*愛人契約*


 小松帯刀の若さに、ゆきは驚きを隠せない。

 まさか、こんなにも若いとは思わなかった。

 名前は噂で聞いたことはあったが、ずっと、かなり年嵩のある男としか思っていなかった。

 経済界を牛耳ってしまうぐらいの実力を持つ者なんて、正直言って、余り思い付かない。

 ステレオタイプな、脂ぎった中年より上の男しか。

 だが、実際の小松帯刀は、若く、そして冷利な雰囲気を滲ませている。

 切れ者だということは、その雰囲気で感じることが出来た。

「小松さん、お待たせ致しました」

「こちらこそ、お呼びだてをして申し訳ありません」

 父親よりもかなり年下であるにも関わらず、とても丁寧に対応している。小松帯刀がそれだけの実力者ということなのだろう。

 だが、小松も、年長者であるゆきの父には、敬意を込めて丁寧に接してくれている。

 横暴なところも、偉ぶることもない。

 ゆきにとっては、かなり印象が良かった。

 小松はあくまでも礼儀正しく接してくれる。

 それがゆきには嬉しかった。

「小松さん、娘のゆきです」

 父親に紹介されて、ゆきは背筋を糺す。

「ゆきと申します。宜しくお願い致します」

 ゆきは緊張を覚えながら、小松に挨拶をする。

 するとクールな笑みを浮かべながら、小松はゆきを真っ直ぐ見た。

 暖かそうな雰囲気なのに、眼差しの向こうはかなり冷徹で、ゆきは背筋が震える。

 とても冷たい視線で、ゆきを冷静に判断しているように見えた。

 総てを見透かされている。

 それが否めない。

 ゆきは震えそうになりながらも、何とか踏みとどまる。

「小松帯刀です。宜しく、ゆきくん」

 声は透明感がある甘さが滲んだテノールで、何処か氷のような冷たさが感じられた。

「皆さん、お座り下さい」

「はい」

 小松の声かけに、ゆきたちはぎこちなく腰を下ろした。

 両親も明らかに緊張しており、それはゆきも同じだ。

 何故だか、とても緊張する雰囲気を持っている男だ。

「では、率直に話をさせて貰います。私は遠回しで話をするのは好きではありませんから」

 小松の言葉に、父親が少しばかり震えたような気がした。

 本当に苦しそうで、ゆきは心配になる。

「蓮水さんの事業に関しては、既に調べさせて頂きました。私なりの再建計画と、資金の供与についての計画もまとめあげています。明日からでもこちらの計画は実行可能です」

 小松は、静かに書類を提示する。

 本当に無駄のない計画であるのは、ゆきが見ても明らかだった。

 だが、恐らくは容赦ない計画には違いない。

 建て直しには、痛みが伴うものだからだ。

 父親はそれを神妙な眼差しで見つめている。

 厳しい目だが、同時に受け入れに同意するような眼差しでもあった。

 父親が納得できるものなのだろう。

 ふと、ゆきは小松と目が合った。

「この計画書を実行するには、何を為すべきか、お分かりですね?」

 鋭く言われて、父親が苦渋の表情を浮かべた。

「……わかっています。ですが、選択は娘にお任せしたい」

「ええ、勿論です」

 小松はクールに答えると、ゆきを真っ直ぐ見た。

「君、その計画書を読んで欲しい。選択肢は君に任せる。その計画書を読んだ上で判断して欲しい」

 小松は淡々と呟くと、ゆきに計画書のコピーを差し出す。

「それを読んだ上で考えてくれたら良いよ。計画書に基づいた支援を受けたければ、私専属の秘書となるか。それとも、秘書にはならないか。専属秘書にならなければ、計画書に基づいた支援はご破算だよ」

 小松の条件提示に、ゆきは勿論、呑むと思った。専属秘書になら、何とかなれそうだと思ったからだ。

「専属秘書になります」

 ゆきが即答すると、小松は薄く笑う。

「後、忘れていたけれど、私専属秘書は、愛人契約込みだよ」

「……え?」

 ゆきは一瞬何を言われたのか、全く理解できなかった。

「何をそんなに惚けた顔をしているの、解ったの?分からなかったら、もう一度説明をするけど?」

 小松は冷たく言い放つと、ゆきを冷酷に見つめた。

「あ、あの、私……」

 鼓動が妙なリズムを刻む。

 不安でしょうがない。

 ゆきは冷静にならなければならないと、思った。

 小松専属の秘書になれば、要は愛人契約がついてくる。だが、それをしなければ、両親を救えないのだ。

 どのような計画なのかは、先程、ちらりと見ただけでも、きちんと綿密に練られたものだということが解る。

「今、少しだけ時間を下さい。計画を読ませて下さい」

「どうぞ」

 小松は頷くと、ゆきの選択の自由を認めてくれているようだった。

 それは感謝する。

 どちらに転んでも、小松には何もないどころか、ゆきの両親に支援をしても全く利益はないのだということは、何と無く解った。

 それは計画書を読めば、読むほど明らかだった。

 これはかなり良心的な計画と言っても良かった。

 こんなにも良い条件で、再建してもらえるなんて会社は、きっと現れないだろう。

 それぐらいに良い条件だ。

 ゆきは何度も深呼吸をして、心を落ち着けてゆく。

 小松を見つめる。

 完璧なぐらいに整った男だ。美しいと思っても良いぐらいだ。

 正直、専属秘書で愛人になりたいなんて女性はいくらでもいるだろう。

 なのに、どうしてこのような条件を出したのだろうか。

 流石にゆきは、両手を挙げて、やりたいだなんて言えなかった。

 いくら地位があって完璧であったとしても、なかなか決断は出来なかった。

「……とてもよく出来た計画書だと思います。穴はありません。それどころか、小松さん側には利益は出ません。利益が出るのは父側だけです。まるでボランティアのような計画です」

「……ふうん、君は相当、聡い子だね……。この計画がちゃんとどのようなものなのかが、直ぐに解っているからね。それで、君はどのような答えにするの?追い詰められているような感じだけれど?」

 まるでゲームでも楽しむように、小松は呟く。

 ゆきはもう一度、深呼吸をした。

「小松さん、私、小松さんの秘書になります」

 ゆきは覚悟を決めてキッパリと言いきる。

「……そう。君は良い子だ……」

 小松は唇に冷たい笑みを浮かべると、ゆきを捕らえるように見つめる。

「契約成立だよ、ゆきくん」

 小松はゆきに手をさしのべて握手を求め、ゆきもまたその手を握りしめる。

 ゆきの人生が劇的に変化した瞬間だった。



マエ モドル ツギ