仕事は順風満帆で、ゆきは苦労知らずで育ってきた。 教育もしっかりと受けさせて貰い、海外に留学までさせて貰っていた。 やりたいことは、なんでもさせて貰っていたと言っても、過言ではないぐらいに、両親にはよくして貰っていた。 本当にかなり恵まれていたといっても良い。 だが、両親の事業環境がかなり厳しさを増してきた。 世界的な大不況の影響を受けて、事業の継続がかなり難しくなってきている、 分かっている。 何とかしなければならないことを。 今までで散々、両親にはワガママをきいてもらっていたというのに、いざ、助けなければならなくなると、何も出来ない自分に、ゆきは今更ながら気付いた。 本当に、両親の助けなんて、何一つ出来ない。 しかも働いているわけではなく、すねかじりの、金食い虫の大学生になりさがっている。 ゆきはそれが悔しくて堪らない。 自分で何か出来ることはないのだろうかと、ひたすらそればかりを考えてしまう。 何か出来ることがあれば、本当になんでもする。 かといって、何か出来るスキルがあるわけでもない。 英語は話せるが、それが素晴らしい得難いスキルかと言われると、今の時代、通用しない。 ずっとお嬢様育ちできているから、ゆきは本当に何をして良いのかすらも、分からなかった。 何も出来ない上に、サバイバルには極端に弱いときている。 本当に、今まで、何をやってきたのだろうかと、ゆきは思わずにはいられない。 大学を辞めることが、一番の親孝行になるのだろうか。 そんなことをぐるぐると考えてしまう。 ゆきは決意し、両親に、何をすれば助けになるのか、訊いてみることにした。 「お父さん、お母さん、私に出来ることがあれば、何でも言ってね。本当に何でもするから」 ゆきは、両親に真剣な眼差しで言った。 すると、両親は困ったように顔を見合わせると、お互いにため息を吐く。 「……有り難う、ゆきちゃん。だけど、今のところは……」 母親は、ゆきに心配をかけまいと、曖昧に微笑むだけだ。 「ね、大学だって辞めて良いんだよ?働くことが必要なら、働くよ、私。それぐらいしか出来ないけれど、頑張るから!」 「……ゆき……」 母親は不憫そうな表情になる。 「大丈夫だよ。今まで、ずっと、よくして貰ったから。学ぶなんて、いつでも出来るから」 ゆきは、両親に笑顔で言うと、余計に不憫そうな表情をする。 「何か出来ることがあるなら、何でも言ってね。本当に」 「ゆき、あなたは今の勉強は本当に好きでやっていることでしょ?」 「そうだけど。だからこそ、いつでも出来るんでしょ。私はそう思っているよ」 「……だったら、ゆき……」 両親はもう一度顔を見合わせる。 本当に切なそうな顔をしている。 何か提案をしようとしても、どうしても切ない顔をされてしまう。 大切にされているのが解るから、ゆきは余計に苦しかった。 「ゆき、だったら、逢って貰いたい方がいるの……」 母親は言いにくそうに切り出してくる。 「逢えば良いの?それなら、いくらでも逢うよ」 ゆきはひとに逢うぐらいならなんともないと、軽い気持ちで言う。 「……ゆき。だったら逢って貰えないだろうか?」 「いいよ。それぐらいなら」 ゆきは明るく返事をする。 それぐらいならいくらでもしてあげたかった。 「有り難う、ゆき。嫌だったらいつでも言ってくれても良いから」 父親は何処か思い詰めたように呟くと、ゆきを真っ直ぐ見つめた。 「大丈夫、お父さん。それぐらいなんともないよ」 本当に心からそう思えたので、ゆきは笑顔で答えた。 だが、両親は益々複雑な顔をする。 「ゆき……。あなたの一生を左右されるようなことになったら、お母さんたち、本当に申し訳が立たないから……」 母親は今にも泣きそうな表情を浮かべる。 ゆきには、母親がどうしてそんな顔をするのか、全く理解出来なかった。 本当に、この時には、人生が大きく変わってしまうなんて、思ってもみなかった。 ゆきは、両親と車で会食のある、料亭へと向かっていた。 今日は、振袖を着て、きちんとメイクをしている。 きれいに着飾って逢わなければならない相手とは、どのような相手なのだろうか。 両親もきちんとした身なりだ。 誰に逢うのか。 ゆきにはまだ知らされてはいない。 両親が緊張と不安が入り雑じった表情をしているということは、かなりの人物なのだろうか。 財界の大物なのだろうか。 「ねえ、お父さん、今日、どのような方とお会いするの?」 ゆきはさりげなく訊いてみる。 父親は一瞬、黙りこんでしまった。 「お父さん?」 「ああ。お前が逢うのは、小松帯刀さんという方で、薩摩グループの総帥だ」 「え!?あの?だ、だったら、私なんかで良いの?」 小松帯刀という名前はさりげなく聴いたことがあったような気もしたが、どのような人物かは知らなかった。 薩摩グループが、一大財閥であることは知っているし、かなりの力があることも。 どうして、一大財閥の総帥が自分なんかに逢いたいと思ったのだろうか。 それが、ゆきは不思議だった。 ひょっとしてかなりのおじいちゃんではないだろうか。 なんてバカなことを考えてしまう。 「……おじいちゃん……」 ゆきがひとりごちると、父親は流石に苦笑いする。 「おじいちゃんではないよ。お会いしてみなさい。解るから」 「はい」 ゆきは妙なドキドキで息苦しくなった。 料亭に到着すると、ゆきたちは立派なはなれに案内される。 流石は財界の大物、財閥の総帥の呼び出す場所だけあり、かなり高級感が溢れている。 「小松さま、蓮水さまでございます」 「そう。なかに入って」 ゆっくりと障子が開かれる。 そこで待っていたのは、ゆきが想像していた人物とは全く違う、美麗なまだ若い男性だった。 |